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[資料番号] 00118
[題  名] 労働省「労働債権保護に関する研究会報告」(平成12年12月)
[区  分] 労働基準

[内  容]

労働債権の保護に関する研究会報告書
労働省・労働債権の保護に関する研究会
平成12年12月




【資料のワンポイント解説】

1.企業が倒産した場合、不払賃金や退職金などの「労働債権」は、担保のない一般債権より優先して弁済を受けることができる。
  とはいうものの、「労働債権」より優遇されている債権(担保付き債権、税金)があり、倒産企業の限られた資産の分配において、賃金・退職金の保護が十分に図られているとは言えない。また、一口に「倒産」といっても、会社更生法(6か月分の賃金は担保付き債権より優先)、民事再生法(税金と同列扱い)、任意整理(一般の債権より優先されるにすぎない)などでは取扱いが異なる。このうち、現実の企業倒産においては、労働債権の保護が十分でない「任意整理」が、8割以上を占めると言われている。

2.今回の研究会報告は、最近の企業の経営破綻により、離職を余儀なくされたうえ、(加えて)賃金・退職金の支払いも受けられない事態への対応ということもあるが、1992年に採択されたILO条約(労働債権の優先順位を税金より高く置いている)の批准に向けた国内法の整備にねらいがあるものと思われる。
なお、諸外国の労働債権保護では、フランスがもっとも強力で最優先債権、アメリカは担保付き債権に次ぐもので、税金より優先取扱い。

3.労働省(1月6日から厚生労働省)は、法制審議会での破産法見直しの検討作業に当たって、報告書に基づいた労働債権の保護順位の見直しを提案するとしている。

4.なお、本報告書は、わが国における労働債権の保護に係る現状をよく整理しているので、一読されることをお奨めする。







労働債権の保護に関する研究会報告書


1 はじめに

 近年、企業倒産の増加が続いているが、これに伴い賃金不払事案も増加している。
 1999年の賃金不払事案は過去20年間で最高の17,125件にのぼり、これらのうち、労働基準監督署の指導等によりかなりの部分について解決は図られているが、未解決となったものは6,688件となっている。未解決となった事案のうちには倒産等により企業に資力がないためのものが少なくないとみられる(第1図、第2図=略)

 一口に企業倒産といってもその内容は様々であるが、大別すると、倒産として扱われるものには、裁判所への破産や会社更生手続開始等の申立てによるものと、それ以外の手形、小切手の不渡りを出し、銀行取引停止処分を受ける等の事実のみによるものの2つのタイプのものがある。そして、企業倒産の約2割は破産法や会社更生法等の倒産法に基づく「法的整理」によっているが、そのうち約8割は破産法の適用を受けたものとなっている。しかし、破産法における労働債権の順位は必ずしも高くなく、労働債権が十分な弁済を受けているとは言い難い。また、倒産全体の残りの約8割は倒産法の外で処理がなされる「任意整理」が占めているが、労働債権の回収はさらに困難となっているとみられる。すなわち、「任意整理」の場合、一応の手続がなされる場合も含めて、結局は早い者勝ちとなるケースが少なくないことが指摘されている。

 賃金は労働条件の重要な要素であり労働者とその家族の生活の糧であるから、労働債権の持つ意味は重く、その回収は極めて重大な課題である。世界的にみても、近年労働債権の保護の問題への関心が高まり、その充実が図られてきている。ILO(国際労働機関)が1992年にILO173号条約(使用者の支払不能の場合における労働者債権の保護に関する条約)を採択しているのも、こうした動向を背景としている。
 また、ILO173号条約の検討の過程でも明らかにされたように、労働債権について特別の保護を与えるのは各国共通であり、一定の範囲の労働債権を公租公課より高い順位に置く国や時として担保付債権よりも高い優先度を付している国もある。アメリカ、イギリス、フランス、ドイツの4か国の倒産法制における労働債権の優先度についてみると、一切の優先権を廃止し労働債権の保護が倒産給付金制度に委ねられたドイツを除き、いずれも一定の範囲の労働債権を高い順位に位置づけている。例えば、アメリカでは担保付債権、優先債権の次に一定の範囲の賃金債権を含む優先的無担保債権が位置づけられ、イギリスも管財人の報酬、担保付債権、清算人の報酬、最優先債権の次に一定の範囲の賃金債権と租税債権等が位置づけられている。また、フランスでは一定の範囲の賃金債権については他のあらゆる債権に優先するというような位置づけが与えられている。なお、ドイツの他、イギリス、フランスについては未払賃金の立替払いの仕組みも別途用意されているところである(第1表=略)

 現在、法制審議会においては、破産法等倒産法制の見直しの一環として労働債権の優先順位の在り方についても議論が行われているところであるが、そもそも労働債権の優先順位の在り方については民法、租税関係法等の一般実体法が基本となっており、また、法律上の倒産手続によらず任意整理で手続が行われる場合において拠り所となるのがこれら一般実体法であることから、本研究会では一般実体法を念頭に倒産等における労働債権の保護の問題を取り上げた。また、労働債権としてとらえるものの範囲としては議論のあるところであるが、ここでは賃金、退職金を中心に検討を行った。
 この問題は非常に複雑で法的な問題、実態上の問題等広範な検討を要するものであるが、ここでは労働債権の優先順位の引上げの必要性と方向性を示している。今後とも産業構造は大きく変化することが見込まれ、その中で起業が増加すればアメリカの例をみるまでもなく、現在よりも恒常的に企業倒産が多い状態が続くことも想定され得る。この問題についての理解と関心がこれまで以上に高まることを通じ、近い将来労働債権の位置づけの見直しにつながることを期待する。





2 労働債権の保護の必要性

 労働債権については、我が国においても以下「3」に示すように一般先取特権を付与し、他の一般債権に優先して弁済を求める等の保護を与えている。労働債権に特別の保護を与えるべき理由について、ここでは昨今の経済社会の変化も踏まえて改めて整理することとする。



(1) 労働者の生活の保護(社会的公正の見地)

 ほとんどの場合、労働者は自らと家族の生計を賃金に頼っているため、その生活維持に賃金の確保は重大な意味を有している。企業が倒産し、賃金未払があった場合、労働者は未払の賃金のみならず、その後の生活を支えるはずであった仕事と所得の源泉をも失うことになるものであって、倒産の影響を大きく受ける等不安定な立場におかれる労働者は他の債権者に比べて特別に保護することが社会的公正に合致するというものである。
 なお、我が国の法制度上、同様に生活費の確保という観点から債務者の日用品の供給も一般先取特権の地位が与えられており、また、生活必需品やその他生活のために必要な動産、債権について差押禁止財産として執行の禁止措置がとられている。


(2) 労働者の交渉力の弱さ(社会政策的見地)

 賃金は労働を提供した後に様々な間隔で支払われるものであり、労働者は労働の提供を前渡し、換言すれば賃金は後払いとなっているのが通常である。しかし、労働者は金融機関その他の債権者とは異なり、交渉力の乏しさから約定担保を設定して債権の履行確保を図ることは期待できないので、社会政策的考慮から法定担保により、特に保護を図るというものである。


(3) 個々の労働者にとってみた労働債権の重み(社会政策的見地)

 企業倒産の場合、融資者等の債権者からみると、倒産企業は多くの債務者の一人に過ぎないのに対し、労働者からみると使用者は唯一の債務者であることから、そうした使用者の支払不能の場合には、労働者は金銭債権者等よりも生活の維持、継続の点ではるかに不安定な状態におかれる。
このように相対的にみた債権の重みの相違に着目して労働債権を特別に保護すべきものとしている。


(4) 労働者の貢献の評価(公平性の見地)

 労働者は企業の財産形成に貢献し、倒産後もその企業財産の維持(時として創造も)に貢献し、退職金も含め労働債権はその労働者に帰するものであることから、公平の観点から、これを特別に保護する必要があるというものである。
 特に企業活動の源泉が個々の労働者の知的生産による部分が高まりつつある中にあって、この公平性の見地は従来にも増して高まっているとの見方もできよう。


(5) 情報のギャップ(公平性の確保の見地)

 労働者は他の債権者と比べて、企業を取り巻く経営環境、経理状況等の情報を得ることは困難であり、そうした情報を得る機会、力の差が債権者として不利に働きがちであることを考慮し、特別の保護が必要とするものである。実際、倒産の実態上も取引先と比べて労働者が倒産の予兆を把握するのは一般的には困難との指摘がある。
 この点については、社会的な立場の弱さという意味で労働者と同じと指摘されることのある中小下請事業者と比べた場合、やはり労働者の方をより保護すべき理由として根拠づけることができよう。すなわち、下請であっても事業者である限り、事業経営を取り巻く各種経営環境、経営指標等の動向には自己責任で注意を払い然るべき対応を取る必要があるが、そこまでの自己責任性は労働者には求められていないと思われる。


 以上、労働債権を特別に保護すべき理由を列挙したが、近年、労働者も財産形成が進み、また社会保障制度も整ったことから、そうした保護を保持する必要性があるかどうかという意見もあり得るところである。
 しかしながら、生活維持という点の最低限の保障である生活保護はあまねく適用されているものであり、こと労働者についてのみ適用されるものではない点には留意する必要がある。なお、労働者の生活実態は、最近時点においてすら、中小も含めた事業者よりも資産保有の点で劣っており、住宅ローンなどを抱えている場合が多いことから、現在においてもなお、社会政策的理由からみた労働債権保護の必要性を割り引いて考慮すべき状況には至っていないと考えられる。





3 労働債権の法的位置づけと実態


(1) 倒産の場合における労働債権の位置づけ

 企業が倒産した場合の手続としては、倒産法に基づいて処理がなされる「法的整理」と、倒産法の外で処理がなされる「任意整理」がある。また、法的整理は、その目的の違いにより、さらに清算型手続(破産手続、特別清算手続)と再建型手続(会社更生手続、民事再生手続、会社整理手続)に区分される。
 ここでは、任意整理、及び代表的な法的整理である破産手続、会社更生手続、民事再生手続において、諸債権間の優先順位の中で労働債権がどう位置づけられているかについて概観する。


イ 任意整理における労働債権の取扱い

(イ) 任意整理(私的整理)

 倒産会社が、破産、会社更生、民事再生等裁判所の手続によらないで、任意に整理を進める場合も多い。これは普通、任意整理(私的整理)又は内整理と呼ばれている。任意整理においては、およそ手続らしい手続なしに早い者勝ちとなる場合が少なくない。しかし、債権者会議が開かれ、参加した債権者の執行機関として債権者委員会や債権者委員長が置かれて、債権者の委任、信託関係の下に具体的手続が進められていくというのを典型とする手続がとられる場合があり(以下これを「任意整理の手続」という。)、この場合、公序良俗、信義誠実の原則及び債権者平等の原則に反してはならないこととされている(民法第427条等)。また、各種債権間の優先順位は、基本的には、民法、商法及び国税徴収法等の一般実体法の規定に従い、同手続が進められることとなる。
 そこで、以下、一般実体法における労働債権の取扱いについて述べることとする。


(ロ) 労働債権の先取特権

 労働債権については、民法及び商法等において一般先取特権が認められている(民法第306条、商法第295条等)。先取特権は、債務者の総財産あるいは特定の動産・不動産から優先弁済を受けることができる担保物権であり、労働債権については、使用者の一般財産の上に先取特権を有し、これらから他の債権者に先立って弁済を受けることができることとされている。また、労働債権は、一般先取特権の中でも、共益費用の先取特権に次ぐ順位を与えられている(民法第329条第1項、商法第295条第2項等)。
 この先取特権の範囲については、民法においては「債務者ノ雇人カ受クヘキ最後ノ六个月間ノ給料」(民法第308条)とされ、個人事業主や公益法人等に使用される労働者については、最後の6か月分に限定されているのに対し、商法及び有限会社法においては「会社ト使用人トノ間ノ雇傭関係ニ基キ生ジタル債権」(商法第295条、有限会社法第46条第2項)とされ、全額が先取特権を有することとなる。また、保険相互会社についても、商法及び有限会社法と同様の取扱いとされている(保険業法第59条)。
 このように、個人事業主等に使用される場合と株式会社等に使用される場合とで、先取特権の範囲に差が生ずる理由としては、株式会社や有限会社等にあっては、従業員の退職手当等を退職給与引当金として計上しているに止まり、会社に損失があれば取り崩されるおそれがあるので、従業員の保護として十分でないから、という説明がなされてきた。しかしながら、株式会社等でない場合にあって、退職手当等の原資が確保されるという保証はなく、この説明は説得力のないものとなっている。
 なお、「最後の6か月間の給料」の解釈としては、6か月の間に弁済期が到来した賃金債権と、6か月分の給料に相当する額の賃金債権との2説があるが、通説・判例は後者で定着している(退職金についても同様に解されている(江戸川製作所事件・最三小判昭44.9.2)。)。


(ハ) 一般実体法における労働債権の優先順位

 次に、このような先取特権としての位置づけがなされている労働債権が、一般実体法において、各種債権間の中でどのような順位を占めているかについて概観する(第2表=略)

 各種債権の順位は、民法、商法、国税徴収法といった各種の一般実体法によって決まっており複雑であるが、概括していえば、まず、不動産保存・工事等の先取特権による被担保債権は、抵当権等の被担保債権等より高い順位が与えられている(民法第325条、第329条第2項、第339条、国税徴収法第19条)。この理由としては、不動産保存・工事といった債権者の行為によって不動産の価値が保存されたり、新たにその不動産が債務者の財産に加わったりし、これが債権者共通の財産の保護・増価等に資することになることが挙げられる。

 次いで、抵当権等の被担保債権と租税債権とが同順位として位置づけられる。抵当権等の被担保債権については、不動産登記等により公示がなされているものであり、他の債権者は当該債権の存在を知ることができることから、私債権の中で高い順位に置かれている。また、租税債権については、国家又は地方公共団体の一般的財政需要を賄うために、法律に基づいて一律に成立するものであって、担保権を提供する者に対して選択的に成立させることができる私債権とは根本的に異なるものであることから、他の債権に対して優先権を有している。

 この両者の調整、すなわち、私法秩序の尊重と租税徴収の確保という二面の要請をどう調整するかについては、抵当権等の被担保債権と租税債権との優先劣後を決定する時期を、納税者の財産上に担保権を取得する第三者が、具体的に租税の存在を知ることができる時期(法定納期限等)とすることによって、調整が図られている(国税徴収法第15条、第16条)。例えば、抵当権等の被担保債権と租税債権の優先劣後については、抵当権等の登記と租税の法定納期限等の先後により決まることとなっている。

 なお、健康保険料や労働保険料等の公課については、公課が租税と同じように公益性に基づくものであることから、租税債権に次ぐ順位が認められ、私債権に先立って徴収することとされている(健康保険法第11条の3、労働保険の保険料の徴収等に関する法律第28条等)。

 次いで、一般先取特権を有する債権が位置づけられ、労働債権もこの中に含まれる。労働債権は一般先取特権の中で、「葬式ノ費用」や「日用品ノ供給」には優先するが、「共益ノ費用」には劣後する(民法第329条第1項、商法第295条第2項)。労働債権に先取特権が付与される範囲については、前述したとおり、個人事業主や公益法人等に使用される労働者は最後の6か月分に限定されているのに対し、株式会社等の場合は全額となるという違いはあるが、この範囲内で労働債権は一般の債権に対して優先権を有することとなる。

 なお、労働債権を含めた一般の先取特権については、登記をすれば抵当権等の被担保債権と同列に置かれることとなり(民法第341条)、租税債権との関係についても、登記と法定納期限等の先後により優先関係が決まることとなる(国税徴収法第20条第1項)。

 以上の他、労働債権は一般の先取特権に加え、農業と工業の労働者について特別の先取特権が認められている(民法第324条)。これは一般の先取特権とは異なり、債務者の特定動産上に存する先取特権であり、具体的には、農業労役者については最後の1年間、工業の労役者については最後の3か月についてその労役によって生じた果実又は製作物の上に存在するものである。この先取特権は不動産賃貸の先取特権、旅店宿泊の先取特権、運輸の先取特権等には劣後するが、債権取得時、農工業労役の先取特権があることを知っていた場合には、これら債権も農工業の先取特権に対して優先できないとされている。

 また、「雇傭契約によって生じた船長その他の船員の債権」は船舶、属具及び未収の運送賃の上に先取特権を有しており(商法第842条)、船舶の特殊性、歴史的経過等から、この先取特権は他の先取特権に優先することとされ(商法第845条)、高い順位に位置づけられている(第2表=略)



ロ 法的整理における労働債権の取扱い

 倒産会社が、破産、会社更生、民事再生等裁判所の手続によって整理を進める場合は、法的整理と呼ばれている。総じていえば、法的整理の中では再建型手続の方が、労働債権の保護に関して厚いものとなっているが、これは労働者の協力を得て再建を図るという観点が重視されているためとされている。


(イ) 清算型手続の場合

 破産手続においては、労働債権は、一般先取特権の認められる範囲については優先的破産債権に、優先的破産債権に該当しない範囲については通常破産債権に位置づけられている(破産法第39条)。優先的破産債権は、他の破産債権に先立って弁済されるが、別除権に位置づけられている質権・抵当権・特別の先取特権・商事留置権や、財団債権(管財人の報酬、財団の管理・換価・配当等の費用、租税債権等)に劣後する(ただし、破産宣告後、仕掛品の完成、清算事務等に従事するため労働者が引き続き雇用される場合の賃金については、財団債権とされる。)。また、別除権や財団債権は手続によらずに随時弁済がなされるのに対し、優先的破産債権又は通常破産債権である労働債権は手続によってのみしか弁済を受けることができない(破産法第16条)。

 なお、後述する会社更生手続において共益債権とされた労働債権については、会社更生が失敗に終わり破産手続に移行した場合は、会社更生手続上共益債権とされたものは財団債権となるので、当初から破産手続を行っている場合と比較すると、労働者にとって有利となっている(会社更生法第24条、第25条、第26条第2項)。


(ロ) 再建型手続の場合

 会社更生手続においては、労働債権のうち次のものについては共益債権とされている。共益債権は更生債権に優先し、更生手続によらずに随時弁済される(会社更生法第209条第1項)。

<1> 更生手続開始前6か月間の賃金(会社更生法第119条)
<2> 更生手続開始後の賃金全額(同法第208条第2号)
<3> 更生計画認可決定前の退職手当のうち退職前6か月の給料相当額又は退職手当の3分の1相当額のうちいずれか多い額、退職年金については各期の年金額の3分の1相当額(同法第119条の2第1項)
<4> <3>にかかわらず、更生手続開始後会社都合によって退職した場合は退職手当全額(同法第208条第2号、第119条の2第3項)

 なお、更生計画認可決定後に退職した場合の退職手当全額(同法第208条第2号)については、更生手続によらずに随時弁済されるが、共益債権か否かについては学説によって異なっている。

 上記以外の労働債権のうち、一般先取特権が認められる範囲については優先的更生債権とされており、通常の更生債権には優先するが、更生手続によらなければ弁済を受けることができないこととされており、優先的更生債権にも該当しない賃金については、通常の更生債権に属することとなっている。

 なお、会社更生手続の場合は破産手続とは異なり、倒産企業の再建を実効あらしめるため、抵当権等の被担保債権は更生担保権として、更生手続によらなければ弁済を受けることができないこととされており、租税債権については、会社更生法第119条及び第208条の規定によるものを除き優先的更生債権とされている。

 次に、民事再生手続においては、再生手続開始前の労働債権のうち、一般先取特権が付与されている部分については一般優先債権に該当する(民事再生法第122条第1項。再生手続開始後の労働債権は全額共益債権となる。)。一般優先債権は、共益債権と同様再生債権に優先し、再生手続によらずに随時弁済される(民事再生法第122条第2項)。

 一般優先債権とならない労働債権は再生債権とされ、再生手続開始後は、原則として、再生計画によらなければ権利行使できないこととされている(民事再生法第85条第1項)。なお、抵当権等の被担保債権については、別除権とされ、再生手続によらないで弁済を受けることができる。また、租税債権については先取特権が付与されている労働債権と同様、一般優先債権に属することとされている。



(2) 労働債権の保護の実態

 労働債権を取り巻く経済社会情勢についてみると、長引く不況等を反映して倒産件数は増加している。その倒産形態による内訳を1999年に倒産した企業(1万5,460件)についてみると、任意整理は1万2,770件で約83%を占めているのに対し、法的整理は2,690件で全体の約17%にすぎない。さらに法的整理の内訳についてみると、そのうち破産手続が2,233件を占め(会社更生手続は33件)、約83%を占めている(第3表=略)
 倒産件数が増加する中、賃金不払件数も増加している。1999年に新たに把握した賃金不払事件は、過去20年間で最高の17,125件、対象労働者数で56,676人、金額で約217億1,577万円であり、1991年度から増加傾向にある。このうち、労働基準監督署の指導等の後も未解決となっているのが、6,688件、27,931人、約155億1,542万円であった(第4表=略)
 このような状況の中、労働債権の保護の実態はどうなっているか、任意整理の場合と法的整理の場合とに分けてみることとする。

イ 任意整理の場合

 任意整理の場合の最大の問題は、そもそもが手続というものなしに債権者が早い者勝ちで個別に債権の回収を図り、弱い者、遅れた者の債権回収はほとんどなされないことが多い点にあるとされている。

 しかし、債権者会議が招集され、そこで選任された債権者委員長の下で具体的手続が進められる「任意整理の手続」が行われる場合もある。同手続は債権者及び債務者の合意に基づき行われることから、短期間で処理ができ、柔軟で融通がきくこと、また、手続が簡略であり、管財人の報酬、裁判所への予納も不要であることから費用が安価であること等の利点がある。その一方で、そもそも「任意整理の手続」は法的整理とは異なり裁判所の監督がなく強制的に法に基づく手続の効力を受けるものではないので、「任意整理の手続」に参加を希望せず手続の外で勝手に権利行使を行う債権者の行為を規制することはできない。このことから事実上、任意整理の多くは「任意整理の手続」が行われている場合も含め、早い者勝ちの処理になることが少なくないとされている。

 また、「任意整理の手続」においてはこの他次のような問題があることが指摘されている。

<1> ときに不公平な配当が行われたり、一部債権者のために手続が利用されたりすること
<2> 手続が簡便であり費用も低廉であるため、中小零細企業の倒産の際に利用されることが多いものとされているが、任意整理を行う企業においては、労働債権の優先性に対する認識が薄いことが多いこと

 さらに、一般実体法上も労働債権は多くの債権に劣後していることから「任意整理の手続」がなされる場合、労働者が民法の一般の先取特権により保護される度合いは限定的となっているとされている。

 任意整理全体についての実態把握はなかなか困難ではあるが、倒産問題に詳しい専門家によれば、労働債権がほとんど支払われないままに会社が倒産し、労働者も職を失うケースは少なくないとされている。未払賃金立替払制度において、任意整理における国が立て替えた賃金債権の回収状況は1%前後となっており、同制度は、任意整理の時点に回収する性質のものではないことを考慮したとしても、任意整理の場合の労働債権の弁済の程度は相当低いと思われる。
 なお、本年4月から、中小企業の事業主にとっても利用しやすく、簡易で実効ある再建型の倒産手続として民事再生法が施行され、多くの企業が同法に基づく手続開始の申立てをしている。同法において一定範囲の労働債権は高い優先順位が与えられており、今後、任意整理ではなく民事再生法が積極的に活用されれば労働債権確保の面で変化も期待される。


ロ 法的整理の場合

 法的整理の中で、再建型の手続については、一定範囲の労働債権は手続によらずに随時弁済がなされることとされているので、一定の保護は図られている。しかし、破産手続による場合は、労働債権は手続に拘束され、再建型の手続と比較すると優先順位は低いので、十分な救済がなされないことも多い。
 また、破産手続においては、労働債権は破産財団から破産手続によってのみ弁済を受けることになるため、手続が終結し、配当が行われるまで相当の期間を要することも少なくない。時として1年を超えるケースも少なくなく、この間労働者は全く弁済を受けられないのは酷ということで、実務の上においては、配当を行う前に、労働者に対して貸付を行い、相殺合意書等により将来の配当請求権と相殺することにより、早期に少しでも労働者に現金を渡すなどの工夫が講じられている場合がある。しかしながら、労働債権に優先する財団債権等の弁済の目途が立たない場合は、こうした手だてを講ずることも困難であると考えられる。
 さらに、破産直前に抵当権等の設定契約が締結されることも多く、管財人は破産財団の確保について苦労しているという指摘もある。

第3図 労働債権をとりまく状況と問題点について=略





4 労働債権の保護を図るための方策について


(1) 倒産の場合の法的整理の重要性

 先にみたように、任意整理の多くは早い者勝ちで個別に債権回収がなされるが、特に注意しなければならないのは、こうした処理が中小企業の倒産に多いということである。倒産処理において、早い者勝ちで債権回収がなされると、大きな不利益を被るのは、情報ギャップのためかかる事態への備えをする術もなく、労働債権回収のための知識にも欠ける労働者である。労働債権の保護が最も脅かされているのはこのような状況におかれた労働者ともいえよう。

 したがって、まずは極力法的な手続に沿った倒産処理がなされるよう政策的な誘導やそのための措置を講ずることが重要である。
 本年4月から施行された民事再生法はこれまでの法的整理の手続とは異なり、積極的に活用されつつある。したがって、今後は任意整理をできる限りこのような法的整理にシフトするよう誘導していくことが労働債権の保護を実質的に図る上で重要である。そのためには、民事再生法を含めた法的整理についての情報提供を労使双方に積極的に行うことと、労使双方がいつでも相談を受けられる体制の整備を図ることが必要である。
 また、仮に任意整理が行われる場合であっても、手続というものなしに債権者が早い者勝ちで個別に債権の回収を図るというのではなく、「任意整理の手続」の下での債権回収がなされることが労働債権保護のためにも望ましい。



(2) 一般実体法における労働債権について

イ 一般先取特権に位置づけられる労働債権の範囲の問題

 現行法においては、労働債権は一般先取特権が認められているが、前述のように民法と商法等の間でその範囲に差がある。
 その結果として、商法等の規定が適用されるのは株式会社、有限会社、保険相互会社であり、合名会社、合資会社、社団法人、財団法人、医療法人、NPO法人や個人事業主に勤務する労働者は株式会社等に勤務する労働者に比べ、労働債権の保護の度合いが弱い形となっている。
 このように、企業形態の差により労働債権の保護の度合いが異なることについては公正、公平の見地からして望ましいものではなく、労働債権を他の一般債権と区別して先取特権を付与した考え方からみても、かかる取扱いの差を説明することは困難である。したがって、一般先取特権の労働債権の範囲について民法と商法等との同一化が図られるべきである。


ロ 一般実体法における労働債権の優先順位の引上げの問題

(イ) 労働債権の優先順位の引上げ

 これまでみてきたように、我が国の一般実体法において労働債権は必ずしも十分な保護が与えられているとはいえず、今後の産業構造の変化や国際競争の激化などを考慮すれば、その保護の強化を図る方向で順位の引上げがなされるべきであると考える。本研究会で行ったヒアリングにおいても、倒産実務に携わる弁護士から、労働債権の優先性に関し、対担保権、対租税債権の観点からみて大変不十分であるとの指摘がなされたところであり、ILO173号条約においても、労働債権について、国内法令により、特権を与えられた他の大部分の債権よりも高い順位の特権を与えることとされている。
 しかしながら、労働債権をどの順位まで引き上げるべきかについては様々な議論がある。

 すなわち、まず、労働債権と抵当権等の被担保債権との関係については、労働者は企業の倒産により賃金を失うだけでなく、賃金を得る職場まで失うのに関わらず、投機、投資の場合も含めた商取引のための抵当権等の被担保債権に劣後するのは不合理との指摘がみられる一方、取引の安全性の観点から、抵当権等の被担保債権は安定的な商取引のため公示によりその債権を特に保護するということで多くの国で優先権が付与されているものであり、労働債権についても範囲を限定せずに公示性についての工夫がないままに優先させるということになれば、金融機関は貸付けに慎重になり資金調達を期待している企業にとってマイナスとなると指摘されるとともに、本研究会で行ったヒアリングにおいては、金融機関から、労働債権を優先することについては、範囲の限定に留意すれば検討は可能との指摘がみられたところである。なお、ILO173号条約では、採択までの間に労働債権と抵当権等の被担保債権との優劣の問題も検討されたが、最終的に条文には盛り込まれていない。

 次に、労働債権と租税債権との関係についてみれば、労働債権は労働の対償であって生活費であるにもかかわらず、税金や社会保険料に劣後してしまうのは適当でないという主張がみられる一方、租税は、国家財政の基盤であること、抵当権等の被担保債権のように担保を提供する者に対して選択的に成立させることのできる私債権とは根本的に異なるものであること等を考慮すれば、租税債権は優先権を有すべきであり、現行の法体系を無視した抜本的な改革は困難であるとの主張がある。また、租税債権と私債権との優劣の調整は、私債権間の優先順位を前提とし、抵当権等の被担保債権と租税債権の優劣を同等とした上で行われていることから、労働債権について租税債権との関係においてのみ優劣を論じるのは適当ではなく、私債権に関する一般の優先順位の中に委ねてそれと租税債権との関係を構築することが適当であり、そうしないと労働債権、抵当権等の被担保債権、租税債権の3者間で配当順位が決まらない3すくみになるとの指摘があった。この他、租税債権に優先権が付与されているからこそ、納税者の実情に応じ、納税の猶予等の納税緩和措置の適用等も可能になっているとの指摘もみられた。

 さらに、理論上は、租税債権と抵当権等の被担保債権が同等の優先順位であっても、労働債権をそのいずれにも優先させる、すなわち超優先権を付与することにより、現行の法体系を抜本的に見直さなくても3すくみの状態を回避するということも考えられなくはないが、この場合、全てに優先して労働債権が弁済されるということから公示の原則に抵触する部分が大きく、個々の財産の上に成立する特別の優先権にも優先することになるため、やり方によっては経済活動全体に重大な影響を与えかねないという問題指摘がある。このため、超優先権を付与しているのはフランスを中心としたごく一部の国であり、保護する労働債権の範囲も限定的という特徴がある。

 このように、労働債権をどの順位まで引き上げるべきかについては各種債権の性格、3すくみの問題、範囲の限定の問題、公示の原則との関係等なお検討を深めるべき様々な論点があり、ここでは結論を出すには至らなかった。特に私債権間において抵当権等の被担保債権よりも引き上げること、及びその上で公租公課よりも引き上げることについては、広範な観点からの議論が必要である。


(ロ) 労働債権の優先順位の引上げを行う場合の範囲

 労働債権の優先順位の引上げを行う場合、その全てについて優先順位を高めることについては、他の債権者との関係からみて、問題が生じかねない。
 そもそも倒産という事態にあって、全ての債権者が満足すべき債権回収がおよそ不可能という状況下において、債権者平等の原則の例外として労働債権の保護は必要であっても、債権者間のバランスを考慮することが求められると考えられるからである。
 労働債権に高い順位を付与している諸外国においても優先する範囲を労働債権の一定の範囲に限っていることや、ILO173号条約においても他の債権よりも優先的扱いとする賃金債権の範囲は3か月以上の所定の期間となっているように、同じく範囲に限定をかけていることも参考となろう。


(ハ) 労働債権の優先順位を引き上げる方法等の検討

 現行一般実体法においては、私債権の優先順位は不動産保存・工事等の先取特権、抵当権等の被担保債権、一般先取特権たる労働債権の順となっており、私債権と公債権たる公租公課との優先順位の調整は、この私債権間の優先順位を前提とし、抵当権等の被担保債権と公租公課とを同等の優先順位とした上で図られている。こうした現行の法体系、秩序を前提とする限り、労働債権の順位を引き上げ、または実質的に保護を強化する方法は限られてくるが、以下、労働債権の優先順位を引き上げる場合等の方法の比較検討を行うこととする。


a 特別の規定を設ける方法

 現行法体系の中でも特別の規定を設けた結果、私債権や公債権の調整の中で特別の位置づけがなされている例がある。

 その例としては、「立木の先取特権に関する法律」に基づく「立木の先取特権」や商法第842条に基づく船舶債権者の先取特権などが挙げられる。
すなわち、「立木」は、借地林業において樹木伐採の時期に地代を支払うという後払地代の約定がなされることがあるが、その徴収困難を避けるため、「立木の先取特権に関する法律」第1項に基づき地主はその地代についてその立木の上に先取特権を有するものとされている。この先取特権は、共益費用の先取特権を除く他の権利に対して優先の効力を有することとされ、一般実体法において不動産保存の先取特権などと並ぶ位置に置かれ、抵当権等の被担保債権や公租公課よりも高い優先順位が与えられている(同法第2項、国税徴収法第19条)。

 また、商法第842条に基づく船舶債権者の先取特権は、船舶、属具及び未収の運送賃の上に当該債権は存することとされている。

 その範囲としては、船舶及びその属具の競売に関する費用等のいわば共益費用的なものと並んで、「雇傭契約によって生じた船長その他の船員の債権」が含まれている。これらについては、商法第845条の「船舶債権者の先取特権と他の先取特権と競合する場合においては船舶債権者の先取特権は他の先取特権に先つ」の規定に基づき、一般実体法において、抵当権等の被担保債権や公租公課よりも高い優先順位を与えられており、他の労働者の労働債権が一般先取特権にとどまっているのと比べ、船舶の特殊性、歴史的経過などもあって船員の労働債権は相当程度優遇された扱いとなっている。さらに、船舶先取特権は特別の先取特権であることから、別除権として破産法の手続等において随時弁済を受けられるものとなっている。

 この他、土地改良法に基づく徴収金、土地区画整理法に基づく清算金、自動車損害賠償保障法に基づく賦課金等も、公的な性格を有する債権ではあるが、特別法により、社会保険料と同じ順位が付与されている。



b 民法第324条を拡充する方法

 前述のように、労働債権については、民法第308条に基づく一般の先取特権の他に民法第324条で、「農工業の労役から生じた債権」を特別の先取特権として位置づけている。同法による労働債権は債権者の労役によって生じた果実又は製作物の上に存することとされており、動産の先取特権として認められているものである。また、被担保債権の範囲は農業については最後の1年間、工業については最後の3か月の賃金とされている。

 特別の先取特権は一般の先取特権に優先し(民法第329条第2項)、同一の動産に対して競合するときは「不動産の賃貸借」「旅店の宿泊」「旅客又は荷物の運輸」と動産質権は同順位とされていることから(民法第334条)、仮に「農工業の労役から生じた債権」をこれらと同順位に置くこととなれば、法定納期限等前からある先取特権については、法定納期限等後に登記された私債権や公租公課にも優先することになる。

 また、特別の先取特権は別除権となっており、破産法の手続において随時弁済も受けられることとされているという利点がある。
 
 この規定は目下のところ、農業と工業の労働者についてのみのものであって、昨今のサービス経済化に必ずしも即した規定にはなっていない一方で、民法第324条にいう労役者は同法第308条とは異なり、他人の経営する農工業のために労務を提供する者であり、雇用契約か請負契約かを問わず、さらには継続的契約関係にあるものに限らない規定とされていることから、近年増加傾向にある在宅就業という新たな就業形態にも適合し得る面を有している。

 したがって、現行の規定を拡充し、サービス経済化へ対応するべく適用する範囲を拡大し、あわせて動産の先取特権の中の順位の引上げを行うことが可能であれば、労働債権の保護が強化されることになる。

 しかし、そもそも動産の先取特権は債務者の特定の財産の上に存する先取特権であり、いずれもその動産との間に牽連関係があって、その動産について優先弁済をさせる特別の理由があるものとされている。このことから、この方法については、まず、適用の拡大に関しては「動産の先取特権」に求められる債務者の特定の財産を労働者の労働との関連でいかに限定するかという「特定性」が問題となる。したがって、対象の拡大をする場合においても「特定性」から範囲を限定せざるを得ないことが想定される。

 例えば、対事業所サービス業でコンピューターのソフト開発等の作業に従事した労働者が当該ソフトの上に動産の先取特権を与えられるというのは想定され得るし、トラック運送業において、トラック運転手がトラックの上に先取特権を与えられるということは考えられ得るが、例えば、事務職場において働く労働者について、その労役と目的物に牽連関係を考えることは困難と考えられる。なお、前述の船舶であれば事務的作業に従事している船員についても船舶、属具及び未収の運送賃の上に特別の先取特権を有していること、外国の立法例において「労働者が労務を行った事業所の一部をなす又は労働者が属する事業所によって使用される商品、原料及び設備」の上に特別の先取特権が付与されている例がある。しかし、この一般化については、他の論点ともあわせなお慎重な検討が必要である。

 次に、特別の先取特権の中での優先順位の見直しについての問題を取り上げると、現行民法上、動産質権と同順位とされている不動産賃貸等の先取特権はいずれも「意思の推測に基づくもの」とされており、農工業の労役に基づく先取特権とは性格を異にしていることがあげられる。しかし、債権の優先順位を定めるに当たって、一方で公平の原則が重視されていることからみて、また、既に果実については農業の労役者は動産質権と同順位にあること(民法第330条第3項、第334条)からみて、社会政策的配慮に加え、公平の原則からも特別の位置づけを付与されている「農工業の労役」全体について特別の取扱いができないかどうか検討する必要がある。

 最後に、動産の先取特権の行使における問題を指摘しておく必要があろう。現在民法上の規定はありながら工業の労働者についてこの規定による債権回収がなされる例はあまりないとされているが、これは、動産について先取特権を行使しようとする場合、予め動産の占有を取得しておくか、または使用者から差押えの承諾の文書を取っておかなければ先取特権に基づく競売の申立てはできず、優先弁済も受けられないからである。なお、この問題への対応として、物上代位の仕組みを用いて製品の販売による代金を債権化し、これを差し押さえることを認める方法も考えられる。


c 登記に着目する方法

 一般先取特権も登記されたものについては一般実体法上、抵当権等の被担保債権と同列に置かれ、租税債権との関係についても、登記と法定納期限等との先後により優先関係が決まる。そこで、一般実体法を改めないで労働債権を登記することにより、実質的に保護を強化する方法について検討する。

 労働債権は一人一人の労働者を債権者として成立し、これを担保する先取特権は、労働債権が成立したのに附従して一人一人の労働者を権利者として別々に成立するものである。先取特権の登記は労働債権以外について、例えば、不動産工事の先取特権については実例もあり、かつ、不動産登記法に特則も設けられているが、労働債権の先取特権の登記は法律上公示は予定されているものの(民法第336条、不動産登記法第115条、不動産登記記載例216)、実例は皆無に等しい。その理由として、登記は個別の労働者一人一人について労働者自身が登記しなければならない上に、労働者は一般的に労働債権を登記しなければならないような状況にあるかどうかを把握できないという事情の他、下記のような問題があることによる。

<1> 労働債権の先取特権を公示する方法としては現在のところ、不動産についてしか認められていないこと(公示方法の制約)

<2> 担保の対象となるべき財産が複数であったり、それぞれが入れ替わる場合、それぞれについて一つずつ登記しなければならず、入れ替わればその都度登記をやり直す必要があること(目的物の流動性への対応)

<3> 定期賃金に係る労働債権は労務の提供を債権発生原因として月々発生しているが、その被担保債権の公示をその都度書き換えなければならないこと(被担保債権の流動性への対応)

<4> 労働者の数ごとに一つずつの労働債権及び一つずつの先取特権が成立するが、現行法では複数の労働者のための先取特権を一つの登記で公示することは認められていないこと(主体の複数性・流動性への対応)

<5> 労働債権の先取特権は未払賃金の発生後に初めて成立するものであることから、成立した際には既に租税債権の法定納期限等が到来していたり、抵当権等の登記が設定されていたりすることにより、実際の場面では登記を必要とし、また可能となった時点では既に債権回収が難しい状況になっていることが多く、仮に債務者企業の倒産直前に登記がなされた場合においては対抗要件否認(破産法第72条等)を受ける可能性も考えられること(附従性への対応)


 以上のように、多くの問題を克服しなければ労働債権を一般先取特権として登記することは困難であり、特に<5>が致命的であることから、現行の法制度の下では労働債権を登記する場合には先取特権ではなく、<3>及び<5>の課題に対応する仕組みとして一般に認められている根抵当権によるしかないと考えられる。根抵当権者は一定の範囲に属する不特定の債権を担保するものとして認められているものであるが、約定担保であるため設定に使用者の同意を得る必要があるという点で先取特権よりも要件がきつくなるという問題がある。また、労働者が入れ替わる度に根抵当権者の登記をし直さなければならないという問題も残る。企業の協力が得られれば労働債権を登記することも可能であるが、かなりの事務的手間を要することになり、一般の労働債権については法的要請もない中で、企業が手間をかけてその保護のため登記を行うことは実際上あまり多くは期待し得ない。

 このように、労働債権の登記については手続上、様々な障害がある。しかし、翻って企業の商取引の登記方法についてみれば、近時の債権流動化の中で債権譲渡の第三者対抗要件を具備する簡素な方法として「債権譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律」が制定されたり、担保付社債信託法に基づく仕組みにより商取引においては<4>の課題が克服されているなど、その実態にあった使いやすい制度の整備がなされてきている。したがって、このような状況からみれば、労働債権についても、その実態にあった登記方法又は公示方法が用意されれば現行一般実体法の枠内
で労働債権の実質的保護の強化につながると考えられる。例えば、担保付社債信託法のように特別の法制度を設けて、被担保債権の入れ替わりに対応でき、債権発生前に物上担保権が成立し得ることとし、かつ労働組合等を権利者として登記することが可能となれば、労働者の側からみれば使い勝手の良い方法が提供されることになる。EBRD(欧州復興銀行)が東欧支援のための担保制度のモデルとして担保権者が複数いる場合、複数の担保権者を束ねる者として charge manager という概念を認め事務効率を高めようとしていることなども参考となろう。

 ただし、担保付社債信託法に類する制度を検討する場合において、

<1> 社債と異なり労働債権は被担保債権が変動する点、

<2> 受託者として労働組合を想定する場合、権利能力なき社団を権利者とする登記は認められないことから、法人格を有する労働組合に限定される等労働組合を受託者とすることが適当かどうか、

<3> 賃金直接払の原則上、賃金の受領について代理、委任は無効とされていること等に留意することが必要となる。

 なお、労働債権について新たな登記又は公示ということを考える場合、他の債権者からみて重要なのは金額や優先的な効力が発揮されるケースやその際のルールが明確になっていることであって、当該企業で雇用されている人数や氏名はあまり重要でないという点も指摘されたところである。
 この他、労働債権の登記又は公示という方法を推進する場合においては、こうした行為がなされることがかえって企業の信用に疑念を招くことがないよう、労働債権を保全するために登記等を行うことは望ましいものであることを周知広報するなどの対応も必要と考えられる。


 以上、労働債権の保護を実質的に強化する観点から3つの方法を提起した。このうち、aの「特別の規定を設ける方法」については一定の限られた範囲の労働債権について、例えば、登記された先取特権と同一の効力を有するとの規定を設けることにより現行法の体系・秩序を保持したままで高い順位に位置づけるという方法が考えられるところである。

 また、aの「特別の規定を設ける方法」とbの「民法第324条を拡充する方法」の双方の観点から示唆を得るのであれば、船舶先取特権の例もあることから、労働者が働き、企業の財産価値を創造している事業所に着目し、事業所内の動産については労働者の存在によりその価値が高まりかつ維持されているとの考えの下に、特別の規定を設けることにより、流動動産譲渡担保類似の担保手段を労働債権に適用し、事業所内の商品や備品の上に一定範囲の労働債権について法定担保権を付与するということも考えられ得るところである。

 さらに、cの「登記に着目する方法」については、前述したように、被担保債権の入れ替わりに対応でき、附従性が緩和され、さらに労働組合等が多数の労働者の委任を受けて債権者として登記できるような制度を創設することも考えられる。

 いずれにしても、これら3つの方法についてはなお検討されるべき問題があり、更なる検討が望まれる。



(3) 倒産実体法における労働債権の優先順位について

 本研究会は、主として一般実体法における労働債権の問題を検討事項としており、倒産実体法における労働債権の問題は直接の検討事項ではないが、労働債権の保護の実態の検討の過程で、清算型の倒産処理の場合において労働債権の保護の度合いが特に不十分であることがヒアリング等を通じても指摘された。

 すなわち、前述のように、会社更生法においては手続開始前6か月間の賃金や、退職金については退職前6か月の給料相当額か全体の3分の1のいずれか多い額等が共益債権として取り扱われているが、破産法において労働債権は優先的破産債権であって取戻権、相殺権、別除権、財団債権に劣後しており、未払賃金の支払に困難を来しているということがある。また、会社更生手続において共益債権とされた労働債権については、破産手続に移行すると財団債権となる等、適用する制度により優先順位が大きく変わるのは公平でないこと等の問題もあることから、破産手続において労働債権の一部を財団債権化できないかとの意見があった。なお、本研究会で行ったヒアリングにおいて、弁護士から破産手続において未払賃金を管財人の破産財団に関する行為により発生した債権として支払う工夫をしているという報告があった他、労働債権の額は一般債権額に比べてかなり小さいのが通常であるので、財団債権に一定範囲の労働債権が加わっても大きな影響はなく、抵抗感は強くないとの指摘もみられた。また、財団債権化とは別に随時弁済が可能となるような措置を取るのも財団債権が不足する状態でなければ労働者の救済になり得るとの指摘もみられたところである。

 以上の他、現在、破産法において破産手続に労働者の関与の規定は設けられていないが、民事再生法等においても認められていることもあり、例えば、労働組合等に対する債権者集会の通知等一定の関与を認めるべきとの指摘があった。例えば、工場の占拠等(結果として工場の財産価値の保持につながるケースもあるが)時として労働組合が強硬な対応をとることがみられたのも、労働債権の法的立場が弱く置き去りにされるのではとの懸念があることが背景にあり、倒産処理を円滑に進めるためには労働者の債権者としての立場を法的処理の中にきちんと位置づけた方が望ましいという考えによるものである。




5 その他

(1) 一般先取特権の活用

 現行制度において、労働債権に認められている一般先取特権をより積極的に活用することも実質面において重要である。先取特権は債務者の総財産あるいは特定の動産・不動産から優先弁済を受けることができる担保物権であり、担保権の実行として差押えをして、他の一般債権者よりも優先的に企業の財産から回収することができる。

 しかしながら、労働債権について一般先取特権が認められていることや、一般先取特権を活用するための手続方法等については、現状においては必ずしも労使の認識が十分ではないと言われている。

 労働債権の一般先取特権に基づく差押えについては、かつては、手続上求められる証明書類(「担保権の存在を証明する文書」)が、労働者にとって入手困難であると言われてきた。例えば、雇用と未払賃金があることの証明について、会社の印鑑証明付きの実印が押印された証明書が必要とされたが、これについては事業主の所在が不明な場合等にあっては取りそろえるのが難しい。しかしながら、最近は印鑑証明付き実印押印がなくても差押申立が受理されるなど、その証明基準が緩くなってきているという指摘もあり、今後は、労働債権を迅速かつ簡易に確保するための手段として、この一般先取特権の積極的な活用も考慮されて良いと考える。

 労働者が労働債権を確保するためには、一般先取特権の活用の他にも、支払督促、民事調停などといった、訴訟を経ない形での紛争解決手段があるが、一般的に労働者は、こうした手段を知らないことが多いものと思料される。未払の労働債権問題について都道府県労働局、労働基準監督署が相談・指導に当たるのはもちろんであるが、やむを得ず強制執行、民事訴訟といった手続に訴えなければならない場合も、手続を進めるに当たり相談できるような体制があれば労働者にとって有力な支援となろう。

 特に、これらの権利行使には、企業倒産の確率が一般的には高いといわれる中小企業で働く労働者が単独で行うのは難しいことから、一般先取特権の活用をはじめとした労働債権確保のための諸手段に関して、弁護士等の専門家の情報・ノウハウの活用や、相談援助により、労働債権の確保を推進していく体制を整備していく必要がある。この関係で、本年10月から資力に乏しい人々を対象とする専門家による法律相談や裁判代理費用の援助のための制度が民事法律扶助法の施行により拡充強化されたが、これとあわせて、従来財団法人法律扶助協会の各支部に出向かなければ利用できなかった法律相談が近くの登録事務所でも受けられるようになった。法律相談は地方公共団体を含め様々なところで行われているが、そうした窓口の連携強化も含め効率的、効果的な支援体制が整えられることが望ましい。また、労働相談の面においても、裁判所等の関係諸機関の紹介など、従来より一歩踏み込んだ形での支援が望まれるところである。

 さらに、現行の制度の他にも、未払賃金を抱えた資力に乏しい労働者を支援するための法的簡易補助制度や、民事訴訟法に基づく少額訴訟制度(一回の期日で直ちに判決が受けられる簡易な訴訟手続)のような、労働債権確保のための簡易訴訟制度を創設することも有効との指摘がある。



(2) 未然防止の強化等


 賃金未払については労働基準法上罰則が科せられ、また遅延の場合には遅延利息(退職労働者の場合は年14.6%の利率)が付されるものであり、重大な違反事案であるにもかかわらず未払事案は後を絶たない。1999年には労働基準監督署の指導により約1万件の未払事案が解決しているが、事業主において賃金未払についての認識が甘いという問題が存在している。

 したがって、賃金支払に係る監督指導を引き続き積極的に行うことが必要であり、あわせて、既に事業主に努力義務規定が課せられている退職金の保全措置についての指導も積極的に行うことにより、賃金未払に係る未然防止の強化に努めることが必要である。また、企業倒産により実際に賃金未払が生じ、民事上の手続では労働債権の保護を図ることができない場合には、未払賃金立替払事業を活用することによって、労働者の救済を図ることも重要である。







労働債権の保護に関する研究会 参集者

                        (五十音順、敬称略)


   安西 愈    弁護士
   品川 芳宣   筑波大学教授
   野村 秀敏   成城大学法学部教授
   山川 隆一   筑波大学社会科学系教授
   山口 浩一郎  上智大学法学部教授 《座長》
   山野目 章夫  早稲田大学法学部教授


  〈オブザーバー〉

   法務省民事局民法担当参事官
   大蔵省主税局税制第三課長