少額訴訟制度とは
H10.1.1から民事訴訟法の改正があり、原則として1回の審理でもめごとを解決する特別の手続として、少額訴訟制度がスタートした。制度の概要を紹介するとともに、同制度が労働トラブルの解決にどの程度、資するものか検証してみた。
さて、少額訴訟は 労働トラブルの代表的なものである「賃金未払、解雇予告手当」の請求に向いた制度だろうか 結論として、なじまない制度のような気がします。(但し、後述の証拠を確保できる場合は有効。) 少額訴訟の制度は、 『何度も裁判所に足を運ぶことなく、原則として1回の審理でもめごとを解決する特別の手続です。』というのが謳い文句ではありますが、紛れもない訴訟・裁判−−証拠主義−−制度であることへの理解が必要なようです。 労使トラブルの特徴 労使関係のトラブルは、多くの場合、その妥当性は別として、労使の双方に言い分があります。 これは賃金不払、解雇問題の場合も例外ではありません。 すなわち、 「悪いのは私です。申し訳ありません」。裁判官:「ならば、こういうことで判決しますがいいですね。」 といった単純な経過をたどるケースは少ないのが実情です。 多くの事案は、労使双方の言い分を聞き、もつれた感情の糸を解きほぐし、納得のもとに支払に至ることが多いのです。 争いのある事案での事実関係の特定 これを少額訴訟制度に当てはめて考えてみましょう。 裁判官の登場は、指定の最初の期日に1回でいいかも知れませんが、それまでに、事実関係の特定作業が必要になるでしょう。(判断は、特定された事実関係によって当然、結論が変わります。争いごとの当否の判断には、この「何が事実か」ということをはっきりさせることがとても大切なのです。) このような作業は、簡易裁判所の書記官の仕事になるのでしょうが、 その手法が問題です。 この作業を、当事者と裁判所の書面によるやりとりで、行おうとしているのが、少額訴訟制度のようです。 −−具体的には、制度の概要のところで説明した事情説明書によるやりとりです。 ・・・事情説明書は、1回の審理で判決が出せるように、双方から裁判所に対し、事前に必要な事情説明(主張)をするための書面。 この手法は、実務上の観点から評価すならば、ナンセンスに近い方法です。 手続を簡略化するのはいいのですが、その後の事実特定のやりとりに多大の時間をかけるようであれば、労働者にとっての利害得失は同じ。 例えば、簡易裁判所に備えられている訴状のモデル(賃金については記載例を先に、掲載)ですが、この程度の記載例に基づいて、その余の事項について何のフォロー聞き取りもなしで訴状の受理をしたとしましょう。 順序として、 使用者から一応の「答弁書」が出されます。ここで、使用者から訴状にない新たな事実が明らかにされるケースが少なくありません。最終判断に影響するような事実の主張は無視できませんから、 あらためて、 労働者に、使用者の答弁書にあるこの点は事実かと、確認の書面を送り、その回答を待つ。その回答には、使用者の主張とは微妙にすれ違う、さらに、新たな主張が入り込む。使用者に再度の確認が必要だ。 問題は、一部の大手・中堅企業を別として、労使共々に、書面による主張のやりとりを得意とした人達ではないこと、ましてや、郵便のやりとりなど誰もが億劫になる性質のものだということです。(回答するつもりでも、気持ちとは別に、日はづるづると経ってしまうものです。) こうした結果、 少額訴訟の1回だけとされる審理の期日の指定が、訴状の受理から、相当の日数が経過した後になる場合も十分に、想定しなければならないでしょうから、 少額訴訟を利用する場合には、事前に、事案の性質をよく検討しておきませんと、「入口は易しくても、中に入ったらジャングルだった」などということにも、なりかねません。この点は注意が必要です。 これが解雇となると、さらに事情は複雑だ。 わが国で解雇通知書が出され、「解雇の事実とその日付」が、あらかじめ特定されているケースは、ほんの数パーセント。そのほとんどが、口頭での「解雇」ないし「解雇まがい」の通告なのです。 まず、解雇事実の争いが生じるケースが多いと見なければなりません。 解雇の事実に争いのあるケースの事実関係の特定は、当事者と面前に置いて、技術的にも練達した調査官が問題点を整理していかなければ困難。(な場合が本当に多いのです。)事前の書面やりとりだけで、事実関係を一本の糸に特定するなどは、至難の技でしょう。また、1回だけの審理期日に、特定しきれる保障もないでしょう。 もともと、解雇予告手当の請求は、金銭の請求であると同時に、労働契約(の解消)の問題を根底に有するものですから、少額訴訟制度にはなじまないところがあるのでしょう。 こうしてみると、少額訴訟制度になじむのは、やはり証拠のしっかりしているものだ、ということになります。 少額訴訟制度は<市民間の規模の小さなもめことを少ない時間と費用で迅速に解決することを目的として、平成10年1月1日からスタートした手続>というのが謳い文句ではありますが、やはり、裁判です。裁判である以上、証拠を用意する(できる)必要がある、と理解しておくべきでしょう。 残念ながら、市民間の規模の小さなもめごとは、証拠のしっかりした事案というのは少ないわけですから、この制度を利用する場合は、他の制度にもまして注意が必要です。 −−−例えば、サラ金の取り立ては証拠ははっきりしています。(サラ金の取り立てには、この少額訴訟制度がとても有効なため、年10回までという利用制限が設けられた位です。) したがって、この少額訴訟を利用しようと思うなら、 労使トラブルの「賃金・解雇」の場合でも、しっかり証拠を確保しておこう。 証拠が確保ができないようなら、少額訴訟の利用はあきらめよう! (スタートしたばかりの制度ですから、今後、運用改善が図られるかも知れませんが、、。) 以下は、アドバイス 例えば、賃金・解雇の労働関係トラブルなら、事前に次のような準備をしておくといいでしょう。 (1)賃金未払額の確認書を使用者に書かせる。−−これ1枚があれば、少額訴訟には有効でしょう。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 確認書 あなたに対して、下記のとおり賃金の未払額があることを確認します。 金、87,500円 但し、平成○年○月分の賃金として 上記の未払賃金は、平成○年○月○日に支払うことを約束します。(これはあってもなくてもよい) ○○○○殿(宛名のないものはダメ) 使用者 ○○市○○町○丁目○番○号 ○○○○株式会社 代表取締役 乙山二郎 (印) −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− (2)解雇は、解雇の事実に争いを残さないことに尽きます。 使用者から解雇の通告があったら、基本的対応として「解雇は納得できない」との態度をとらなければ、その後の処理は困難を伴うと理解する必要があります。 「解雇は納得できない、受け入れられない。」との対応の中で、初めて、解雇通知書などの書面を手に入れる道が開けるからです。居座ろうとするあなたを、どうしても解雇したいとき、使用者は意外とあっさり「解雇通知書」を書きますから、、、。 解雇通知書は簡単なもので大丈夫です。例えば、つぎのようなもの。(2箇所の日付は重要です。) −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 解雇通知 あなたを平成○年○月○日をもって解雇します。 平成○年○月○日 ○○○○殿(宛名のないものはダメ) 使用者 ○○市○○町○丁目○番○号 ○○○○株式会社 代表取締役 乙山二郎 (印) −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− |