49　海外派遣者

• 海外出張が「国内の事業場に所属し、当該事業場の使用者の指揮に従って勤務する」のに対し、海外派遣は「海外の事業場に所属し、当該事業場の使用者の指揮に従って勤務する」ところに基本的な相違がある。
• 海外滞在期間の長短は、出張と派遣の判断区分の基準とならない。また、企業内での出張、派遣のことばの用い方も判断に関係しない。
• 出張と派遣の違いは、国内でもある「出張と転勤」のイメージに当てはめて判断するとよい。例えば、本社から支店への転勤を例にとると、転勤発令を境に当該労働者は「支店に所属し、当該支店の使用者の指揮に従って勤務する」こととなるが、この場合、期間の長短は直接の争点とならない。逆に、出張の場合は仮に出張業務の期間が長期に渡ることはあっても、通常、所属の変更は行われない。
• なお、派遣であるためには、海外に事業（場）の存在することが前提となる。
• 実務上の留意点としては、当該海外勤務が、海外出張の取扱として疑問点のない場合はよいが、実態は海外派遣として取扱うべき事例の場合である。
• 事前に所轄労働基準監督署と相談しておく方がよい。海外派遣の場合で特別加入の手続きを行っていない場合、事後の救済は不可能であるからだ。

• この場合、特別加入しておかない限り、日本の労災保険法による補償は受けられない。

• なお、海外派遣者として、一般的に特別加入の手続が必要なケースはつぎのとおり。
  （１）海外支店、営業所の駐在員
  （２）海外関連会社（合弁会社、現地法人、提携先企業等）への出向
  （３）海外で行う据付工事・建設工事の有期事業に従事する場合
  　　　・総括管理者／指導員（監督、指導／自らも作業する）／事務員／一般作業者
  （４）国際協力事業団等から派遣される者
  　　　・駐在事務所員／技術者、専門家／青年海外協力隊員
  （５）海外で行われる３００人以下事業に、代表者等労働者性の認められない役員として派遣される者
  　　（なお、金融・保険・不動産・小売・サービス業は５０人以下、卸売業は１００人以下）

• 任意加入であること。従って、加入していない場合の事後救済はない。
• 給付基礎日額は３５００円から２００００円まであるので、対象者の平均賃金等を勘案して申請（加入手続）を行う。（この場合、派遣先国の災害補償制度の水準を併せ調査しておくことが望ましい。）
• 「特別加入申請書」様式第３４号の１１は、派遣元事業主等が所轄労働基準監督署長を経由して労働基準局 長の承認を得る。特に、支障のない限り所轄労働基準監督署長が申請書を受付けた日の翌日付けで承認となる 。既に海外において就労している者でも、この承認日からしか保険の適用を受けられない。
• 「海外派遣に関する報告書」特様式第５号が大切。現実に派遣先の事業に従事することになった後に、派遣 者一人ごとに一部提出し、補償対象の業務内容、役職等を最終的に確定する。派遣後における変更は、そのつど「特別加入に関する変更届」様式第３４号の１２によって届出を行う。これは、特別加入の承認が、報告書に記載された範囲でのみ有効とされるため、重要。
• 一保険年度に（４月１日から３月３１日まで）同一労働者が２回以上海外に派遣される場合、帰国・再派遣 のつど届出が必要である。
• 海外派遣者の特別加入保険料は、１０００分の８（平成９年度）。

• 海外派遣特別加入者が保険給付を受ける際には、保険給付請求書等の書類を派遣元事業の事業主等を経由して所轄労働基準監督署長に提出します。
• この際、災害現場が外国であるため、つぎの点に留意する。

  ○派遣先事業主の証明書、入手できる場合には在外公館の証明書・新聞記事等の添付
  ○療養の費用の請求では、要した額を証明できる診療担当者の明細書及び領収書の添付なお、療養の費用は支給決定日の外国為替換算率（売レート）により換算された邦貨額となる。
  ○証明書等が外国語で記載されている場合は、日本語翻訳文の添付
  ○療養の範囲は、原則として我が国の労災保険で認められているものに限られるが、診療内容等で当該国独自の治療であっても、医学常識に照して妥当と認められるものについては支給される。

• 海外出張は、日本国内の事業の事業主の指揮命令に基づき一定の期間海外で就労する訳で、海外出張期間はたまたま労働の場が海外にあるにすぎない（すなわち、依然として日本国内の事業主の支配下にある。）と評価されるため、海外派遣者の場合と異なり、特別の加入手続を必要とせず当然に、労災保険が適用される。
• 出張は、特段の事情のないかぎり、出張過程の全般に渡り事業主の支配下にある、といったとらえ方がされているため、業務遂行性の認められる範囲が海外派遣者（というよりあらゆる通常業務に比しても）の場合より広くなっている。
• 出張中の行為も広くとらえ、通常の範囲（食事、喫茶等、ホテルの宿泊の火災、食中毒等）は業務起因性を認めている。
• このほか、伝染病流行地や風土病のある地域へ出張してり患した場合にも、業務上の疾病として取扱われるケースが多い。
• これに対して海外派遣は、本来わが国の労災保険の保護が及ばないところ、海外派遣者の特別加入によって特例の取扱をしようとするもの。
• Ａ型肝炎など流行性肝炎は肝炎ウイルスに汚染された飲食物の摂取等により発症しますが、この発症は、当該疾病の流行地に居住する者であれば就労の有無に関係なく、労働者であれ一般住民であれ等しくり患する危険があるため、業務との関連でり患したと認定されるケースは極めて稀なものとなる。
• このように、「海外出張」と「海外派遣」で取扱が極端に相違するのは問題とする見方もあるが、これは出張特有の事業主支配下の概念の拡張から来ている問題であろう。
• 「海外派遣者」についての業務上外の認定基準は『国内の労働者の場合に準ずる。』（昭５２・３・３０基発第１９２号）とされており、相違がある訳ではない。

• 海外派遣特別加入者が派遣先事業へ赴任する途上の災害は、つぎの条件を満たす場合、業務上として取り扱われる。
  （１）海外派遣（転勤）命令を受けた労働者が、転勤前の居住地等から赴任先事業（赴任先事業場の社宅等、ホテルを含む）に赴く途上で発生した災害であること。
  （２）「赴任先事業主の命令に基づき行われる赴任」であって、社会通念上合理的な経路及び方法による赴任であること。
  ※赴任の日時及び方法が一定程度具体的に示され、それに従うことが一般的と認められる場合に限る。
  ※赴任元事業主の命令に従う場合でも、事前に派遣先事業主と合意されていれば可。
  （３）赴任のため直接必要でない行為や恣意的行為に起因した災害でないこと。
  （４）当該赴任に対し赴任先事業主より旅費が支給される場合であること。
  ※派遣元事業主から旅費が支給される場合でも、赴任先事業主の了解のもとに支給される場合は可。
  なお、帰任途上も同様の取扱。

• 戦争の巻き添えとなった災害は『一般に労働者が使用者の支配下にある状態でなくても日常生活においても被ることがあるわけであり、使用者の支配下にあることによる危険が現実化したものではない』すなわち、原則として業務上の災害とは認められないとされます。
• 但し、当該災害とその労働者の業務との間に相対的に有力な因果関係が認められる場合は例外。（例：戦争に際して、一番の攻撃目標となる石油精製基地の建設業務に従事していてその攻撃により被災した場合など。）
• この場合の『相対的に有力な』とは、経験則に照らし、その災害の発生が当該業務に内在する危険が現実化したものと一般的に認められるかどうか、といった意味。

• 暴風雨・水害・地震・土砂崩れ・落雷・噴火等は、それ自体としては業務と無関係な自然現象であり、業務中に発生したものでも、いわゆる業務起因性が否定され業務外の災害とされます。
• しかし、天災地変の場合、業務の性質や内容、作業条件・作業環境、事業場施設の状況が大きく絡んできます。『天災地変による災害を被りやすい業務上の事情があって、その事情とあいまって発生したものと認められる場合』には、業務に伴う危険が現実化して発生したものとして業務起因性を認められることがあります。
• （例：天災地変時における同僚労働者の救護、事業場施設の防護、物品の搬出作業。特命による被災地出張中の災害。天災地変に際して被災する危険性の高い作業環境、作業条件、事業施設等のもとにおいて被災した場合など。）

• 日本から海外に派遣された者の中には、通常日本では感染することがないかあるいはめったに感染しない感染症に感染する場合があるが、これらの感染症は原則として、業務との因果関係をないとされる。
• なお、業務との因果関係が認められる感染症は、つぎの場合である。
  ○「医療・研究業務であって、感染経路、潜伏期間等から当該業務に起因して感染したことが明らかな場合」（労基法施行規則別表第一の二第６号の１）
  ○「ネズミ、昆虫等の媒介動物と接触の多い業務において感染リスクの高い感染症（ペスト、黄熱病、ツツガムシ病等）に感染した場合であって業務起因性が認められる場合」 は、業務上疾病として取扱われる。
• これ以外の感染症は、感染経路からみて業務によって感染することはほとんど考えられないので、原則として業務上疾病として取扱われない。
• その理由は、浸淫地域（感染症への感染リスクの高い地域）に居住する者であれば、誰であれ、業務に従事する、しないにかかわらず感染する危険があるのが通常であるからとされる。
• ただし、『感染経路が当該事業場の独自に管理する給食、給水設備にある場合』のように事業場施設（の欠陥）との関連が明らかな場合は、業務上疾病として取扱われる。

• 海外の派遣先の企業規模が３００人以下なら認められる。これは海外の国ごとに、かつ企業を単位として判断する。国内の派遣元企業が１０００人の大企業でも特別加入は可能である。

• 派遣先国の補償制度とわが国の特別加入による労災保険の両方から保険給付が行われた場合であっても、保険給付額について調整されることはない。

• 海外建設事業の工事現場について、出張か派遣かはつぎのように判断する。
  ○工事の進捗状況の視察や単に建設事業に関する技術指導のみを行う場合等工事に直接従事しないものは『海外出張』
  ○現実に工事現場に入って当該建設工事に関する監督指導を行う場合は『海外派遣』
  海外滞在期間の長短は、出張か派遣かの判断基準とはならない。
• 設問の場合は、特別加入の手続がないと労災保険の補償は受けられないから注意する。

• 一旦、帰国するかどうかで手続が相違する。Ａ国から直接Ｂ国に派遣される場合は「特別加入に関する変更届」を提出するだけで可。
  一旦、帰国し派遣元事業主の事業に従事した後の、Ｂ国派遣は同一人であっても、新たに特別加入者になったものとして届け出る必要がある。

• 保険料は、年度内の特別加入月数に応じて派遣者の１回の派遣ごとに算定される。
• （例：給付基礎日額５０００円×３６５×０．００８＝１４，６００円（年額））
• 特別加入者が、一旦帰国し派遣元事業主の事業に従事する場合はその時点で、特別加入者の資格が失われ、再度海外へ派遣される場合は改めて加入保険料を算定する。
• 前任者と交替で新たに派遣される者については、改めて特別加入者として保険料を算定納付する必要がある。