あるサラリーマンの過労死・自殺
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○電通事件・地裁判決 (東京地裁平成8年3月28日判決)
○電通事件・控訴審判決(東京高裁平成9年9月26日判決)




○電通事件・地裁判決 (東京地裁平成8年3月28日判決)
・電通は両親に1億2600万円の損害賠償を支払え!

電通事件の社員の労働実態を見る
事件の概要

 Aは、平成2年4月に被告(以下,会社)に入社し,ラジオ局ラジオ推進部に配属された。
同人の業務は,ラジオ番組の広告主への営業が主で,担当の得意先は40社で,常に同時並行
的に複数社と交渉した。
 Aは,コンサートなどイベントの会場を回ることも多く,招待客の送り迎えやジュースの買
い出しなど雑用もすべて手掛けた。こうしたイベントの企画立案も自分でやらなければならず,
昼間の仕事がー段落した夜8時を過ぎてから,企画の仕事に取り組んだ。
 さらにAは,毎朝雑用として,机をぞうきん掛けし,まだ先輩たちが出社してこない職場で,
次々に掛かってくる電話の応対をした。このため,前夜の帰宅が遅くても,必ず朝9時に出社
した。
 この結果,Aは,入社してからの1年5カ月間,日曜日も必ず仕事に出掛け,この間に取っ
た有給休暇は半日だけであった。特に後半の8カ月は,午前2時以降の退社が3日に1度、午
前4時以降が6日に1度で,睡眠時間は30分から2時間30分だった。
 Aは,入社翌年の春ころから,真っ暗な部屋でぼんやりしたり,「人間としてもうだめかも
しれない」と漏らしたり,うつ病の症状が現れ始め,同年8月,自宅で自殺した。


判決の概要

【Aが会社に正規に申告した労働時間】

 Aの申告にかかる勤務状況報告表によれば,平成3年4月から同年8月までの5カ月間の平
日の時間外勤務時間は、265.5時間で,平日の平均残業時間は約2.41時間となり,Aの平日の
平均勤務終了時刻は午後7時55分ころということになる。

【管理員巡察報告書に表れた労働時間】

 これに対し,管理員巡察実施報告書上はAが休日も含めて約5日に2日の割合で深夜午前2
時以降に退館した旨記載されている。

 このようにAの勤務状況報告表から算出される平均勤務終了時刻と,管理員巡察実施報告書
上の退館時刻との間には,大きな開きがみられる
 Aの両親は、これを、サービス残業に充てられたものであると主張。
 会社は,勤務状況報告表に記載された残業時間が真実であり,Aはその業務とは無関係に社
内に在館していた旨主張した。

【裁判所の事実認定】 ページの先頭に戻ります

1 Aは少なくとも40社をスポンサーとして担当し,その処理していた業務は相当多いもの
  であったと認められる。
2 平成3年1月から12月までの期間を対象とした会社の労働組合の調査によれば,午後1
  0時以降の勤務状況報告表へ真実と異なる申告をした者の割合が男子が42.9パーセン
  ト,女子は58.7パーセントに及んでいる等の事情を考慮すれば,Aが退館時刻までの
  間に食事や仮眠等の行動をしていたとしても,その大半は自己の業務を処理するために充
  てられていたと認めるのが相当。

3 そうすると,Aは,社会通念上許容される範囲をはるかに超え,いわば常軌を逸した長時
  間労働をしていたというべきである。

 Aは,恵まれた環境に育ち,心身とも健康で希望と熱意に燃えて会社に入社し,ラジオ局ラ
ジオ推進部に配属後の慢性的な深夜に至る残業にもかかわらず,総じて平成2年度中は,明る
く元気に仕事に取り組んでいた。
 しかし,3年になると,休日,平日を問わない深夜に至るまでの長時間残業の状態がさらに
悪化し,うつうつとした暗い感じになり,仕事に対して自信を喪失し,精神的に落ち込み,2
時間程度しか眠れなくなったというのである。

 Aには精神疾患の既往はなく,家族歴にも精神疾患はないことを考慮すれば,Aは,常軌を
逸した長時間労働とそれによる睡眠不足の結果,同年7月ころには心身ともに疲労困憊し,そ
れが誘因となってうつ病に罹患したものと認めるのが相当。
 にもかかわらず,同年8月には労働時間はさらに増加し,「自分は役に立たない」といった
自信を喪失した言動や,「人間としてもう駄目かもしれない」といった自殺の予兆であるかの
ような言動や,「霊が乗り移った」といった異常な言動等をするようになり,肉体的には顔色
不良,睡眠障害といった症状が現れ,疲労によるうつ病が進むなかで,H村でのイベントが終
了して肩の荷が下りてほっとするとともに,翌日から再び同様な長時間労働の日々が続くこと
に虚しい気持ちに陥り,そのうつ状態がさらに深まったためにその結果として自殺したものと
認めるのが相当。

 Aが常軌を逸した長時間労働により,心身ともに疲弊してうつ病に陥り,自殺を図ったこと
は会社はもちろん通常人にも予見することが可能であったというべき。
 また、Aの長時間労働とうつ病との間,さらにうつ病とAの自殺による死亡との間にはいず
れも相当因果関係があるというべきである。

<会社の対応と責任> ページの先頭に戻ります

 会社は,その社員であるAに対し,同人の労働時間および労働状況を把握し,同人が過剰な
長時間(労働)によりその健康を侵害されないよう配慮すべき安全配慮義務を負っている。
 直属の部長である訴外Kおよび訴外Sは、Aがしばしば、翌朝まで会社で徹夜して残業をす
るなど、常軌を逸した長時間労働や同人の健康状況の悪化を知りながら、労働時間を軽減させ
るための具体的な措置をとらなかった過失がある。
 これに対し,会社は,健康管理センターの設置,タクシー乗車券の無制限の配布等から,安
全配慮義務を尽くしていると主張する。

 しかし,社員の労働時間を把握するための勤務状況報告表が真実を反映するものでなかった
こと,社員がその残業労働を勤務状況報告表に過少申告していたことは,会社においては常態
化していたことであり,会社もこのことを認識していたと認めるのが相当である。
 会社が準備した健康管理の措置は実質的に機能していないことは明らかであり,そのような
状況下では、社員の労働時間を把握し,過剰な長時間労働によって社員の健康が侵害されない
ように配慮するという義務の履行を尽くしていたということができず,会社の主張は理由がな
い。
              <労政時報第3264号実務家のための労働判例をもとに編集>
          






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電通事件(東京高裁平成9年9月26日判決)

・過失相殺により賠償額を7割に減額するも、ほぼ原審の判断を維持!
・会社側は、最高裁に上告。

判決文のあらまし
・事実認定は基本的に原審の判断を踏襲しているので、控訴審判決の特徴である過失相殺の認
 定にかかる部分を中心に掲載した。


1 一郎の労働時間の過剰性について(略)
2 一郎の業務と自殺との因果関係について
(一)(略)
(二)
 これに対し、控訴人は、うつ病の診断は、直接患者を問診しないと極めて難しく、一郎がう
つ病に罹患していたとする確たる証拠はないと主張する。しかしながら(略)事後的にではあ
るが、複数の医師が一郎がうつ病に罹患していたないしはその可能性が高いと診断しているの
である。[略]また、控訴人は、披憊性うつ病は、心因性うつ病の一種であり、あくまでも感
情上の苦悩(ストレス)が問題となる病気であり、長期間の情動上のストレスの持続により発
症(罹患)するとされているから、過労等の肉体疲労で疲憊性うつ病になることはないと主張
するようである。
 しかしながら、過労等による長期の慢性的疲労や睡眠不足がストレスを増大させることは経
験則上明らかであるうえ、慢性疲労が自律神経失調症状と抑うつ状態を招き、一部では内因性
うつ病と区別できない反応性うつ病を引き起こすことがあるとするのは神経医学会の定説であ
ると認められること(略)などに照らすと、過労等の肉体疲労によって疲憊性うつ病になるこ
とはないとする控訴人の主張は採用できない。

(三)
 さらに、被告は、一郎の個人生活,家庭環境等の事情が自殺の原因である旨主張(するが)
(略)合理的に推認できるような事情があるとは認められない。
(四)(略)


3 被告の過失の有無

(一)
 被告は、雇用主として、その社員である一郎に対し、同人の労働時間及ぴ労働状況を把握し、
同人が過剰な長時間労働によりその健康を侵害されないよう配慮すべき安全配慮義務を負って
いたものというべきところ、一郎は、前記のとおり、社会通念上許容される範囲をはかるに逸
脱した長時間労働をしていたものである。(略)
 訴外Sも一郎の様子がおかしくなっていることに気づきながら、一郎の健康を配慮しての具
体的な措置は、なお何ら取らなかった等の事情に鑑みれば(略)労働時間を軽減させるための
具体的な措置を取らなかった過失があるといわざるを得ない。

 したがって、被告は、その履行補助者である訴外T及び訴外Sの安全配慮義務の不履行に起
因して、一郎が被った損害を賠償する義務があるというべきである。

 控訴人は、自殺は本人の自殺念慮に起因し、自ら死を選択するものであり、控訴人にはそれ
を予見することも、回避することも全く不可能であるから、一郎の死亡につき、安全配慮義務
が成立する余地がないと主張するが、前記認定の事実によれば、控訴人は一郎の常軌を逸した
長時間労働及ぴ同人の健康状態(精神面も含めて)の悪化を知っていたものと認められるので
あり、そうである以上、一郎がうつ病等の精神疾患に罹患し、その結果自殺することもあり得
ることを予見することが可能であったというべきであるから、控訴人の右主張は理由がない。


(二)
 これに対し、被告は、健康管理センターの設置、深夜宿泊施設の確保、出勤猶予制度の設置、
タクシー乗車券の無制限の配付、特に時間外労働の多い社員に対するミニドックでの受診の義
務づけ、社員の労働時間の改善について労働組合と協議していること等から、安全配慮義務を
尽くしていると主張する。

 しかしながら[略]被告の主張する安全配慮義務を具体化する措置のみでは、社員の労働時
間を把握し、過剰な長時間労働によって社員の健康が侵害されないように配慮するという義務
の履行を尽くしていたということができず、被告の右主張は理由がない。


4 過失相殺等について

 前記認定事実によれば、(略)控訴人においては、自ら残業時間を勤務状況報告表に記載す
るという自己申告制を採っているところ、一郎が実際の残業時間よりもかなり少なく申告して
いたことが、上司において、一郎の実際の勤務状況を把握することをやや困難にしたという面
があり、

 そのように申告せざるを得ない状況にあったとしてもなお、過労を上司に申告ないし訴えて
勤務状況を少しでも改善させる途がなかったとはいえないし、(略)一郎は、時間の適切な使
用方法を誤り、深夜労働を続けた面もあるいえるから、一郎にもうつ病罹患につき、一端の責
任があるともいえること(略)被控訴人ら一郎の両親も、一郎の勤務状況、生活状況をほぼ把
握しながら、これを改善するための具体的措置を採っていないこと(略)
などの諸事情が認められ、(略)これらを考慮すれば、一郎のうつ病罹患ないし自殺という損
害の発生及びその拡大について、一郎の心因的要素等被害者側の事情も寄与しているものとい
うべきであるから、

 損害の公平な分担という理念に照らし、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して、
発生した損害のうち7割を控訴人に負担させるのが相当である。