過労死認定基準−専門検討会報告書(Y脳・心臓疾患のリスクファクター)

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脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会報告書

(厚生労働省/脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会)

 平成12年11月以来12回にわたり検討した結果として、平成13年11月16日報告書のとりまとめが行われた。
 報告書全体の構成は下記目次のとおり。
全文140ページにわたる報告書であるが、今回、「Y 脳・心臓疾患のリスクファクター」部分を掲載する。
本リポートでは、脳・心疾患のリスクファクターに関し、最新の医学的知見の整理が試みられている。
例えば、多重リスクファクター(高血圧、糖尿病、喫煙、左室肥大、心房細動、心血管疾患)。これらが全部そろうと通常の17倍もの脳疾患発症の危険を持つ、等々。

本稿は、(認定基準という問題を離れて、)あわただしい日常を送るビジネスマンの健康管理を考える上でも、一読の価値がある。

なお、本報告書のうち認定基準の核心部分である「X 業務の過重性の評価」についても、追って掲載を予定している。








脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会報告書


専門検討会報告書の構成
T 検討の趣旨(略)
U 脳・心臓疾患の現状(略)
V 認定基準における対象疾病(略)
W 脳・心臓疾患の疾患別概要(略)
X 業務の過重性の評価(近日掲載予定)
Y 脳・心臓疾患のリスクファクター
Z まとめ


Y 脳・心臓疾患のリスクファクター


1 脳血管疾患のリスクフアクター

 (1) リスクファクターの概要

   脳中管疾患の発症には血管病変が前提となり、大部分は動脈硬化が原因となる。
   動脈癌や動脈硬化は、短期間に進行するものではなく、長い年月をかけて徐々に進行する。その進行には、遺伝のほか生活習慣や環境要因の関与が大きいとされている。血管病変等の進行を促進・増悪させるような各種の条件がリスクファクターと呼ばれている。
   脳血管疾患が発症するメカニズムは十分解明されているわけではなく、動脈硬化がかなり進んだ状態でも発作が常に起こるわけではない。寒冷ばく露や極度の興奮、緊張などによる血圧の急激な上昇、血液凝固性の増加、高脂血症等が発症要因となるとされている。
   脳血管疾患のリスクファクターとして報告されているものは100を超えるが、それらの中には有意性が確認されていないものも含まれている。

 (2) 疾患別のリスクファクター

   個人ごとのリスクファクターの影響は、各因子の作用の強弱、持続期間、作用のタイミング、個人の感受性や反応性などによって異なる。リスクファクターがあまりないのに発症する者もいるが、一般にリスクファクターが多くなるほど加重的に作用し、また、正常からの偏りが大きいほど発症の危険が増大する。リスクファクターと発症との関係は、集団から得られる関連性の認識によるものであり、確率的、統計的なものとなる。
   リスクファクターの中で重要なものを次の表に整理した。



   年齢もリスクファクターであり、これらの疾患は中年で増加し、高齢者に最も多い。高血圧は共通する強いリスクファクターで、特に脳出血の発症と関係が深い。高脂血症の関与の程度は、脳出血に対して負の相関を示し(低コレステロールの場合に発生率が高い)、脳梗塞では正の相関を示す。
   糖尿病は、しばしば高血圧を合併し、末梢血管を障害するほか、動脈硬化の進展も促進する。
   それぞれの疾患は、複数のリスクファクターの組み合わせが総合的に作用して発症するものであり、それぞれの関与の程度は個人ごとに異なる。

(3) リスクファクター各論

   これまで内外の研究者が繰り返し検証し、通常、常識として広く認知されているリスクファクターは、次のとおりである。

イ 是正不可能なリスクファクター

 (イ)性
   脳血管疾患では、男性が女性の2倍程度の発症率である。その理由としては、高血圧や動脈硬化が男性に高頻度かつ高度であることが多いためである。女性においても更年期以降は血圧や血中脂質が上昇する傾向にある。
   ライフスタイル、ホルモン、遺伝子の特性などの性差も影響しているものと考えられる。

 (ロ)年齢
   慢性疾患は、一朝一夕に生じるものではなく、リスクファクターへのばく露が長年続くと、心臓や血管への負担が重なり、ついに病変が発生・進展していくこととなる。病変がある程度以下の間は全く症状がない。その病変がある程度以上に達したとき、何らかのきっかけで血管が破れて出血したり、動脈硬化病変部に血栓が生じて血管内腔を狭窄・閉塞する。これが臨床的に発病としてとらえることができる顕著な病状を呈する状態である。
   この成立機序から明らかなように、危険度はリスクファクターの影響度とばく露期間に依存し、ばく露期間の目安のひとつが年齢であるから、脳血管疾患も年齢が増すにつれて多くなる。多くの論文においても年齢を一つのリスクファクターとしているが、老化による生体の抵抗力滅弱、修復力・再生力低下や他臓器の合併症の増加などの競合効果による。

 (ハ)家族歴(遺伝)
   家族の中から同じ疾患が続発しても、これだけではこの疾患が遺伝性であることを意味しない。「家族集積性」の原因は、しばしば遺伝であるよりも共通の生活習慣にある。例えば、食塩の過剰摂取や脂肪の摂り過ぎなどは共通の食生活に起因するし、喫煙する親や兄弟がいる子供は喫煙習慣に染まりやすい。
   動物実験によると、自然発生高血圧ネズミの子孫は、食物などの飼育条件により高血圧の程度や合併症の有無に影響を受けるが、すべて高血圧となる。この場合は、遺伝が決定的要因と考えられ、環境条件は修飾因子として副次的な力をもつにすぎない。親子、夫婦、兄弟、一卵性双生児と二卵性双生児、実子と養子の比較などにより、血圧に遺伝的影響があることは明らかである。

ロ 是正可能なリスクファクター

(イ) 高血圧
   血圧は、血圧値そのもののレベルをリスクファクターとみなして連続量のまま解析したり、いくつかの段階に区分けして観察したり、高血圧の有無に分けて検討したりする。また、収縮期血圧に注目したり、拡張期血圧に注目したり、両者を組み合わせた分類(例えば、WHOの専門委員会と国際高血圧学会(ISH)とが協同して、1999年に発表したガイドライン1)、さらに、それを日本高血圧学会(JSH)が日本人向けに修正したガイドライン2〉(表6−2)などが用いられる。どのような分類を採用しても、高血圧は脳血管疾患の最大のリスクファクターである。久山町調査3)によれば、追跡開始時の収縮期血圧レベル別に、その後の32年間の脳出血及び脳梗塞の発症率をみると、血圧レベルが高くなるほど、脳出血・脳梗塞発症率はともに有意に上昇した(図6−1)。また、剖検例の検討では、高血圧を有する者は正常血圧者に比べて脳動脈硬化が10〜15年早く進行していた。

表6−2 成人における血圧の分類と高血圧患者のリスクの層別化








図6−1 収縮期血圧レベル別にみた脳梗塞・脳出血発症率
(久山町第1集団1621名、1961〜93年、年齢調整、藤島(1996)3)


(ロ) 飲酒
   飲酒は、二つの方向に作用する。一つは比重が高いリボたんばく(HDL)を増加させる作用で、これは動脈硬化を軽減させる。これと逆に血圧を上げる効果もあり、血液凝固能や線溶系の変化、脳血管の収縮による脳血流の低下など多彩な作用機序を介して脳血管疾患や動脈硬化のリスクファクターとなる。久山町調査3)によれば、男性を、そのアルコール摂取量(日本酒量に換算)によって、非飲酒者、1日1.5合未満の少量飲酒者、1.5合以上の多量飲酒者の3群に分け、32年間の追跡期間中の脳梗塞及び脳出血発症率との関係をみると脳出血発症率は飲酒レベルの上昇とともに増加し、1.5合未満の少量飲酒のレべノレでも有意に高かった。−方、少量飲酒者の脳梗塞発症率は非飲酒者より若干低く、逆に多量飲酒者では増加した。この傾向はラクナ梗塞で強く、少量飲酒者と多量飲酒者の間で有意差を認めた。
 つまり、少量飲酒はラクナ梗塞に対して予防効果を有することが示唆される。



図6−2 脳出血(a)及び脳梗塞(b)発生に対する他の危険因子を調整した後のアルコール相対危険度(Kiyoharaら(1995)4))


(ハ) 喫煙
   欧米では、喫煙は脳血管疾患の主なリスクファクターに掲げられているが、我が国では喫煙と脳血管疾患の間に有意な関係を認めた疫学調査はほとんどなかった。久山町調査3)によれば、男性では、1日10本未満の少量喫煙者は、非喫煙者に比べて脳梗塞発症率が有意に高かったとされる。しかし、喫煙レベルの上昇とともに発症率は減少し、非喫煙者と差を認めなかった。
   脳梗塞のタイプ別にみると、ラクナ梗塞の発症率は1日10本未満の少量喫煙者で最も高く、10〜19本の喫煙レベルでも有意差が認められた。また、喫煙は血液凝固因子の増加、血栓形成の亢進などの機序を介して脳梗塞に影響するのではないかという考えもある3)。

(ニ) 高脂血症
   血液中のコレステロール、中性脂肪などは、脂肪の腸管からの吸収、肝臓における合成、末梢組織における利用、また、脂肪組織として蓄えられるなどの絶えず流動する代謝の流れの中で、その一つの断面を観察したものである。
  過食する者、脂肪を多く摂る者は、血液中のコレステロールや中性脂肪が高く、高脂血症になりやすい。脂肪は水に溶けないので、血液中のコレステロールは、すべて微小な脂肪粒子の表面をアポたんばくが覆うような形をとっており、この複合体であるリボたんばくにいろいろな種類がある。
 比重が高いリボたんばく(HDL)と比重が低いリボたんばく(LDL)に分けられる。LDLに含まれるコレステロールは、動脈壁に取り込まれて動脈硬化を促進する。HDLに含まれるコレステロールは、逆に動脈壁のコレステロールを酵素の動きを介して取り込み、肝臓へ運搬しそこで分解される。
 したがって、LDL コレステロールの高値が動脈硬化のリスクファクターと考えてよい。

(ホ) 肥満
   肥満は、さまざまな生活習慣病を引き起こす温床となる。脳血管疾患、虚血性心疾患、高血圧、糖尿病などはいずれも肥満が要因となることが明らかになってきている。しかも、それらは相互に関連しながら進行する。従来生括習慣病と呼ばれる病気の多くは、肥満の克服で治るとさえいわれる。
 これらの病気は、かなり進行しないと自覚症状が現れず、また、発症してから肥満を解消しても、病気を治すのは難しいことが多い。肥満の人がみな短命であるわけではないが、いろいろな調査からも、肥満があると病気を併発しやすく、死亡率が高くなることは明らかである。肥満度がプラス30%以上になると、合併症の危険が目立って高くなるといわれている。肥満の人の発症率を標準体重の人と比べると、糖尿病は約5倍、高血圧は約3.5倍高くなるといわれる5)。

(へ)糖尿病
   糖尿病患者には血管系の合併症が多発する傾向がある。高血糖による血管障害は細小血管を特に侵しやすく、網膜や腎臓の細小血管障害が高頻度に発生する。下肢の閉塞性血管障害として間歇性跛行や壊死を起こすことは良く知られている。追跡調査によっても、糖尿病の有無で脳血管疾患の発症率を比較すると、脳梗塞発症率は糖尿病群に高く(図6−3)、タイプ別にみると、男性ではラクナ梗塞が、女性では動脈硬化性血栓性脳梗塞の発症率が高い。また、この傾向は糖尿病のレベルが上昇するとともに顕著になるとされている。


図6−3 耐糖能レベル別の脳梗塞及び虚血性心臓病発症率(Fujishimaら(1996)6))


(ト) ストレス
   過度の肉体労働、精神的緊張の持続、興奮、不眠、親しい者との死別、離婚、失業、破産などの心身の負荷が脳血管疾患の原因となり得るかについては、その関与は予想されるものの、ストレスの評価方法が確立しておらず、また、個体差が大きいことから、学問的な裏づけは難しいのが現状である。しかし、ストレスを引き起こすストレッサーは、中枢神経系、自律神経系、内分泌系の変調を起こし、その総合効果が循環器系に影響を及ぼすことは明らかである。したがって、肉体的な負担、精神的ストレス及び疲労の蓄積などが脳血管疾患発症の原因となることも示唆される。また、メンタルヘルスの面から見た場合、ライフスタイルとして、ストレス及び疲労の蓄積に対して、的確な対策を取っているものと、そうでないものとの間には脳血管疾患の発症に有意の差を認めたという報告7)もある。将来、ストレッサー→ストレス→リスクファクター→発症メカニズムをより確実にとらえる方法や技術が確立されれば、ストレスと脳血管疾患発症との確実な因果関係が証明できるであろう。



(4)脳血管疾患に対するリスクファクターの相対リスクないしオッズ比

   以上述べてきた脳血管疾患、特に脳出血及び脳梗塞ないし両者を合わせた脳卒中に対する1977年から現在までに報告され、入手できた個々のリスクファクターの相対リスクないしオッズ比を表6−3にまとめた。
   高血圧は、脳血管疾患、特に脳出血の重要なリスクファクターであることは前述したが、相対リスクないしオッズ比は2〜7とする報告が多く、また、拡張期血圧及び収縮期血圧とも高いほどリスクは大となり、拡張期血圧105〜110mmHg、収縮期血圧180mmHg以上では、正常血圧の人に対し6〜8倍のリスクとなる。また、高血圧の治療により血圧をコントロールすると、リスクはl/3〜l/4に減少する。高血圧患者に対する降圧治療により、収縮期血圧を10〜14mmHg、拡張期血圧を5〜6mmHg下降させることで脳血管疾患の発症を30〜40%抑制することができるとする報告8)もある。代表的な報告例を図6−1に示した。
   飲酒も1日の摂取量に比例してリスクを上昇させ、1日3合以上の飲酒ではリスクは4〜6倍となる(図6−2)。
   喫煙も1日の喫煙本数に比例してリスクを上昇させ、特に脳梗塞に対しより強く影響する。
   高脂血症の影響はあまり大きくないが、肥満のリスクはl.2〜2.0倍で、また、糖尿病のリスクも1.5〜4.9倍である。代表的な報告例を図6−3に示す。
   ストレスに関しては、業務上及び日常生活のストレスを含めて報告は少なく、報告例では相対リスクは1.7であった。
   くも膜下出血に対する個々のリスクファクターの相対リスクに関する報告は少ないが、入手できた報告を表6−4にまとめる。高血圧、喫煙の影響は大きく、高血圧と喫煙及び低体重が重なると相対リスクは男性で6.7、女性では18.3となることが報告されている。
   個々のリスクファクターの相対リスクないしオッズ比は以上述べたとおりであり、いずれもかなりの影響を与えることが報告されているが、これらの要因が重複した場合には、相対リスクは著しく高くなる。表6−5に示したように、高血圧、糖尿病、喫煙、心電図異常、不整脈その他の心血管疾患が一人の人にみられた場合の10年間の脳卒中り患の相対リスクは17倍との報告がある。極めて強い影響を与えられると考えられる。

表6−3 脳血管疾患に対するリスクファクターの相対リスク



























2 虚血性心疾患等のリスクファクター

(1) リスクファクターの概要
   虚血性心疾患は、冠[状〕動脈粥状硬化が原因となって発症してくる。粥状硬化は、短期間に発生するものではなく、長い年月をかけて徐々に進行する。その形成、進行には、遺伝的体質のほか生活習慣や環境要因が影響を与えることがフラミンガム研究等から明らかにされてきた。現在、100を超える因子が報告されている。

(2) リスクファクターの影響判定
   個人ごとのリスクファクターの影響は、各因子の作用の強弱、持続期間、作用のタイミング、個人の感受性や反応性などによって異なる。一般にリスクファクターが多くなるほど加重的に作用し、また、正常からの偏りが大きいほど発症の危険が増大する。リスクファクターと発症との関係は、集団から得られる関連性の認識によるものであり、確率的、統計的なものとなる。リスクファクターの関与度をその組み合わせ、持続時間等から個々の例について総合的に判定する必要がある。リスクファクターの中で重要なものを次の表に整理した。




(3) リスクファクター各論
   発症危険度は、リスクファクターの影響の強さとその期間に関連する。主なリスクファクターは、次のとおりである。
 
イ 是正不可能なリスクファクター

 (イ) 性
   虚血性心疾患では、男性が女性の3から10倍程度の発症率である。女性においても更年期以降は動脈硬化が進行し、75歳以上では、発症頻度に性差がなくなり、発症後は女性の方が予後不良である。心臓性突然死も男性が女性より多い。

 (ロ) 年齢
   加齢により、虚血性心疾患発症頻度は増加してくる。虚血性心疾患発症例において、高齢者は若年者に比して、他のリスクファクターを有する率が低下することが知られており、加齢のみが危険因子であると判断せざるを得ない例も存在する。心臓性突然死の年齢分布では、45〜75歳にピークがある。

 (ハ) 家族歴(遺伝)
   家族の中から同じ疾患が続発しても、これだけではこの疾患が遺伝性であることを意味しない。「家族集積性」の原因は、しばしば遺伝であるよりも共通の生活習慣にある。若年時に共通の疾患を発症した場合は、遺伝的影響についても検討する必要があり、虚血性心疾患の場合、50歳程度を基準として判定するのが一般的である。高脂血症には、同一家系に遺伝的に現れる家族性高脂血症があり、若年であっても重症の虚血性心疾患を発症する。
   肥大型心筋症、先天性QT症候群及びブルガダ症候群については原因遺伝子の解明が進み、心臓性突然死の家族歴は極めて重要である。

 (ニ) 人種
   疾患の発生状況には地域差、人種差がみられる。詳細な研究から、人種差とみられたものが、実際には他の条件の相違によることが判明することもある。例えば、ハワイへの日系移民は、1世では日本式生活習慣が比較的温存されていたが、2世、3世と年月を経るにつれて、米国式生活に移行した。
   一方、カルフォルニアへの移民は、圧倒的多数の米国人の中で速やかに日本古来の生括習慣を失った。その結果、人種的には同一の日本人の中で、ハワイへの移民群では脳血管疾患が大幅に低下し、しかも虚血性心疾患の増加を認めなかった。近年、2世の間でようやく白人に近い心筋梗塞発症率を示すに至った。一方、カルフォルニアの日系人は、脳血管疾患は減少したものの虚血性心疾患は急増した。同様の現象は生活習慣が変化した他の多くの人種の移民についても報告37)されている。リスクファクターとしては、人種よりも生活習慣が大きな影響を与えると考えられる。
   欧米における心臓性突然死のほとんどは冠[状〕動脈疾患であるが、本邦では、ブルガダ症候群を含む特発性心室細動が多いのが特徴である。


ロ 是正可能なリスクファクター

(イ) 高血圧
   高血圧は、粥状硬化より細小動脈硬化を起こしやすく、虚血性心疾患との関連がみられる。一般に軽症高血圧では関連が低いが、重症高血圧では重要な因子となる38)とされている。降圧療法の効果を検討した多くの研究からは、治療により虚血性心疾患の発症が著しく減少するという報告39)もある一方で発症の減少効果はわずかであるとの報告40)もある。

(ロ) 喫煙
   紙巻たばこの喫煙は、肺がんや慢性気管支炎の原因となるのみでなく、急性心筋梗塞や急死のリスクファクターともなる。喫煙習慣と虚血性心疾患の発症率には、強い相関が認められている。禁煙による虚血性心疾患の発症減少効果も、数年後には得られることが証明41)されている。喫煙は、冠[状]動脈攣縮の引き金になる。

(ハ) 肥満
   肥満は、高血圧、高脂血症、低HDLコレステロール血症、耐糖能障害などを合併することが多く、減量によりリスクファクターの改善が得られる。
   近年における、摂取カロリー量増加と消費エネルギ一量減少の生活スタイルは、肥満者を増加させつつある。肥満者は耐糖能障害を合併している率も高く、糖尿病の予備軍でもある。
   また、肥満の人の発症率を標準体重の人に比べると、虚血性心疾患は約2倍高くなるといわれている。


(ニ) 糖尿病
   糖尿病患者では、虚血性心疾患の発症する頻度は男性で2倍、女性では3倍高い42)。その機序には、高血糖、血小板機能亢進、酸化ストレス等の多くの要因が関連していると考えられている。糖尿病前状態と考えられる耐糖能障害あるいは高インスリン血症例では、肥満、高血圧、高中性脂肪血症、高尿酸血症の複数のリスクファクターを併せ持つことが多い。これらのファクターを有する例では、心臓性突然死の発症率が高い。


(ホ) 高脂血症
   脂肪は水に溶けないので、血液中のコレステロールは、すべて微小な脂肪粒子の表面をアポたんばくが覆うような形をとっており、この複合体であるリポたんばくの比率や種類を異にするリポたんばくが区別できる。その中で脂肪粒子が小さくアポたんばく Aの比率が高く、全体としての比重が高い高比重リポたんばく(HDL)、脂肪分の割合が高い低比重リポたんばく(LDL)、コレステロールが少なく中性脂肪を主とする粒の周りにアポたんばくがついている極低比重リポたんばく(VLDL)が区別し得るが、それぞれ役割を異にする。低比重リボたんばくに含まれるコレステロールは、動脈壁に取り込まれて動脈硬化を促進する。
   血清総コレステロールあるいは高LDLコレステロール値と虚血性心疾患発症率には、正の相関がみられる。血清コレステロール値が220mg/dlを超えると、虚血性心疾患の発症率が増加してくる。HDLに含まれるコレステロールは、末梢組織からコレステロールを除去する働きを有しており、これが抗動脈硬化作用として働く。HDLコレステロール値低下によっても、虚血性心疾患発症率が増加することが認められており、HDLコレステロールの低値(<35mg/dl)もリスクファクターとして評価される。特に、日本人においては、低HDLコレステロール血症は、高LDLコレステロール血症と同等あるいはそれ以上に重要なリスクファクターであるとの指摘43)もある。
   LDLの変異種とされるリポたんばくであるLp(a)は、粥状硬化を促進する独立したリスクファクターであり、その値は遺伝的に規定されており、家族歴のある例での測定が必要である。
   最近多くの介入試験により、食事あるいは薬剤による治療でコレステロール値を正常値まで下げることによって、一次予防、二次予防においても心事故発生を約20〜30%減少させることが証明されている44)〜49)。

(へ) ストレス
   業務以外の精神的緊張の持続、興奮、不眠、親しい者との死別、離婚などの精神的負荷が心疾患の原因となり得るかについては、その関与が推定できる例もあるが、すべての例でその関連を判断するのは容易でない。その理由に、研究方法の困難さを挙げることができる。第一に、発作の引き金となるような短時間で消えてしまう要因は正確なデータを多数集めることが難しいことである。第二に、ストレス評価方法が確立していないことである。ストレッサーは、中枢神経系、自律神経系、内分泌系の変調を起こし、その総合効果が循環器系に影響を及ぼす。その結果、発作の引き金役を果たすことは十分に考え得ることである。しかし、ストレッサーに対する生理学的反応には個体差が大きく、同一の外部要因に対する反応の程度、パターンも個人により異なる。第三に、ストレスと発作の因果関係評価の困難さである。自然経過の中で発症したのか、発症時のストレスが引き金であったのかを客観的に判断ができない例も存在する。
  また、ストレスそのものより、ストレスを受ける個体側の要因に着目して、A型行動様式例の男性で、虚血性心疾患の発症率が高いことが報告50)されている。A型行動様式とは、短気で、攻撃的で、感情が激しやすいタイプで、周囲をあまり気にせずマイペースで情勢に一喜一憂しないのをB型行動様式とに分類する。
 過労は身体的ストレスのみならず精神的ストレス状態であり、突然死の大きな修飾因子となる51)(図6−4)。過労時には内分泌系や自律神経系の反応が生じ、特に交感神経の強い反応によってカテコールアミンが分泌されその結果、致死性不整脈は生じやすくなる。また、飲酒、喫煙、コーヒーなどの噂好品、睡眠不足や変則勤務など生体リズムの乱れは不整脈発生の誘発ないし増悪因子となる。


図6−4 心室細動発生の3要素
心筋の電気的不安定性(主に虚血性心疾患)、日常生活に影響する精神状態及び引き金となる精神的(心理社会的)要因 VF;心室細動
(Lown(1990) 51))

(ト) 高尿酸血症
   フラミンガム研究52)では、男性痛風患者は虚血性心疾患の発症率が2倍増加したことが報告されている。しかし、高尿酸血症そのものが虚血性心疾患の発症に直接関与するのか、高頻度に合併する高脂血症、高血圧、糖尿病、肥満等の影響なのか明らかでない点がある。


(チ) その他の因子
   運動不足、経口避妊薬の服用、先天的凝固因子異常、低ホモシスチン血症、高C−反応性たんばく(CRP〉血症等も掲げられている。




(4) 虚血性心疾患に対するリスクファクターの相対リスクないしオッズ比

   以上述べてきた心臓疾患、特に虚血性心疾患に対する1988年から現在までに報告され、入手できた個々のリスクファクターの相対リスクないしオッズ比を表6〜7にまとめた。
   血圧の相対リスクないしオッズ比は3〜7倍という報告もある。飲酒は、脳血管疾患と異なって、リスクを低下させる報告が多い。
   これに対し、喫煙の影響は大きく、1日20本以上の喫煙のリスクは7〜8倍である。
   肥満及び糖尿病の影響はそれほど大きくないが、女性では2〜4.5倍という報告もある。
   高脂血症のリスクは.1.2〜2.6倍との報告が多い。
   業務及び日常生活のストレスの影響は若年者では1.2〜2.5倍とやや低いが、高齢者では2.5〜6.0倍との報告もある。
   以上のように、多くの個々の生活習慣が心臓疾患の発症のリスクファクターとなることが報告されているが、これらのリスクファクターが重なった場合には、その影響は極めて大きくなる(表6−8)。

表6−7 虚血性心疾患に対するリスクファクターの相対リスク


























3 リスクファクターの改善による発症のリスクの低下

   リスクファクターを治療等によって是正すれば、当然のことながら相対リスクないしオッズ比は低下することが多くの報告で示されている。
   表6−9は、脳・心臓疾患の発症に強く関係する高血圧の治療による脳・心臓疾患の相対リスクの低下の報告をまとめたもので、治療による発症の軽減は極めて大きいことが分かる。
   図6−5は、糖尿病及び血圧の治療コントロールによる脳・心臓疾患の発症率の低減効果をみたもので、糖尿病や高血圧のわずかな改善が脳・心臓疾患の発症の著しい低下に結びつくことが示されている。
   以上のように、脳・心臓疾患の発症は、適切な治療・管理によって、その多くが予防可能であることから、働く人々に対する治療の最大限の供与と働く人々の自覚による自己責任による適切な受療が極めて重要となる。








(UKPDS33(UK Prospective Diabetes Study Group:Lancet,352:837_853.1988)及びUKPDS38(UK Prospective Diabetes Study Group:BMJ,317:703_713.1998)
図6−5 UKPDSによる血糖及び血圧コントロールと脳卒中発症率の低下効果(松本ら(2001)69)