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[資料番号] 00125
[題  名] 企業組織再編に伴う労働関係上の諸問題に関する研究会報告(H14.8.22)
[区  分] その他

[内  容]

企業組織再編に伴う労働関係上の諸問題に関する研究会報告取りまとめ
(厚生労働省設置の研究会−平成14年8月22日)
結論概要

―営業譲渡の際の労働契約関係の承継について、法的措置を講ずることは適当ではない

・解雇規制に関して判例による権利濫用法理でしか対応がなされていない中で、営業譲渡に伴う労働契約の承継のルールのみを法律で定めることはバランスを失する

− 指針を策定し、その周知を図る



【資料のワンポイント解説】

1.平成13年4月会社分割制度が創設され併せて労働契約承継法によって、会社分割に伴う労働契約に関しては一定の労働者保護措置が講じられた。一方、営業譲渡や合併に伴う労働契約の承継についてはその対象となっていない。本研究会は法案成立の際付帯決議に基づき立法措置を含めて検討する目的で設置されていたもの。

2.本研究会の結論、「立法措置を講ずることは適当でない」とする理由(=解雇規制に関して判例による権利濫用法理でしか対応がなされていない中で、営業譲渡に伴う労働契約の承継のルールのみを法律で定めることはバランスを失する)には、いささか首をかしげざるを得ない。
  研究会報告は、ガイドラインにより対応するとしたが、そもそもガイドラインが有効なのは、一定の交渉力を前提としたときであろう。(組織された労働組合がある場合ですら??)であるから、交渉力を持たない労働者にとってガイドラインは実質的な意義を持たないだろう。これが立法措置を根本において相違する点である。

3.本研究会のメンバーは、末尾掲載のとおり。


■研究会報告の概要
■研究会報告(全文)
■研究会メンバー(参集者)


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企業組織再編に伴う労働関係上の諸問題に関する研究会報告の概要


I 企業組織再編時における労働関係上の問題点及び対応

1 営業譲渡

(1) 労働契約の承継について

 ・営業譲渡の法的性格、その経済的意義、我が国の雇用慣行、営業譲渡やそれに類する事業・施設の譲渡の多様性を考慮すれば、一律なルール設定は困難である。

 ・解雇規制に関して判例による権利濫用法理でしか対応がなされていない中で、営業譲渡に伴う労働契約の承継のルールのみを法律で定めることはバランスを失する面がある。

 ・これらのことを総合的に勘案すれば、営業譲渡の際の労働契約関係の承継について、法的措置を講ずることは適当ではなく、労働契約の承継に関して生じている問題については、(2)で述べる対応により解決を図るべきである。



(2) 労働契約の承継に伴い考慮すべき事項

 ア 通常の営業の一部譲渡の場合

  ・譲渡会社が、譲渡部門の労働者から同意を得ずに転籍させようとすることによる紛争が生じることがないよう、譲渡会社は転籍について同意を得なければならないことについて周知する必要がある。

  ・営業譲渡に伴う転籍拒否だけでは解雇の理由とはならず、この場合に、譲渡会社は当該労働者を他の部門に配置転換するなどの対応をしなければならない旨の考え方を明確に示して、企業に周知を図るべきである。

 イ 営業の一部譲渡のうち、不採算部門の譲渡などで承継されない労働者がいるために問題が生じている場合

   譲渡部門の労働者の一部が譲受会社に承継されない場合に、譲渡会社は承継されない労働者について配置転換など雇用の継続に最大限努力を払う必要があること、営業譲渡に伴う場合の解雇についても整理解雇に関する法理の適用があること、それまで働いていた部門が譲渡されたことだけでは解雇の正当な理由とはならないことなどを使用者に周知すべきである。

 ウ 倒産法制の活用を含め、譲渡会社が経営破綻している場合

   企業再生等に向けて、営業の一部譲渡または全部譲渡が活用されている場合における労働者の雇用や労働条件については、会社更生法等に基づく手続等において、労働組合等に適切な関与の機会が与えられ、管財人等が労働関係法を遵守し、裁判所が手続の過程で雇用等に適切な考慮をすることによって対応されるべきである。

 エ 新会社を設立し、営業を全部譲渡する場合

   譲渡会社及び譲受会社間の同一性がある場合で、その法人格が形骸化しているとき、あるいは、解雇法理や不当労働行為制度の適用を回避するために法人格が濫用されたものと認められる場合には、法人格否認の法理を用いて、両者間における雇用関係の存続が認められていること、労働者の承継に関して、不当労働行為に当たるような行為をすることは許されず、また解雇に関する法理を潜脱することもあってはならないことについての考え方を明確に示し、使用者に周知すべきである。

 オ 既存の会社に、営業を全部譲渡する場合

   営業の全部譲渡をする場合、譲受会社との間での労働者の受け入れ、譲受会社に承継されない労働者の再就職等について、譲渡会社の積極的な努力を奨励すべきである。

 カ  承継対象労働者の選定について 承継対象となる労働者の選定基準について、譲渡会社との間で適切に協議されることが必要である。また、具体的な人選に当たって、不当労働行為等に該当するような、法律に違反するような取扱いが行われることがないよう、譲渡会社及び譲受会社に対して周知を図る必要がある。


(3)  労働契約承継に伴う労働条件の変更

 労働条件の変更を巡る紛争が生じないよう、譲受会社において労働条件が変更されるのであれば、譲渡会社は、労働契約の承継に関する同意を得る際に、労働条件の変更を含めて、労働者の同意を得る必要があり、譲渡会社及び譲受会社が適切な対応を行うよう、これらの考え方を周知する必要がある。

(4)  労働組合、労働者との協議
 
 ア 労働組合

   営業譲渡が労働者の理解を得て円滑に行われるために、譲渡会社において適切な対応が行われるよう、労使協議の在り方について、労働契約承継法に基づく指針に示されている会社分割の際の労働者代表との協議に準じたものを示して、周知を図るべきである。 また、営業譲渡に伴う労働契約の承継、労働条件等に関しては、労働組合法上の団体交渉事項に該当するものであり、譲渡会社は労働組合と誠実に団体交渉をしなければならない。

 イ 労働者

   営業譲渡に伴って譲受会社に転籍させる場合には、該当労働者の個別同意を得る必要があり、譲渡会社において、この手続が適切に行われるよう、個別同意を求める際における労働者への情報提供等について、適切な対応の在り方を示す必要がある。
2 合併

  ・すべての権利義務が包括的に承継される合併の場合、労働契約や労働協約の承継について、基本的には法的な問題はない。
  ・労働条件の取扱いについて、労働契約承継法の指針における労働条件等に関する事項の記述を参考に、周知することが適当である。
  ・労働組合や労働者に対して、新会社の概要などに関する十分な情報が提供される必要があり、営業譲渡の場合に準じて、情報提供や労使協議の在り方を示すべきである。



3  会社分割

 平成13年4月1日より労働契約承継法等が施行され、一定の労働者保護が図られているところである。現時点では施行後間もないこともあり、特段の問題が生じていないものと思われ、今後とも周知啓発が十分に図られることが必要である。今後の状況を見つつ、必要に応じて検討することが適当である。


III 結論

 ・企業組織再編に伴う労働関係上の諸問題について、営業譲渡時における労働契約の承継の問題を中心に、現状把握を踏まえた検討を行ったが、特段の立法措置が必要であるとの結論には至らなかった。
 ・しかしながら、我が国において、企業組織再編が活発に行われることが想定されるところであり、円滑に企業組織再編が行われるためには、企業が判例法理を含めた現行の法的枠組みを踏まえ、労働関係に配慮しつつ対応するとともに、労使間で十分な情報提供、協議が行われることが必要である。
 ・このため、上記で指摘した事項を中心に、企業組織再編に当たって、企業が講ずべき措置、配慮すべき事項等に関する指針を策定し、その周知を図ることが必要である。


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企業組織再編に伴う労働関係上の諸問題に関する研究会報告

I  はじめに

 第147回国会における商法等の一部改正により会社分割制度が創設されたことに併せて、会社の分割に伴う労働契約の承継等に関する法律(以下「労働契約承継法」という。)が制定され、同法及びそれに基づく指針により、会社の分割に伴う労働契約の承継等を含めた労働者の保護に関する所要の措置が講じられた。
 この労働契約承継法の国会審議においては、会社分割制度以外の企業組織再編、特に営業譲渡の際に労働契約の承継に係る特段の措置が講じられていないことについて労働者の保護に欠けるとの指摘がなされ、また、労働契約承継法案の衆・参両議院の委員会採決の際に、「合併・営業譲渡をはじめ企業組織の再編に伴う労働者の保護に関する諸問題については、学識経験者を中心とする検討の場を設け、速やかに結論を得た後、立法上の措置を含めその対応の在り方について十分に検討を深めること。」との附帯決議がなされた。
 このような状況を受けて、本研究会は、厚生労働省政策統括官(労働)の委嘱により、平成13年2月以来、企業組織の再編に伴う労働関係上の諸問題について、特に営業譲渡を中心に、立法上の措置の要否を含めて、専門的見地から調査研究を行ってきた。
 本研究会では、約1年半の間全14回にわたり、企業組織再編に伴う労働関係上の諸問題について、労使団体からのヒアリング、営業譲渡当事者からのヒアリング、海外調査等を重ねるなど実態の把握に努めるとともに、学説、判例等の検討を行い、このたび、企業組織の再編に伴う労働関係上の諸問題に関する専門的な検討結果を取りまとめた。


II 企業組織再編の現状

1 企業組織再編をめぐる法制度の改正

(1)  商法等の改正

 企業の国際的な競争が激化した現代の社会情勢の下で、企業がその経営の効率性を高め、企業統治の実効性を確保するべく、組織の再編成が柔軟にできるようにするため、近年、我が国においても、商法改正等企業組織再編のための一連の法制度の整備が行われてきた。
 平成9年には、独占禁止法改正により、いわゆる純粋持株会社が解禁された。さらに、同年の商法改正により、合併に関する法制の見直しが行われ、債権者保護手続を合理化するとともに、簡易な合併手続きの制度が創設された。
 平成11年には、持株会社の設立を容易にするための制度として、株式交換及び株式移転制度の導入を内容とする商法改正が行われ、これにより、既存会社が他の既存会社の発行済株式と自社の株式とを交換して、後者を完全子会社としたり(株式交換)、あるいは既存会社が完全親会社を新設して持株会社とし自らを完全子会社とすること(株式移転)が容易になった。
 また、企業がいわゆる分社を行う場合、従来は営業譲渡又は営業の現物出資等により行われていたが、この場合、営業の承継に伴う債務の移転について債権者の個別の同意を得なければならない等手続が煩瑣であったため、こうした分社化を円滑に行うことができるようにすることを目的に、平成12年の商法改正により会社分割制度が創設された。これによって、株主総会等による分割計画書等の承認及びそれに付随する手続によって営業を他の会社に承継させることが可能となり、迅速な対応が可能になった。


(2)  企業組織再編を支援する制度

 我が国の企業の成長分野の創出を支援するとともに、企業に経営資源の効率的な活用を通じた生産性の向上を促進するための法律として、平成11年8月に、産業活力再生特別措置法が成立した。この法律には、認定された事業再構築計画に基づく営業譲渡等の手続に関して、商法上の手続の簡素化及び税制面・金融面での優遇措置に係る規定が盛り込まれている。
 また、税制面については、合併、現物出資などの既存の組織再編税制について、戦略的な企業組織再編を促進する観点から、企業組織再編税制の導入を内容とする法人税法の一部改正法が行われ、平成13年4月より施行されている。この制度により、合併、会社分割等に際して従来課税されていた資産の移転、株式の譲渡等が、一定の要件を満たすこと(適格組織再編成)により非課税で行うことができるようになった。


2  我が国における企業組織再編の状況

 近年、企業間における国際的競争の激化に対応すべく、企業において競争力を強化するための経営効率性の向上が求められてきていることを背景に、我が国においても、企業組織再編が活発に行われるようになっている。


(1)  企業組織再編の件数

 公正取引委員会は、独占禁止法に基づく届出を受理した件数等についてまとめた「独占禁止法第4章関係届出等の動向について」を毎年度発表している。これによれば、合併の件数は、平成元年度の1,450件から平成9年度には2,174件と増加している。また、営業譲受けの件数は、平成元年度の988件から平成9年度には過去最高の1,546件まで増加している。 (注)  平成10年度に、独占禁止法第4章関係の届出・報告の対象範囲に係る法改正が行われ(平成11年1月1日)、届出対象範囲が資産規模等により大幅に縮減されたため、それ以降は、公正取引委員会の発表件数は、企業組織再編の全体の状況を表さなくなった。
 平成9年以降の企業組織再編の状況について、株式会社レコフ(M&A仲介業者)が組織再編を行う企業の報道発表等を中心に独自に把握した件数の統計でみると、合併については、平成9年の357件から平成13年には662件、営業譲渡については、平成9年の188件から平成13年には623件と、いずれも大幅に増加している。
 また、平成13年4月より施行されている会社分割制度については、東京商工リサーチによると、施行後1年間に会社分割公告を官報に掲載した分割会社は、538社となっている。


(2)  企業組織再編の特徴

 (1)  企業組織再編を行った企業の規模
 
  公正取引委員会の統計によれば、合併・営業譲受け等の行為後における総資産額別の動向については、合併後の存続会社若しくは営業譲受け等の行為後の譲受け等会社の総資産額について、総資産額1,000億円以上が合併で約2%、営業譲受け等で約7%である一方、10億円未満及び10億円以上50億円未満を併せたものがいずれも約70%強となっている。
 また、東京商工リサーチの調査によれば、会社分割公告を官報に掲載した分割会社の規模については、資本金100億円以上が1割強を占める一方で、資本金1億円未満が約45%となっており、中小企業においても会社分割制度の活用が図られていることが窺える。


 (2)  企業組織再編を行った企業の業種
 
  公正取引委員会の統計によれば、合併、営業譲受けのいずれも卸・小売業の占める割合が3割前後と高く、製造業、サービス業が続いている。
 また、東京商工リサーチの調査によれば、会社分割公告を官報に掲載した分割会社の業種としては、製造業がもっとも多いが、サービス業、建設業、卸売業、小売業、不動産業等多様な業種で会社分割制度が活用されている。


 (3)  企業組織再編の背景と今後の動向

 本研究会では、企業組織再編を行うに当たっての企業の意識や市場の評価、さらにはこれらを踏まえた今後の動向を把握するために、シンクタンクの研究員から「企業組織再編の動向と今後のグループ戦略」として説明を受けた。
 この説明によって、企業組織再編としては、これまでの不採算部門の整理統合や不良資産の移管、重複事業の整理統合などの従来型のリストラだけではなく、連結財務諸表制度の導入による情報開示の強化や組織再編に関する商法改正を背景にした、企業グループ価値最大化を企図する組織戦略として行われる形態が増加してきており、今後ますます、そのような積極的な企業組織再編が増加するであろうという点について、認識を共通のものとした。


III 企業組織再編に伴う労働関係上の実態

1  国内の現状について

 本研究会では、国内における営業譲渡を中心とした企業組織再編の際の労働関係の取扱い状況や問題点を把握するため、営業譲渡の当事者である企業若しくは労働組合等から、数回にわたりヒアリングを実施した。また、これに併行して日本労働研究機構において実施された、営業譲渡を中心とした企業組織再編に係るヒアリング調査及びアンケート調査(以下「JIL実態調査」という。)の調査結果について、報告を受けた。これらの結果によれば、現在における企業組織再編に係る労働関係の実態は次のとおりである。


(1) 営業譲渡

 @  目的

 営業譲渡が行われているのは、譲渡会社が中核事業に特化するため、当該企業において非中核事業として位置づけられる営業部門を他企業に譲渡するケース、企業グループ内で独立採算性をとることにより合理化、コスト低減を図るため、あるいは、事業環境への迅速な対応を図るため、企業グループ内での組織再編の一環として行うケースなどが多い。また、倒産法制を活用する場合も含め、実際に経営難に陥り自主再建を断念して、営業譲渡するケースもみられた。


 A  労働契約等の取扱い

 営業譲渡が行われる場合、譲渡される事業部門に在籍する労働者の雇用及びそれに伴う労働条件等の取扱いについては、以下のような状況にある。

  1) 労働者の雇用

   譲渡会社が、経営破綻等に直面している等の特別の事情がない場合において、譲渡時における労働者の雇用の取扱いとして最も多くみられたのが、譲渡部門に在籍する労働者のうち希望する者すべてを譲受会社が引き継ぐケースである。これは、対象労働者の雇用確保に対する譲渡会社の努力や、対象労働者すべてを承継しなければ営業として成り立たないという譲受会社の認識等に基づくものであるといえる。
   また、譲受会社の意向により、譲渡部門に在籍する労働者の受入れについて、人数を制限したケースがある。こうしたケースにおいては、譲受会社に受け入れられなかった労働者については、譲渡会社内において他部門への配置転換を行うことによって、雇用の確保が図られている。
   一方、倒産法制の活用をした場合など、譲渡会社自体の経営破綻に伴う営業譲渡事例においては、結果的に営業譲渡時における労働者の雇用が守られないケースも生じている。これは、譲渡会社自体が存続しなくなる場合、営業譲渡部門に従事している労働者が当該部門に必要な労働者数より過剰であるとして譲受会社が対象労働者全員を受け入れず、譲渡会社でも経営問題が生じていて配置転換等による対応ができない場合等である。さらに、こうしたケースの中には、譲渡会社の使用者に労働者保護に対する意識が希薄で対象労働者の雇用が守られないものもごく一部にみられた。


  2) 転籍した労働者の労働条件等の取扱い

   営業譲渡前後における、転籍した労働者の労働条件等の取扱いの変化をみると以下のとおりである。

  a  賃金

   営業譲渡時における、転籍した労働者の賃金の取扱いについては、
   @) 譲渡会社における制度をそのまま適用
   A) 一定期間譲渡会社における制度を適用後、譲受会社の制度に移行
   B) 譲受会社における制度を適用等
   様々な形態がみられた。A)やB)の場合、営業譲渡前後で該当労働者の賃金水準について、企業側は「同一の賃金額を維持した」あるいは「賃金額は低下したが、一定期間は差額の全部又は一部が補填された」とする回答が多い一方で、労働組合側は「賃金額が低下した」とする回答が多くなっており、その低下割合については、「1割程度」及び「2割程度」が多くなっているが、一部に「3割程度」とするものもみられた。また、一時金の支給等何らかの調整措置が講じられている事例もある。

  b  退職金
 
   営業譲渡における、該当労働者の退職金の取扱いについては、
   @) 譲渡会社における制度をそのまま適用
   A) 譲渡会社でいったん清算後、譲受会社の制度を適用するが、その際に譲渡会社での退職金支給額や勤続年数等について一定の考慮を行うもの
   B) 譲渡会社でいったん清算後、譲受会社の制度を勤続年数ゼロから適用
   等様々な形態がみられた。A)やB)の場合で、特に勤続年数が長くなるほど受取額を算出する際の支給割合が逓増していくような退職金制度を採っているときは、営業譲渡前後で転籍対象労働者は、退職金をいったん清算されることによる不利益を受けることになるが、この点については、労働者側からの要望に基づき、退職金清算時の一時金の上乗せ支給措置が講じられるなど、当該会社における労使自治に基づき妥当な解決が図られている事例もみられるところである。


  c  その他
 
   年金等の福利厚生の取扱いについては、譲渡会社で措置されていた制度に相当する制度が譲受会社に存在するときに承継されるケースはあるが、制度が存在しない場合には、承継されないケースが多かった。ただし、譲渡会社における福利厚生制度が承継されない場合においても、一時金を支給することによりある程度の補償をするなど、一定の考慮を払っている事例もみられる。また、名称は様々であるが、営業譲渡に伴う転籍に対して転籍金を支給するケースがみられた。


  3) 労働契約の取り扱い

   営業譲渡に伴う対象労働者に係る労働契約の取扱いについて は、当該労働者に係る労働契約上の地位を譲渡するもののほか、譲渡会社との労働契約を合意解約して譲受会社との間で新たに労働契約を締結するものがみられた。
 また、一部には、譲渡会社の配慮により、譲渡対象部門の労働者について、譲渡会社から譲受会社への在籍出向として措置するケースもみられた。


 B 労使協議の実態

  1) 譲渡会社における労使協議

   営業譲渡の際の譲渡会社における労使協議については、譲渡会社と譲受会社間による営業譲渡基本合意書の締結後に、譲渡会社から労働組合に対して営業譲渡を行うことについて正式に通知し、これを受けて直ちに労使協議を開始し、営業譲渡の背景・必要性及び雇用・労働条件の取扱い等について数次にわたり協議し、その結果合意に至る、というものが多くみられた。
   企業にとって営業譲渡は、極めて機密性の高い事項であることから、一般的に譲渡会社から労働組合等に対する営業譲渡に係る通知は、営業譲渡基本合意書を締結し、報道発表した以後になることが多い。この点に関して、労働組合等からは、営業譲渡について了知してから営業譲渡が行われるまでの期間が短いため、労働組合として十分な対応が困難であるとの指摘がある。
   労使協議は、通常、雇用確保、労働条件維持に関する協議が中心となっている。この場合、個別の労働組合は、営業譲渡への対応が初めてで戸惑いがみられることが少なくないが、上部団体と連携して、上部団体の経験やノウハウを活用して適切に対処している事例もみられた。
   なお、譲渡会社及び譲受会社の双方で労働組合が組織されている場合、営業譲渡に当たって、譲渡会社及び譲受会社双方の労働組合間で話し合いの場を持つケースは、両組合が同じ上部団体の傘下にある場合や、両組合が友好労組の関係にある場合を除くと、あまりみられなかった。


  2) 譲渡会社と個別労働者との関係

   譲渡会社と個別労働者との間の手続としては、営業譲渡基本合意の報道発表直後に、各職場で管理職から労働者に対して営業譲渡についての説明がなされ、営業譲渡についての労使協議での合意成立後に、譲渡対象部門に在籍する労働者との間で転籍等に係る希望聴取を行う、というものが多くみられた。
   一方、譲渡会社に労働組合がない場合や営業譲渡基本合意の報道発表がない場合において、譲渡会社の労働者が、転籍の個別同意を求められる段階で初めて、営業譲渡が行われること及びそれに伴う自身の労働条件を含めた雇用関係の変更について了知するというケースも見られた。


 C  労働協約の取扱い

  労働協約の承継の有無については、個々の事例において対応が分かれているところであり、譲渡会社との間で締結していた労働協約がそのまま承継されるケースや、譲渡後一定期間は従来譲渡会社との間で締結されていた労働協約が適用され、一定期間経過後に新たに譲受会社との間で労使交渉して協約を作成し直すこととしているケースがみられたほか、譲受会社で新たに労働協約を締結し直すことや譲受会社の意向等を理由に、営業譲渡に際して従前の労働協約が全く承継されない場合もみられた。






(2) 合併

 @  目的

  合併を行う目的としては、企業規模拡大による経営効率の向上を図るものが非常に多く、それに次いで、市場占有率上昇による競争優位の確保といった、企業の積極的な拡大戦略に基づくものが多い。


 A  労働契約等の取扱い

  合併が行われる場合の、労働者の雇用及びそれに伴う労働条件等の取扱いについては、以下のような状況にある。


  1) 労働者の雇用

   合併に伴い退職した労働者の有無について、企業調査、労働組合調査のいずれにおいても、「退職者はいない」とする回答が過半数を占めており、「退職者がいる」場合であっても、希望退職制度の活用によって退職した者がほとんどであり、合併に伴う解雇は生じていない。


  2) 労働者の労働条件等の取扱い
 
   合併前後における、労働者の労働条件の取扱いの変化をみると以下のとおりである。

   a  賃金
    合併前後における賃金の取扱いについて、企業調査、労働組合調査のいずれにおいても、「同一の賃金額が維持された」とする回答が、約8割前後と高くなっている。また、企業調査、労働組合調査とも、合併前後で「賃金額は増加した」とする回答が、「賃金額は低下した」とする回答を上回っている。

   b  退職金
    合併に伴う退職金制度の取扱いについて、企業調査、労働組合調査のいずれも、合併前の退職金制度を適用するという回答が最も多くなっているが、合併後に新たな退職金制度を採用するものとして、退職金を清算せず、合併前後での勤続年数を通算した上で、合併後の新たな退職金制度を適用するものや、合併に伴い退職金をいったん清算し、合併後の新たな退職金制度の下で、勤続年数をゼロから起算するもの等をあげる回答もみられた。
 また、退職金受取額については、「ほぼ同水準」とする回答が約6割と多く、「やや下がる」「大幅に下がる」とする回答は併せても1割強と少ない。




(3)  会社分割

 会社分割については、II2(2)で記載したように、商法の改正による会社分割制度が施行された平成13年4月から1年間で、会社分割公告を官報に掲載した分割会社は538社となっているが、これについては、同法の施行後間もないところであり、昨年段階では労働条件等について実情を把握することが困難であったことから、JIL実態調査においては具体的な調査は行っていない。
 この点に関し、厚生労働省への問い合わせ等で把握している事例においては、会社分割を行う目的は、同一企業グループ内における組織再編成として、一般的な分社を行うケース、将来的に持株会社に移行するケース等がみられるほか、企業グループを越える組織再編成として、他社との間で共同して新設会社を設立するケース等、様々である。 当該対象部門のすべての労働者が設立会社等に承継されるケースが多いが、一部には、会社分割後暫くの間は分割会社からの在籍出向という形で措置している事例もみられる。




2  裁判例の動向

 裁判例において、営業譲渡時における労働契約等の取扱いが問題となる場合、当該営業譲渡が譲渡会社の営業の一部譲渡(以下この報告書において「営業の一部譲渡」とあるのは、当該会社が行っている複数の営業のうちの一部が譲渡されるものであることを指す。)であるか、全部譲渡であるかによって、以下のような違いがみられる。


(1) 一部譲渡の場合

  @  労働者が譲受会社への転籍を拒否しているもの

   譲渡会社の営業の一部譲渡の場合に争われたケースのほとんどがこの場合である。
   具体的には、譲渡会社が別会社に営業の一部門を譲渡したケースで、当該部門の労働者が譲受会社への転籍等に応じなかったことを理由に譲渡会社を解雇されたことに対して解雇無効等を求めた事例(「ミロク製作所地位保全仮処分申立事件」(昭和53年4月20日:高知地裁)、「アメリカンエキスプレス雇用関係存在確認等請求事件」(昭和60年3月20日:那覇地裁))や、行われた営業譲渡が譲渡会社における労働組合壊滅を目的とした不当労働行為であるとともに、譲受会社への転籍に同意していないことを理由として譲渡対象部門の労働者が、譲渡会社に対して雇用契約に基づく賃金の仮払いを申請した事例(「マルコ株式会社金員仮払仮処分申請事件」(平成6年10月18日:奈良地裁葛城支部))等がみられる。
   これらの裁判例では、営業譲渡については、労働者の同意がなくても雇用関係が譲受会社に包括的に承継されるとする会社側の主張を否定し、民法第625条第1項の規定に基づき、営業譲渡に伴う譲受会社への転籍に際しては、該当労働者の合意を必要とする旨の立場をとり、労働者側の主張を認めて、譲渡会社との間の雇用契約の地位が確認されている。


  A  労働者が譲受会社に対して、雇用関係の継続を求めているもの

   譲渡会社の営業の一部譲渡の場合に、譲受会社に労働契約の承継を求めて裁判で争われたケースはほとんどみられない。
   具体的に当該ケースに該当する事例ではないが、関係する事例としては、経営権を譲渡した会社が譲渡部門の労働者を全員解雇し、そのうちの特定の労働者についてのみ、譲受会社への再雇用を斡旋しなかった事例について、当該解雇が解雇権濫用に該当し無効であるか否か等が争われたもの(「シンコーエンジニアリング金員支払仮処分命令申立事件」(平成5年2月1日:大阪地裁)、「シンコーエンジニアリング保全仮処分異議申立事件」(平成6年3月30日:大阪地裁))がある。
   この裁判例では、当該経営権の譲渡が、法形式的には賃貸借契約の合意解約であるが、当該譲渡部門が物的人的な総合体である点からすると、営業譲渡契約と解されるとした上で、譲渡会社による解雇自体が、整理解雇4要件を満たしておらず、解雇権濫用に該当するとして、当該解雇を無効とする判断をした。


(2) 全部譲渡の場合

  @  労働者が譲受会社への転籍を拒否しているもの

   譲渡会社の営業の全部譲渡の場合で、労働者が譲受会社への転籍を拒否して裁判で争うケースはほとんどないが、厳密には、転籍を拒否するという点に関して当該ケースに該当するものではないが、譲渡会社への雇用上の地位の確認を求めた事案がある。具体的には、営業譲渡前に譲渡会社を解雇された労働者が、当該解雇の無効を争っている最中に、譲渡会社が全営業を別会社に譲渡し解散した事例で、当該労働者との雇用関係が当然に消滅したとする会社側の主張に対して、当該労働者が譲渡会社との間の雇用契約上の地位の確認を求めて争ったもの(「茨木消費者クラブ地位保全金員支払仮処分命令申立事件」(平成5年3月22日:大阪地裁))である。
   この裁判例では、両会社間の営業譲渡の成立及びそれに伴う解散そのものを否定しつつ、営業譲渡時の労働関係の承継については、当然に承継されるものではなく、少なくとも両会社間で承継についての合意が必要であるとしており、その合意がない以上、譲渡会社が引き続き雇用契約上の地位にあることを認めている。


  A  労働者が譲受会社に対して、雇用関係の継続を求めているもの

   譲渡会社の営業の全部譲渡の場合で争われたケースのほとんどがこの場合であり、その多くは、経営悪化に伴って行われた営業譲渡である。
   具体的な事例及びそれに対する裁判所の判断については、以下のとおりである。
   譲渡会社解散に先立って行われた営業譲渡の際に、譲渡会社を退職した労働者の一部の者のみが、譲渡会社と同一の取締役が経営する譲受会社に採用されなかったことについて、当該労働者が自らの労働契約上の権利関係が譲渡会社から譲受会社に承継されるとして地位保全等の仮処分を申し立てた事案(「宝塚映画・映像地位保全等仮処分申請事件」(昭和59年10月3日:神戸地裁伊丹支部))については、本件解雇を整理解雇の性質を有するものとして、その有効要件を満たしておらず無効とするとともに、資本系列、役員関係、本店所在地、営業目的、企業施設、従業員等との関係から、譲渡会社及び譲受会社間に実質的同一性が認められる場合には、当該営業譲渡が偽装解散等使用者側に悪意があるものとして、法人格否認の法理を用いて、承継されない労働者と譲受会社との間の雇用関係の存在を認める判断がなされている。
   また、同様のケースで、新会社を設立して旧会社を解散した際に、旧会社の労働者をいったん退職させた上で、新会社が改めて採用する事案で、旧会社において労働組合活動を行ってきた労働者が不採用とされたことに対して、当該労働者が自らの労働契約上の権利関係が旧会社から新会社に承継されるとして地位保全等の仮処分を申し立てた事案(「新関西通信システムズ地位保全等仮処分申立事件」(平成6年8月5日:大阪地裁))でも、譲渡会社及び譲受会社間に強度の類似性、実質的同一性を認め、譲受会社による雇用関係の否定は、解雇法理回避のための法人格の濫用であって無効であり、当該労働者と譲受会社との間の雇用関係を認めている。
   一方で、譲渡会社の法人格が形骸化しているとは認められなかった各事例については、それぞれ以下のような判断がなされている。
   第1に、譲渡対象である営業に、労働者全員との雇用契約を含むものとして営業譲渡がなされたことを推認する、黙示の合意の推認の法理を用いて、承継されない労働者と譲受会社との間の労働契約上の地位を認めているケース(「タジマヤ地位確認等請求事件」(平成11年12月8日:大阪地裁))がある。(なお当該ケースは、商法上の営業譲渡には該当しないが、その営業譲渡性が認定されている。)
   第2に、上記同様、営業譲渡に伴う転籍を希望する労働者のうち、譲渡会社において労働組合活動を行ってきた労働者が譲受会社に採用されなかったケースについて、譲受会社での採用は新規採用というより雇用関係の承継に等しいものとし、当該営業譲渡契約において「譲受会社は譲渡会社の職員の雇用契約上の地位を承継せず、当該職員を雇用するか否かは譲受会社の専権事項とする」旨定められている場合であっても、当該合意は、労働組合や労働組合員を嫌悪し、これらを排除することを目的としてなされた脱法手段であり、この不採用を労働組合活動を嫌悪しての解雇に等しいものとして、不当労働行為に該当するとしたケース(「青山会不採用事件」(平成14年2月27日:東京高裁))がある。
   上記のとおり、各裁判例においては、原則的に営業譲渡時の労働契約の承継について、特定承継の立場に立ちつつも、個別具体的な事案に即して、使用者側に恣意的対応がみられるような場合には、労働者保護に配慮した判決が出されているところである。




3  諸外国の現状について

 本研究会において、諸外国における企業組織再編に係る法制度の運用、判例の動向及びこれらに対する労使団体等の見解等を調査するために、欧州(ドイツ、フランス及び欧州委員会)及びアメリカにおいて海外調査を行った。その概要は以下のとおりである。


(1) 欧州

 ・  基本的にEU諸国では、「企業、事業又は企業、事業の一部の移転の際の労働者の権利保護に関する加盟国法の接近に関する指令」(以下「EU既得権指令」という。)に従って各国で法的整備がなされている。営業の移転時の権利義務の承継については、ドイツでは民法典613a条、フランスでは労働法典L122-12条がそれぞれ適用され、原則的に企業移転時における労働契約は全て承継されることになる。

 ・  営業の移転に伴う解雇については、EU既得権指令において、事業等の移転自体は解雇理由とされてはならない旨規定されており(第4条第1項)、ドイツでは民法典613a条第4項の規定、フランスでは労働法典L122-12条2項の規定により、営業の移転のみを理由とする解雇は認められていない。
 ただし、EU既得権指令において、経済的、技術的又は組織的理由による解雇は認められる旨規定されており(第4条第1項ただし書)、ドイツでは民法典及び解雇制限法の規定により、「緊急の経営の必要性」が認められる場合には、営業の移転が行われる場合であっても解雇は許容されている。また、フランスでは、経済的解雇法理の適用等により、「現実かつ重大な事由」に基づく解雇が判例上許容されている。

 ・  移転の対象となる「営業」の範囲については、これまで判例上様々な見解が出されてきたが、基本的にEU既得権指令における「同一性を保持する経済的実体の移転」(第1条第1項)に該当するか否かで判断されている。

 ・  ドイツにおいては、EU既得権指令を上回るものとして、企業分割が行われても、その組織に何ら変更のない場合には、組織変更法上分割会社と新設会社等が共同で経営を行うものと推定する制度等が設けられている。

 ・  また、ドイツ、フランス両国において、譲渡対象事業に従事する労働者のうち、当該事業の譲渡に伴う労働契約の承継を望まない労働者に関する取扱い等に関して新たな動きがみられる。
   ドイツでは、譲渡会社が対象事業に従事する労働者に対して通知義務を課すとともに、該当労働者に、譲渡に伴う転籍に対する異議申立権を付与する(ただし、異議申立を行った結果、当該譲渡会社内に配置転換先が見つからないこと等による解雇の危険性は、申立労働者が負うことになる。)ことを内容とする法律改正が、2002年3月に行われた。
   他方、フランスでは、法制上、譲渡に伴う転籍に対して該当労働者の拒否権は認められていない。このため、労働者側が営業譲渡に伴う自らの労働契約の移転を望まない場合に、当該対象部門は単なる企業の中の一分枝で自立性を有していないことから、労働法典上の移転に当たらないため、自らの労働契約も移転しないと主張し、それが認められた破毀院判例(Perrier事件:2000年)が出された。


(2) アメリカ

 ・  アメリカの労働法制は、解雇自由原則が基本的な特徴であり、違法な差別(組合所属・活動、人種、性別、年齢、障害等)に該当しない限り、使用者はいつでも自由に労働者を解雇することができる。 営業譲渡時の労働者の取扱いについても、欧州のような労働契約承継のルールは存在せず、譲受会社は雇用を引き継ぐ義務を負わない。違法な差別にあたらない限り、承継の有無・人数・対象者を自由に決定することができる。また、譲渡会社が事前に解雇して調整を図ることや、営業譲渡後に譲受会社が余剰人員を解雇することも容易に行い得る。

 ・  譲渡会社に交渉代表組合が存在していた場合、判例によれば、営業譲渡の前後で事業の継続性があり、かつ譲渡会社から承継された労働者がその過半数を占めるならば、譲受会社は当該組合を交渉代表として承認し、誠実に団体交渉を行う義務を負う。(Burns事件:1972年)ただし、この場合も譲受会社は従前の労働協約を承継する必要はなく、承継労働者についても新規の労働条件を設定した上で雇い入れることができる。
   また、会社が営業譲渡を行うに当たり、労働者の雇用に及ぼす影響については団体交渉の対象となるが、営業譲渡を行うこと自体は経営上の判断であり、原則として組合と交渉する必要はないとされる傾向にある。

 ・  各産別労組では、労働協約中に、使用者が営業譲渡等を行う場合には譲受会社が当該協約を承継すべしという「承継条項」を盛り込むよう努力しているが、その獲得は必ずしも容易ではない。


4  労使団体からのヒアリング結果

 本研究会は、企業組織再編に伴う労働関係上の諸問題に対する労使団体の考え方を把握するため、日本労働組合総連合会及び日本経営者団体連盟(当時)から、それぞれヒアリングをしたが、その概要は以下のとおりである。


(1) 労働者側意見の概要

 ・  企業組織再編は、事業所閉鎖、会社更生法及び民事再生法等を用いた企業再建への対応と並ぶ大きな対策課題であるが、欧州ではEU既得権指令により企業組織再編時の労働者保護が図られているのに対して、日本では、企業組織再編に伴う労働者の権利保護が遅れている。

 ・  現行の労働契約承継法は会社分割時のみを対象としていることから、合併、営業譲渡等企業組織再編全般に関して、労働条件を含めた労働契約の当然承継、労働協約の効力継続等を内容とする、新たな労働契約承継法の制定が必要である。

 ・  企業組織再編時に労使協議が行われることこそ必要であるが、特にグループ外企業への営業譲渡の場合など、現状は労使協議が十分に機能していない面もあり、制度として確立することが必要である。

 ・  倒産時における営業譲渡については、民事再生法に種々の労働組合関与の規定が設けられているが、再生計画とは別に営業譲渡が可能であり、その譲渡に伴う解雇事例が生じており、営業譲渡に伴う労働者保護の点に関し、労働法制によって補うことが必要である。


(2) 使用者側意見の概要

 ・  国際競争が激化する中で、経営効率化、企業統治の実効性向上等の観点から、企業組織再編は不可欠である。営業譲渡時における労働者の権利保護については、民法第625条第1項の規定に基づく労働者の同意を必要とする判例が確立しており、問題ある事例は判例法理で救済されている。

 ・  営業譲渡時の「移転するものの範囲」については、労働者の雇用や労働条件、労働協約も含めて、契約自由の原則に則り、非承継説が妥当である。また、営業譲渡の形態は様々であり、一律的な法的保護措置等の制定は困難である。

 ・  労使協議の在り方は、各企業ごと多様であり、法律による一律義務付けは不適当である。また、労使協議に時間を費やすことで、譲渡資産の陳腐化や外部への情報漏洩を誘発し、結果的に労働者保護が図られないことになる。

 ・  倒産時の営業譲渡においても、取引の自由は保障されるべきであり、債権者や株主等との関係からも、労働者保護のみを重視することは困難である。また、民事再生法における再生計画によらない営業譲渡については、労働組合等に対する意見聴取の場も確保されており、実質的に労働者保護が図られている。





IV 企業組織再編に伴う労働関係上の諸問題

1  企業組織再編の手法ごとの法的性格及び特徴

 企業組織再編に伴う労働関係上の諸問題を分析する際には、実際に活用される企業組織再編の手法の法的性格を踏まえて考える必要がある。
 企業組織再編の主な手段である、営業譲渡、合併及び会社分割のそれぞれの法的性格について分析すると、組織再編を行うに際して、以下のような点で違いがみられる。


 (1) 営業譲渡

   ・  「営業ノ全部又ハ重要ナル一部ノ譲渡」を行う際には、譲渡会社は株主総会の決議を必要とするとされている(商法第245条第1項第1号)。
   ・  権利義務の承継の法的性格は特定承継であり、譲渡会社及び譲受会社間の合意により、移転させる権利義務関係の範囲を自由に選別することが可能。
   ・  債務超過に陥っている営業部門を、譲渡することが可能。
   ・  債権者保護手続については、商法上規定されていない。
   ・  営業の承継に伴う、権利義務関係の移転については、個別に債権者の同意が必要。
   ・  税務上、譲渡対象となる営業の簿価と売却価額との差額について、譲渡会社に課税所得が発生。


 (2) 合併

   ・  会社が対象。(商法第56条等)・ 合併後消滅する会社の権利義務関係について、合併後存続する会社が包括的に承継。
   ・  資本充実の原則により、債務超過会社を消滅会社とする合併は不可能。
   ・  債権者保護手続が商法上規定されている。
   ・  資産の個別譲渡手続や、負債、契約関係及び雇用関係等の承継に際しては、個別の同意を必要とせず、当然に承継。
   ・  税制適格要件を満たす場合、合併によって消滅する会社の資産・負債を、合併後存続する会社が簿価で引き継ぐことが可能。(企業組織再編税制)


 (3) 会社分割

   ・  商法上「会社の営業の全部又は一部」が対象。(商法第373条及び第374条の16)
   ・  分割会社の権利義務関係については、設立会社又は吸収会社(以下「設立会社等」という。)が包括的に承継。
   ・  会社分割後の分割会社及び設立会社又は吸収会社のそれぞれが、その負担すべき債務の履行の見込みがあることが要件とされていることから、債務超過に陥っている営業を分割して、設立会社等とすること、また分割会社に債務超過に陥っている営業のみを残すことは不可能。
   ・  債権者保護手続が商法上規定されている。
   ・  資産の個別譲渡手続や、負債、契約関係及び雇用関係等の承継に際して、個別の同意を必要とせず、当然に承継。
   ・  税制適格要件を満たす場合、分割会社の資産・負債を、設立会社等が簿価で引き継ぐことが可能。(企業組織再編税制)


2  企業組織再編時における労働関係上の問題点及び対応

   企業は、それぞれの組織再編手法の特徴・利点等を考慮した上で、組織再編を行っている。それぞれの組織再編手法における法的性格等の違いを踏まえて、労働契約の承継の考え方や問題点及び立法措置の要否を含めた対応のあり方に関する検討結果は次のとおりである。


(1) 営業譲渡

  @ 労働契約の承継について

   1) 営業譲渡の範囲

    商法における営業譲渡に関して、最高裁判例では「一定の営業目的のために組織化され、有機的一体として機能する財産(得意先関係等の経済的価値のある事実関係を含む。)の全部または重要な一部を譲渡し、これによって、譲渡会社がその財産によって営んでいた営業的活動の全部または重要な一部を譲受人に受け継がせる」ものとされている。
    ただし、この商法における「営業譲渡」の概念は、株主保護の関係で用いられているものであって、これに該当する場合には、株主総会の特別決議が必要となるが、これに該当しないような事業や施設等の譲渡について、何らの制約があるわけではない。実際にも、商法の営業譲渡に該当しないような、会社の事業の一部の譲渡や営業用設備の売却などは、多様な形態で行われている。
    ちなみに、EU既得権指令における営業譲渡の範囲について、III3(1)でみたように、これまでヨーロッパ諸国における裁判例で争いがあり、解釈に変化が見られるところであるが、いずれにしても、我が国の商法の営業譲渡よりは広い概念である。
    商法の営業譲渡に該当しなくても、労働関係に影響が及ぶ場合はあるので、企業組織の再編に関して労働関係上の諸問題を検討するに当たっては、商法の営業譲渡に該当するもののみを対象にすることは適当ではなく、営業譲渡に準ずるような事業や施設等の譲渡についても、検討の視野に入れる必要がある。


   2) 営業譲渡の法的性格

    営業譲渡における権利義務関係の承継に関する法的性格については、包括承継とされている会社分割や合併とは異なり、特定承継であり、権利義務関係の移転については個別に債権者の同意が必要とされている。
    これまで、商法の「営業」概念に労働者という人的要素が含まれるかについて、商法の学説では、営業には労働関係を含まないとする考え方が一般的であった。最近、営業の同一性に不可欠な労働関係は含まれるという見解も見られるが、その場合にも、営業に含まれるのは特殊な技術を持っているなど他者では代替できない者に限るとされている。一方、会社分割制度における「営業」に関して、労働関係も含まれるという見解も見られる。しかし、商法の営業の概念に一定の労働関係が含まれるとしても、労働関係を含まない形での事業や施設の譲渡が規制されるわけではなく、また、商法の「営業譲渡」の場合でも、権利義務関係は特定承継であるので、それによって大きな違いはない。
    一方、労働法の学説には、営業譲渡時における労働契約の承継について、当然に承継されるとする説(当然承継説)、特定の雇用関係を排除する等の特段の合意がある場合は別として、原則として承継を肯定する説(原則承継説)、譲渡会社及び譲受会社間の個別の合意を必要とするとともに、民法第625条第1項の規定に基づき、労働者の個別の同意が必要であるとする説(非承継説)等があるが、現在の学説、判例では、営業譲渡における労働契約は特定承継であり、承継する場合には個別の同意が必要であるとする考え方が主流となっている。


   3) 労働契約承継に関する考え方

    企業組織再編の形態のうち、合併と会社分割については、それぞれ商法に規定が設けられており、株主及び債権者保護のための手続きを定めるとともに、権利義務関係は包括承継とされている。
    これに対して、商法の営業譲渡やそれに該当しない事業や施設の譲渡は、いずれも、個々の権利義務関係の承継は特定承継であり、譲渡会社と譲受会社との合意と権利義務の相手方の同意があれば承継されることになる。
    営業譲渡等における労働契約の承継について検討する場合には、このように合併、会社分割と営業譲渡等とで、権利義務関係の承継について異なる仕組みとなっていることを念頭に置かなければならない。
    営業譲渡の経済的意義を考えると、譲渡会社は当該営業譲渡により売却益を得ることにより、新規分野や中核部門に投資を行うなど、企業経営全体の戦略の下で譲渡を行うという面があり、企業は、こうした営業譲渡の経済的役割を踏まえつつ対応している。この場合、譲渡会社においては、営業譲渡によって譲渡部門の雇用は減少するが、新たな投資によって別の部門で雇用が増えることも想定される。
    また、会社分割の場合は分割後の分割会社及び設立会社等のいずれも債務超過にないことが求められ、また合併の場合には、債務超過企業を吸収することは不可能である一方で、営業譲渡の場合にはこうした規制がなく、債務超過部門を譲渡することが可能であり、その面から不採算部門の整理や倒産法制を活用した経営破綻事例において活用される面がある。この場合、営業譲渡が行われることによって、企業の再生が可能になったり、不採算部門の引き受けなどによって、雇用の確保につながることも想定される。 企業戦略に基づく営業譲渡の場合であっても、経営破綻等の際の営業譲渡の場合であっても、譲渡会社と譲受会社との営業譲渡を巡る交渉は、経済的には、その譲渡部門の経済的価値と譲渡価格の交渉であり、営業譲渡に伴って転籍する労働者が増えることによって譲渡部門の経済的価値が下がれば、譲渡価格が低下し、更に経済的価値がなくなれば、営業譲渡が成立しないことも想定される。営業譲渡が成立しないために、不採算部門を閉鎖せざるを得なくなったり、企業が倒産に至ったりして、雇用が失われることもあることを考えれば、労働契約の承継について、営業譲渡に向けた交渉を阻害するような規定を設けることには、慎重にならざるを得ない。
    現行法制を維持した場合には、譲渡部門で働いていた労働者は、譲渡会社から譲受会社に移るように要請されても、同意しなければ移る必要はない、すなわち、移ることについて拒否権がある。
    しかし、従来の仕事とともに譲受会社に移りたいと希望しても、移る権利はない。一方、EU既得権指令によれば、譲渡部門で働いていた労働者は、その営業譲渡に伴って譲受会社に移ることになる。EU既得権指令には、当該労働者の移ることについての拒否権について規定はなく、各国の国内法にゆだねられており、ドイツでは異議申立権が規定されているが、フランスでは拒否権はない。譲渡部門のそれまで従事していた仕事との関係だけを考えれば、EU既得権指令のような形での整理もあり得る。
    しかし、我が国は、会社に就職するという意識が強く、会社内での人事ローテーション、配置転換の慣行があり、特定の営業施設と労働者との結びつき方は、極めて多様であるため、我が国の企業の現実からは、営業施設と労働者との間に有機的一体性があるものとして固定的に捉えることは適切ではなく、そのような整理をすることには疑問がある。裁判例にも、本人の意に反して譲受会社に移るように言われて、争いになっているケースが多い。
    営業譲渡の法的性格、その経済的意義、我が国の雇用慣行、営業譲渡やそれに類する事業・施設の譲渡の多様性を考慮すれば、一律のルール設定は困難である。また、解雇規制に関して判例による権利濫用法理でしか対応がなされていない中で、営業譲渡に伴う労働契約の承継のルールのみを法律で定めることはバランスを失する面がある。これらのことを総合的に勘案すれば、営業譲渡の際の労働契約関係の承継について、法的措置を講ずることは適当ではなく、労働契約の承継に関して生じている問題については、(2)で述べるような対応をとることによって、解決を図るべきであると考える。
    なお、譲渡会社は、当該部門の労働者について、譲受会社に承継される者についても、承継されない者についても、使用者としての責任を負っている。また、営業譲渡があった場合に、譲受会社において当該営業部門を円滑に運営するためには、物的資産だけではなく、事業活動を担う人的資源としての労働者が必要である。このようなことから、本研究会は、営業譲渡に際しては、譲渡会社の努力と譲受会社の理解によって、できる限り、譲渡部門の労働者の雇用の確保が図られるべきであると考える。


  A 労働契約の承継に伴い考慮すべき事項

   1) 通常の営業の一部譲渡の場合

    譲渡会社が経営上の問題を抱えていたり、その譲渡部門が不採算であるといった特別の事情がない通常の営業の一部譲渡の場合には、一般に、当該譲渡部門の労働者で譲受会社に承継されない場合よりも、当該譲渡部門の労働者のうち本人の希望に反し譲受会社に転籍させた場合に問題が生じている。
    III2でみたように、営業の一部譲渡の場合で裁判で争われているものは、ほとんどが、譲受会社への転籍に合意しなかったことを理由に譲渡会社を解雇された労働者が譲渡会社に対して解雇無効等を求めたケースや、譲受会社への転籍に同意していない譲渡会社の労働者が譲渡会社に対して雇用契約に基づく賃金の支払いを請求したケースである。
    これは、通常の営業の一部譲渡の場合には、譲渡会社、譲受会社ともに、当該譲渡部門がそのまま営業を継続できるようすべての労働者が譲受会社に移ることを望んでいるケースが多いのに対して、労働者の中には、譲渡会社の人事ローテーションによってその時点では当該部門に配属されているが、将来は譲渡会社の他の部門で働くことを希望している者など、会社を変わりたくない者がいるためと考えられる。
    現行法の下では、多くの裁判例は、営業譲渡における労働契約の承継を特定承継とし、民法第625条第1項の規定に基づき、営業譲渡に伴う譲受会社への転籍に際しては、該当する労働者の個別合意を必要とすると判断し、労働者側の主張を認めている。
    この点に関して、一般的には、営業譲渡に際して、譲渡会社は当該譲渡部門の労働者に対しヒアリング等を実施するなどして、営業譲渡に伴う転籍について個別の同意を得た上で行っているが、明確に同意を得ていない場合や同意を得る手続きをしないまま自動的に転籍させようとした場合に紛争になっているものと思われる。このような紛争が生じることがないよう、譲渡会社は転籍について同意を得なければならないことについて、周知することが必要である。
    また、譲渡部門の労働者が転籍に同意しない場合に、譲渡会社と当該転籍を拒否した労働者との労働契約は転籍拒否によって終了するものではない。また、転籍拒否だけでは解雇理由とはならない。その場合には、譲渡会社は、当該労働者を他の部門に配置転換するなどの対応をしなければならない。この考え方を明確に示して、企業に周知を図るべきである。
    なお、譲渡会社が営業譲渡に伴って労働者を転籍させたい、あるいは譲受会社が営業に必要な労働者を確保したいというニーズがあるとしても、それぞれの会社が労働者に適切な条件を示して個別の同意を得るべく努力をすべきであり、労働者の個別の同意がなく転籍を可能とするような特段の法的措置を講じることは適当ではないと考える。


   2) 営業の一部譲渡のうち、不採算部門の譲渡などで承継されない労働者がいるために問題が生じている場合

    営業の一部譲渡の場合であっても、一部には、当該譲渡部門の労働者の一部を譲受会社に承継しながら、その他の労働者を解雇するケース、また、当該譲渡部門の労働者を全員解雇した上で、そのうちの一部の者のみを譲受会社が再雇用しているケースがある。
    営業の一部譲渡で、譲渡会社が譲渡部門を除いた部門で経営を継続している場合には、譲渡部門で働いていた労働者のうち、譲受会社に承継されない者について、営業譲渡に伴って譲渡会社との労働契約関係に変更が生じるものではなく、そのまま譲渡会社との労働契約が継続する。これは、譲渡会社が転籍を求めたがそれを拒否した労働者であっても、当初から譲渡会社が転籍を求めなかった労働者であっても、同じである。
    譲渡会社と譲受会社との営業譲渡を巡る交渉において、譲渡部門の労働者すべては譲受会社に承継しないこととなった場合には、譲受会社に承継されない労働者について、譲渡会社が使用者としての雇用責任を負っている。営業譲渡によって当該部門がなくなったとしても、譲渡会社は、当該会社全体として、雇用責任を果たさなければならない。すなわち、譲渡会社は、それらの労働者について、営業譲渡した部門以外の部門への配置転換など、雇用の継続に最大限の努力を払う必要があり、安易に整理解雇することは許されない。営業譲渡に伴う解雇については、事業所の一部閉鎖に伴い当該閉鎖部門の労働者を解雇する場合と同様に考えるべきであり、整理解雇に関する法理の適用があること、それまで働いていた部門が譲渡されたことだけでは解雇の正当な理由とはならないことなどを使用者に周知すべきである。
    なお、EU既得権指令においては、営業譲渡に伴って当該部門の労働者は譲受会社に承継することとされており、営業譲渡自体を理由とする解雇は禁止されているが、一方では、譲受会社が、営業譲渡に伴い、雇用に変更をもたらす経済的理由等により行う解雇については制限されていない。譲渡部門に余剰の労働者がいる場合に、我が国の制度では、当該労働者をそれまで雇用してきた譲渡会社が対応することになるのに対して、EUの制度ではいったん譲受会社に承継した上で譲受会社が対応することになる。譲渡会社の経営状況等にもよるが、我が国の制度が労働者にとって必ずしも不利益に働くわけではないと考える。


   3) 倒産法制の活用を含め、譲渡会社が経営破綻している場合

    倒産法制を活用した場合など譲渡会社の経営が破綻している場合において、企業再生等に向けて、営業の一部譲渡又は全部譲渡が活用されている。譲渡会社自体が経営破綻していることから、当該譲渡会社の全ての雇用を確保することは、一般的には困難であり、様々な努力によって、どれだけの雇用の場が確保できるのかが焦点となる。
    このような場合には、譲渡会社の破綻処理・再建の過程を通じて、労働者の雇用や労働条件について、適切な配慮がなされることを期待することになる。このため、具体的には、会社更生法等法律に基づく手続等において、労働組合等に適切な関与の機会が与えられ、管財人等が労働関係法を遵守し、裁判所が手続の過程で雇用等に適切な考慮をすることによって、対応すべきである。


   4) 新会社を設立し、営業を全部譲渡する場合

    累積債務の精算、信用力の向上など、様々な理由で、既存会社が新たに会社を設立し、当該新設会社に全営業を承継させるケースがある。これらのケースで、すべての労働者をそのまま承継するものもあるが、新・旧会社の実態が変わらないのに、一部の労働者を承継しないケースの中には、労働組合活動を嫌って、労働組合員を排除するものなど、問題がある事例も含まれている。
    このような問題のある事例については、III2で記載した裁判例のように、資本系列、役員関係、本店所在地、営業目的、企業施設、従業員等の関係から、譲渡会社及び譲受会社間の同一性がある場合で、その法人格が形骸化しているとき、あるいは、解雇法理や不当労働行為制度の適用を回避するために法人格が濫用されたものと認められるときには、法人格否認の法理を用いて、譲受会社と労働者との間における雇用関係の存在が認められている。
    同じ経営者の下で、新たに会社を設立して、営業を全部譲渡する場合には、労働者の承継に関して、不当労働行為に当たる行為や解雇に関する法理を潜脱することはあってはならない。このような事案については、当然、不当労働行為法理や権利濫用法理により救済が行われるものであるが、そのような事案が生じることがないよう、この点を明確に示して、使用者に周知を図るべきである。


   5) 既存の会社に、営業を全部譲渡する場合

    譲渡会社が既存の別会社に営業を全部譲渡し、会社を解散する場合は、実態としては吸収合併に類似したものとなる。しかし、この方式の場合には、合併と異なり、権利義務関係の承継は特定承継となり、譲渡会社及び譲受会社間で合意された範囲で権利義務関係が承継されることとなる。
 譲渡会社が、合併ではなく営業の全部譲渡を選択する背景としては、商法の資本に関する原則により、合併において債務超過企業を吸収合併することができないということがあげられる。すなわち、譲渡会社が大幅な債務超過にあるなど、経営上問題がある場合に、この方式が使われるものと考えられるが、譲渡会社に経営上の問題はなく、譲渡部門も採算上の問題がないような通常の場合に、このケースに該当する事例はみられない。
    債務超過に陥っている企業について、すべての労働者を承継して営業を引き受ける企業があれば、雇用の観点からも望ましいことはいうまでもないが、現実には、経営上問題がある会社をそのまま受け入れる企業を見つけることは難しい。
    営業譲渡に際して、譲受会社にとっては、その部門が将来採算がとれるようになるかが大きな関心事であり、譲受会社が受け入れる労働者数は重要な交渉事項となる。この場合に、必ず労働者全員の受け入れを求めることとなれば、債務超過企業において営業譲渡先を見つけることがかなり困難となることは容易に予想される。
    このような場合において、譲渡会社は、譲受会社との間で労働者の受け入れに向けて努力すべきであるし、譲受会社に承継されない労働者の再就職等についても努力すべきことは言うまでもない。この点における譲渡会社の積極的な努力を奨励すべきである。


   6) 承継対象労働者の選定につい

    譲受会社が譲渡部門の労働者全員の承継を希望する場合は問題ないが、譲受会社が譲渡部門の労働者のうち一部の承継を希望する場合には、承継する労働者の選定が問題となる。
    営業譲渡に際して、譲受会社が承継する労働者の職種、人数等については、譲渡会社と譲受会社との間の交渉で決まる。それを受けて、譲渡会社において、労使協議等を経て、承継対象となる労働者の選定基準が決まり、具体的な人選、同意の取り付けが行われることになる。
    この場合に、労働者の理解を得て円滑に手続きを進めるためには、労使協議において、承継対象となる労働者の選定基準について、適切に協議されることが必要である。
    また、具体的な人選に当たって、労働組合員について不利益な取扱いをすれば労働組合法の不当労働行為になり、労働委員会による救済の対象になる。また、第154国会に提案されている人権擁護法案(審議未了のため、次期国会に継続審議)が成立すれば、人種等を理由として労働契約の承継について不当な差別的取扱いをすれば、同法に基づく救済の対象になる。また、客観的な合理性を欠くような理由で、特定の労働者を承継の対象から排除することは、公序良俗違反等の問題を生じさせるおそれがあることも考慮すべきである。少なくとも法律に違反するような取扱いが行われることがないよう、譲渡会社及び譲受会社に対して周知を図る必要がある。


  B  労働契約承継に伴う労働条件の変更

   営業譲渡に伴って労働契約が承継される場合に、譲受会社の賃金体系に合わせるなどのため、ある程度の労働条件の変更が行われている例が多い。譲受会社において労働条件が下がる場合には、譲渡会社が一時金を支払うなどの対応が行われている例もある。また、不採算部門の譲渡の場合などには、かなり労働条件が引き下げられている例も見られる。
   一般に、労働条件の変更は、両当事者の合意がある場合及び変更に合理的理由がある場合に認められる。営業譲渡に伴う転籍には個別の同意が必要であるので、通常は、転籍後の譲受会社における労働条件を示した上で、労働契約の承継について同意を得ており、労働条件の変更についても併せて同意があるものと考えられる。この場合に、譲受会社への承継による雇用継続のため、止むを得ず労働条件の引下げに同意している場合もあると思われるが、法的には本人が同意したかどうかで判断することにならざるを得ない。
   なお、労働契約の承継について同意を得る際に、譲受会社における労働条件を明示していない場合には、労働条件の変更までは同意していると判断することは困難である。そのような場合には、理論的には、譲渡会社における労働条件がそのまま継続することになろう。
   いずれにせよ、労働条件の変更を巡る紛争が生じないように、譲受会社において労働条件が変更されるのであれば、譲渡会社は、労働契約の承継に関する同意を得る際に、労働条件の変更を含めて、労働者の同意を得る必要があり、譲渡会社及び譲受会社が適切な対応を行うよう、これらの考え方を周知する必要がある。


  C 労働組合、労働者との協議等

   1) 労働組合

    譲渡会社において、労働組合等が組織されている場合には、譲渡会社は営業譲渡に際し、当該労働組合等に対して、営業譲渡を行う背景、状況等の説明、労働者の承継、労働条件の取扱い等について協議を行っており、協議のための期間が短いという指摘はあるものの、大きな問題は生じていないと考えられる。
    営業譲渡が労働者の理解と協力を得て円滑に行われるためには、労働組合等と適切な協議が行われることが必要である。このため、労働組合が組織されていない場合を含め、労働者代表に情報提供が行われ、労働者代表と協議が行われるよう、適切な対応がなされるべきである。
    労使協議制については、この研究会における直接の検討課題ではないが、かねてから様々な論議があり、直ちに法制化がなされる状況にはないものと思われる。労働契約承継法の立法過程において、労使協議について議論が行われ、結局、国会における修正によって、労働契約承継法第7条に、「雇用する労働者の理解と協力を得るよう努めるものとする。」という努力義務規定が設けられたところである。このような状況に鑑みれば、営業譲渡の際の労使協議について、法制化するのは難しいとしても、譲渡会社において適切な対応が行われるよう、労使協議のあり方等を示して、周知を図るべきである。
    この場合における労使協議の在り方については、労働契約承継法に基づく指針において示されている会社分割の際の労働者代表との協議に準じたものとすることが適当である。また、可能な限り早く協議が開始されることが望まれる。
    また、営業譲渡に伴う労働契約の承継、労働条件等に関しては、労働組合法上の団体交渉事項に該当するので、譲渡会社は労働組合と誠実に団体交渉をしなければならないことは当然である。


    2) 労働者

    営業譲渡に伴って譲受会社に転籍させる場合には、該当労働者の個別同意を得る必要があり、通常は、その過程で、譲受会社で従事することとなる業務、就業場所等について必要な説明が行われ、労働者の希望も聴いた上で、転籍についての話し合いが行われている。
    労働者の同意に関して、労働者が営業譲渡に関する全体の状況や譲受会社の状況などについて十分に理解した上で、譲受会社に移るか否かの判断がなされることが必要である。民法第625条第1項は、労働契約の承継について個別同意を必要としているが、これは労働者が必要な情報を知った上で同意することが前提となっているものと考える。
    譲渡会社における個別同意の手続きが適切に行われるよう、個別同意を求める際における労働者への情報提供等について、適切な対応のあり方を示す必要がある。


  D  労働協約の承継

   営業譲渡時における労働協約の承継の法的性格は、特定承継であることから、労働協約の譲渡には、譲渡会社及び譲受会社間の合意とともに、譲渡会社と当該協約の一方の締結者たる労働組合の同意を要する。
   営業譲渡時における労働協約の承継については、個々の事例によって承継されるケース、承継されないケースがあるが、譲受会社が労働協約の承継を拒否した場合には、労働組合はあらためて団体交渉を行い、労働協約を締結しなければならないことになる。
   この点について、営業譲渡の法的性格が特定承継であることに鑑みれば、労働協約についてのみ、特段の取扱いをすることは適当ではないと考える。いうまでもないが、譲受会社に当該労働組合の組合員が承継されている限り、譲受会社は当該労働組合と誠実に団体交渉をする義務がある。


 (2)  合併

   合併の場合には、合併の効力発生の時に現に存在する解散会社のすべての権利義務が存続会社又は新設会社に包括的に承継されることになる。すなわち、労働関係についても、解散会社のすべての労働者の労働契約上の地位と内容は存続会社又は新設会社に包括的に承継され、解散会社が締結している労働協約はそのまま存続会社又は新設会社に承継される。このため、合併の場合には、特定承継である営業譲渡や一部の労働者の労働契約が包括承継される会社分割と異なり、労働契約や労働協約の承継について、基本的には、法的な問題はない。
   合併の際に労働契約は包括承継されるので、その際の労働条件等に関する留意事項は、労働契約が包括承継される会社分割の場合と同じである。労働契約承継法の指針の労働条件等に関する事項の記述を参考に、合併の場合の留意事項について、周知することが適当である。
   また、合併の場合にも、労働契約は承継されるとはいえ、企業組織は大きく変更されることになるので、労働組合や労働者に対して、新しい会社の概要などに関する十分な情報が提供される必要がある。この点について、営業譲渡の場合に準じて、情報提供や労使協議のあり方を示すべきである。


 (3)  会社分割

   平成13年4月1日より施行されている会社分割制度を用いた組織再編が、活発に行われるようになってきているところである。
   これに伴う労働契約の承継等に関しては、同日より労働契約承継法やこれに基づく指針等が施行され、一定の労働者保護が図られているところである。これらの施行状況をみると、施行後間もないこともあり、特別な問題は生じていないものと思われる。今後ともこの労働契約承継法やそれに基づく指針等に沿って適正な措置が講じられることが重要であり、そのための周知啓発が十分に図られることが必要である。
   会社分割については、法律施行後まだ間がなく、検証する事例も少なかったことから、本研究会では、主たる検討の対象とはしなかった。今後の状況を見つつ、必要に応じて検討することが適当であると考える。


V  おわりに

 以上のとおり、企業組織再編に伴う労働関係上の諸問題について、営業譲渡時における労働契約の承継の問題を中心に、現状把握を踏まえた検討を行ったが、特段の立法措置が必要であるとの結論にはならなかった。
 しかしながら、我が国において、営業譲渡をはじめとする企業組織再編が、今後とも活発に行われることが想定されるところであり、円滑に企業組織再編が行われるためには、企業が判例法理を含めた現行の法的枠組みを踏まえ、労働関係に配慮しつつ対応するとともに、労使間で十分な情報の提供、協議が行われることが必要である。
 このため、IVで指摘した事項を中心に、企業組織再編に当たって、企業が講ずべき措置、配慮すべき事項等に関する指針を策定し、その周知を図ることが必要である。


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企業組織再編に伴う労働関係上の諸問題に関する研究会参集者
(○は座長)

 毛塚 勝利  専修大学法学部教授
 柴田 和史  法政大学法学部教授
 内藤  恵  慶應義塾大学法学部助教授
 長岡 貞男  一橋大学イノベーション研究センター教授
 中窪 裕也  千葉大学法経学部教授
○西村健一郎 京都大学大学院法学研究科教授
 守島 基博  一橋大学大学院商学研究科教授