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[資料番号] 00015
[題  名] 日本的雇用制度の現状と展望(労働省研究会、平成7年3月中間報告)その1
[区  分] その他

[内  容]
日本的雇用制度の現状と展望
日本的雇用制度研究会中間報告(平成7年3月)

座長:白井泰四郎(日本労働研究機構顧問)
座長代理:佐藤陽子(慶應義塾大学商学部教授)
稲上毅(東京大学文学部教授)、猪木武徳(大阪大学経済学部教授)、小池和男(法政大学経営学部教授)、神代和欣(横浜国立大学経済学部教授)、佐藤博樹(法政大学経営学部教授)、清家篤(慶應義塾大学商学部教授)、樋口美雄(慶應義塾大学商学部教授)、山口浩一郎(上智大学法学部教授)

はじめに

 日本的雇用制度は,一般的には,主として我が国の大企業の基幹労働者に多くみられるいわゆる「終身雇用制」,「年功制」及び「企業別労働組合」をいうものと解されている。今次中間報告では,これらのうち「終身雇用制」と「年功制」を対象としている。長期雇用及び勤続年数とともに賃金が増加するシステムについては,程度の差はあるものの,欧米諸国においてもみられるものとなっている。
 このような日本的雇用制度については,戦前の官営企業や財閥系企業に萌芽がみられ、また,戦後,不安定な雇用関係の下,労働組合の解雇反対闘争,昇給に対する経営側の恣意的な介入反対,工職身分制の撤廃と結びついた「電産型賃金体系」(昭和21年・年齢,家族数,勤続年数を基準とする画一的な平等主義的生活賃金)の普及等の動きの中で広まってきたものとされている。これらの雇用制度は,昭和30年代,40年代に我が国経済社会が飛躍的な発展を遂げる中で確立するとともに,持続的な経済成長の原動力ともなり,一層定着していったと考えられる。
 しかしながら,長期に及んだいわゆる「平成不況」,1ドル100円を切る水準にまで達した未曾有の円高や国際競争の激化により企業の経営環境が厳しくなる一方,いわゆる団塊の世代をはじめとする中高年労働者の処遇や定年延長,今後予想される若年労働者の減少など.我が国の雇用を取り巻く状況は大きく変動している。
 本中間報告でほ,このような中で,長きにわたり効率的に機能してきた日本的雇用制度について,従来発揮してきたメリットを最大限活かしつつ,新たな状況にいかに対応すべきかを検討する。
 なお,「終身雇用制」や「年功制」が適用されている労働者はむしろ一部にすぎず,多くの女子労働者,パートタイム労働者等,日本的雇用制度の枠外にあり,自らはそのメリソトを享受できない層も存在していることにも注意を払わねばならないことは言うまでもない。
 また,官公庁などの公的セクターの労働者については,定年,再任用,俸給等が法定されているなど,雇用制度が異なることから本研究会の直接の分析対象とはしないこととした。

1.日本的雇用制度

(1)いわゆる「終身雇用制」について

 いわゆる「終身雇用制」とは,企業がその基幹労働者として新規学卒者を含め若年者を中心に採用し,継続的育成を図りつつ,おおむね企業グループ内で長期にわたり雇用を続け,よほどのことがない限り解雇することはない慣行である。
 法的には「期間の定めのない労働契約」の一種にすぎないが,裁判例によって確立された「解雇権濫用の法理」が,雇用の安定に資するところとなっている。
 「終身雇用制」は,我が国の大企業の男子正社員に典型的にみられ,一種の社会的規範化したものとして,一般に広く認識されてきた慣行である。
 「終身雇用制」の適用範囲については,いくつかの観察方法があるが,まず,東証第1部上場企業に正規従業員として雇用されている労働者数(出向労働者を除く)の全雇用労働者数に対する比率をみると,昭和44年(1969年)以降低下傾向にあり,サービス経済化の進展など経済構造の変化,更にはパートタイム労働者や登録型の派遣労働者など「終身雇用制」の枠外にある労働者の増加により,「終身雇用制」が適用されている労働者の全雇用労働者に対する割合は低下していると考えられる。
 他方,労働省「賃金構造基本統計調査」により,特に,45〜49歳層における20年以上の長期勤続者(製造業,1,000人以上,男子,大卒及び高卒,管理・事務・技術労働者)比率をみると,平成5年(1993年)で大卒は90.4%,高卒は94.0%(昭和48年(1973年)は大卒76.4%,高卒86.0%)となっており,むしろ「終身雇用制」は広がっているという考え方がある。
 以下では,「終身雇用制」を構成するいくつかの要素の特徴と考えられる点について具体的に見てみる。

1,採用

労働省「雇用動向調査」(平成5年(1993年))により,採用者の全体像をみてみると,1,000人以上規模の企業において,平成5年一年間の新規学卒採用者数(学歴計)は約33万人,中途採用者数は約42万人となっている。これを四年制大学卒業者に限ってみれば,新規学卒採用者数は約11万人,中途採用者は約6万人となっている(付注1)。
 また,本研究会「我が国の雇用制度の現状と将来展望に関する調査グルーブ(主査稲上毅)」で実施した企業アンケート調査(以下,「企業アンケート調査」(付注2)という。)によると,企業が今後の採用方針で「引き続き重視する」のは,新規・大卒男子が92.4%であり,新規・大卒女子が46.6%,スペシャリスト型人材の中途採用が37.5%となっており,企業は新規・大卒男子中心の採用を重視している。

2,長期継続雇用

 労働省「賃金構造基本統計調査」により,45〜49歳層における平均勤続年数(製造業,1,000人以上,男子,大卒及び高卒,管理・事務・技術労働者)をみると.平成5年(1993年)で大卒は平均23.0年,高卒は平均27.3年(昭和48年(1973年)は大卒21.4年,高卒23.1年)となっている。
 特に,日本の長期雇用は,大卒男子を中心とした慣行であって,一般的に大卒女子はその積極的な対象者とみなされてこなかったものと考えられる。この点について,大卒ホワイトカラーの同一企業内での継続勤務率(平均残存率)を企業アンケート調査によりみると,大卒男子ホワイトカラーでは,平成6年(1994年)1月現在30歳の者が78.9%,同40歳が70.0%,同50歳が66.2%,同60歳が33.6%であるのに対し,大卒女子ホワイトカラーで30歳の者では29.4%であり,大卒男子に比しかなり低くなっている。しかしながら,今後については,大卒女子の30歳台前半の定着率は,「高まるであろう」とするものが3割を超えている。

3,転職

 企業アンケート調査によると,大企業に勤める大卒男子ホワイトカラーも20歳台と50歳今後半という職業生活の初期と末期においてかなり移動する。つまり,年齢階層別移動率は,U字型となっている。特に,20歳台では「自発的移動」,50歳台後半では出向・転籍など「会社紹介による転職」が少なくない。

4,雇用調整

 労働省「労働経済動向調査」により,いわゆる平成不況の影響による雇用調整の状況(製造業,1,000人以上規模)をみると,雇用調整を実施した事業所の割合は最高で70%(平成5年10〜12月期)となっているが,希望退職者の募集・解雇によるものは2%と少ない。一般的に,雇用調整の手段としては,まず,残業規制を行い,その後,中途採用の削減・停止,配置転換,出向等を実施するが,一時帰休や希望退職者の募集・解雇等は比較的少ない。
 また,企業アンケート調査によると,40歳台後半以降の大卒ホワイトカラーの過剰感が「かなりある」企業は11.1%,「ややある」企業は37.l%と,合わせて約半数であるが,これら過剰感のある企業において,余剰人員にどのように対応するのかをみると,余剰人員全体を100%とした場合,「定年等の自然減」が31.1%,「子会社,関連会社等グルーブ内の企業に出向・転籍させる」が24.8%,「企業内に抱えておく」が20.9%など,余剰とされる人員全体の約77%について企業内または企業グループ内で雇用を維持しようとしている。
 なお,企業アンケート調査によると,「原則として,これからも終身雇用を維持していく」企業か56.3%,「部分的な修正はやむを得ない」が35.7%,「基本的な見直しが必要である」が5.8%などとなっており,大筋で「終身雇用制」は維持されるものと考えられる。ただし,「終身雇用制」を維持するためにも「抜擢人事など,実力主義的な処遇を強化するため」,「中高年齢層における人材格差が拡大したため」といった理由や背景から,かなりの部分においては,年功的処遇を見直した上で「終身雇用制」が維持されていくものと考えられる。

5,退職・定年制

 定年制は,労働者を一定年齢まで雇用する制度である。それは長期的に雇用を保障すると同時に,一定年齢に達した労働者が自動的に退職する仕組みである。この仕組みにより,年齢,勤続年数とともに賃金が上昇するシステムの下で,年齢が高くなるほど,労働者の生産性と賃金との間に乖離が生じる問題に対応が図られている。 労働省「雇用管理調査」(平成6年(1994年))によると,定年制を定めている1,000人以上規模企業の事務・技術部門管理職については「定年もしくは定年後まで雇用する」企業が58.4%であり,「子会社,関連会社等への出向,転籍を含め定年まで雇用する」企業が33.4%となっている(5,000人以上規模企業でみると,「定年もしくは定年後まで雇用する」企業は36.3%であり,「子会社,関連会社等への出向,転籍を含め定年まで雇用する」企業は56.5%となっている。)。まだ,企業アンケート調査によると,早期退職優遇制度を導入している企業は36.5%であり,対象となる年齢は「44歳以下」から適用している企業が5.9%,「45〜49歳」が21.8%,「50〜54歳」が50.0%,「55〜59歳」が21.3%となっている。

(2)いわゆる「年功制」について

 いわゆる「年功制」とは,賃金や昇進が,勤続年数あるいは年齢及び学歴などの要素をかなり重視して決められる慣行である。
 なお,同学歴,同一年次入社者は,ある程度の年数が経過するまではほぼ一律に処遇されることか多いが,労働者の能力や業績は,入社時から評価が始まり,労働者間でかなりの競争が展開されていることに留意することが必要である。
 また,賃金体系においても,生活に必要な費用が上昇する中高年期に多額の報酬を受け取るという形になっている。
 以下では,「終身雇用制」と同様に,「年功制」のいくつかの要素の特徴と考えられる点について具体的に見てみる。

1,昇進・昇格制度

 企業アンケート調査により入社後数年間の雇用管理の状況をみると,50.3%の企業が入社後一定の期間(平均は6.3年目),同一年次入社者のほとんどを一斉に昇格させる形の処遇を行っている。
 しかしながら,課長相当資格まで昇進できる者の比率は59.6%てあり,5年前の64.7%,5年後の予測値55.3%と合わせて考えると,従来のように労働者を役職者として処遇することが難しくなってきている。

2,賃金制度

イ 賃金カーブ
 一般には,年齢や勤続年数に応じて,賃金が上昇することを「年功賃金」と称している。労働省「賃金構造基本統計調査」によると,所定内給与額の年齢間格差は,20〜24歳層(製造業,1,000人以上,男子,大卒,管理,事務・技術労働者)を100とすると,45〜49歳層で昭和58年(1983年)には303.9だったものが,平成5年(1993年)には271.0と縮小する傾向がみられ,賃金カーブの傾斜が緩やかになってきている(付注3)。
 なお,企業アンケート調査により,対象企業の賃金プロファイルをみると,71.1%の企業が55歳から57歳を中心に賃金の上昇を鈍化させたり,下方へ修正するなどの措置を講じている。

ロ 個人間格差
 労働省「賃金構造基本統計調査」(平成5年(1993年))によると,所定内給与額の個人間格差(製造業,1,000人以上,男子,大卒,管理・事務・技術労働者の所定内給与額の中位数を100とし,第9十分位数と第1十分位数の指数及ぴ格差指数)は年齢が高くなるにしたがって拡大している。年齢ごとの格差は,30歳で33.7(第9十分位数119.6,第1十分位数85.9。以下同じ。),40歳で45.8(121.7,75.9),50歳で49.3(130.2,80.9)となっている。
 また,企業アンケート調査により,年収(総支給べ一ス)の格差分布(平均年収を100とし,トップグループの年収第9十分位数と最下位グループの年収第1十分位数の指数及び格差指数)をみると,30歳では格差は25.3(113.5,88.3。以下同じ。),40歳では37.5(121.0,83.5),50歳では48.7(127.9,79.2)となっている。

ハ 貢献と報酬
 企業アンケート調査によると,企業は,労働者の企業に対する貢献と報酬のギャップについては,25歳時点と40歳を超えた中高年層に多く,特に中高年層については,年齢とともにギャップが拡大しているとみている。具体的には,「支払われている賃金に見合うだけの貢献をしていないと思われている人」の割合は,25歳では20.0%だが,30歳,35歳では10%台と低くなり,40歳ころから再び上昇して55歳では33.4%となっている。
 また,労働者が「自分の給与と会社への貢献との関係」についてどのように考えているのかをみると,20歳台前半では「貢献より高い給与を受け取っている」と考える者の割合が21.4%と全体平均の8.l%の3倍近いが,年齢が上昇するとともに,「貢献より低い給与を受け取っている」と考える者の割合が増加し,30歳台では40%を超え,最も高くなっている。その後,40歳台になると「貢献より低い給与を受け取っている」と考える者の割合が低下している。


2.日本的雇用制度を成立させてきた状況

 これまで日本的雇用制度のあらましを観察してきたが,ここでは,このような日本的雇用制度を成立させてきた状況と,この制度がどのような点でメリットを発揮してきたのか,まだその反面どのようなデメリットを有するのかについて検討する。

(1)日本的雇用制度を成立させてきた状況

1,持続的経済成長

 昭和30年代以降,持続的な経済成長が達成される中で,企業規模が拡大し続けたことから,これに見合って企業収益も役職ポストも増え続けた。特に,国際競争力を損なわない範囲で為替レートが推移していたことから,労働コストの問題が顕在化せず,輸出主導型の成長を可能としてきた。このような中で,中高年層を役職者として処遇し,それに見合った賃金を支払う年功的処遇による長期雇用を行うことが効率的であった。

2,キャッチアップ型経済

 国内の経済構造が,欧米先進国で発明された技術を導入し,プロセスイノベーションを行うことにより,欧米諸国に追いつくことを目標とした「キャッチアップ型」構造であった。また,我が国の場合,特に,プロセスイノベーションを通して,いわゆる大量生産方式で生産量を拡大するような経済構造下の企業組織では,年功的処遇により,協調的,同質的な人材を育成することが効率的てあった。
 なお,長期雇用が保障されることにより,創造的研究に伴うリスクを企業が負担し,個人のリスクが軽減される面があったこと,また,そのシステムが労働者の創造的な仕事や研究等へのインセンティブを高め,人材の育成に寄与してきたことには留意する必要がある。

3,豊富な若年労働者

 若年労働者が豊富であったことが,企業組織のピラミッド構造を維持することを容易にするとともに,全体の労働コストを低下させることになり.中高年層を役職者として処遇し,それに見合った賃金を支払う年功的処遇が効率的であった。

4,企業内訓練による技能蓄積

 労働者の長期勤続が期待されることから,企業の教育投資意欲が高く,OJT,Off−JTを通じ,充実した企業内訓練が行われ,また,長期にわたる労働者間の競争と協力を通じて,多くの労働者が高い能力や知識を蓄積し共有することが可能であった。

5,労使の価値観の共有

 一般的に,労使間における意志疎通や情報の共有を促すことによって生産性の向上を図ることは,各国に共通に見られる現象であるが,特に,我が国の場合には,労使双方が企業の長期的成長や労働者の生活の安定などを共通の目的とし,経営家族主義や企業共同体的価値観を広く共有してきた。こうした中で,労使関係の安定や労働者の帰属意識が形成されてきた。

6,大きい転職コスト

 転職による賃金・退職金等の減少など,転職によるコストが大きく,労働者にとって同一企業に長期間勤続し,人事評価を高めることのほうが有利となるため,労働者の企業に対する高い帰属意識が維持されてさた。


(2)日本的雇用制度のメリット

1,労働者の生活と社会の安定

 企業は,多少経営環境が悪化しても,時間外労働の短縮,中途採用の停止,退職者の不補充などの雇用調整を実施し,余程のことがないかきり解雇を行わず,企業内で抱えることが通常であった。そのため,労働者としても長期的に雇用が保障され,失業の発生が最小限に抑えられるなど,労働者の生活と社会の安定に寄与してきた(付注4)。

2,計画的な人材育成と柔軟な配置転換

 企業としては,労働者の長期勤続が見込めることから,労働者への能力開発や技術習得に対する投資を積極的に実施し,問題解決と状況変化への対処能力を備えた人材を効率的,計画的に育成し,高い労働生産性を実現することが可能であった。
 また,このような人材育成は,産業構造の変化等に対応する柔軟な配置転換を容易にし,企業の発展をもたらしてきた。

5,労働者の高い帰属意識

 企業の成長が労働者に対する長期の雇用を保障する中で,労働者が企業に対する高い帰属意識や仕事へのモラールを持ち,企業人としての一体感が維持されてきた。特に,企業が長期にわたる人材評価とそれに基つく人材選抜を行うため,労働者が昇進インセンティブを持ち続げるなど,労働に対するモティベーションが維持されてきた。


(3)日本的雇用制度のデメリット

1,労働市場の閉鎖性

 新規四大学卒者を基幹労働者として一括採用し,長期にわたり雇用することは,それ以外の人々に対する参入を妨げてきたとの認識を生み出している。特に,一部の企業においては,中途採用の途が事実上閉ざされていたり,また,中途採用されても基幹労働者として十分に処遇されることが困難である。このような中て,自己のキャリア形成や職業生活の充実のため転職することが困難となっている。

2,女子労働者の疎外

 長期勤続の見込まれる男子労働者を中心に採用,処遇等が行われているため,多くの女子労働者は新規採用段階がら雇用の機会に十分恵まれないなど,長期雇用の枠外におかれている。さらに,育児等でいったん離職すると今まで培ってきたキャリアを活かせる職場に再就職したり,再就職できたとしても十分な処遇を受けることが困難となっている。

3,会社人間化

 職場の中ての和が重視され,また,長期的に人材評価が行われる中で,仕事以外の面も含めた企業に対する高いコミットメントが評価に含まれることから,いわゆる「会社人間化」が進んでいる。

4,創造的人材の埋没

 従来,我が国では,主として「キャッチアップ型」経済下の生産システムに対応するよう,同質的な人材の育成を進めてきた。そのため,創造性や独自性の強い労働者は.それを発揮する機会を失いがちであったり,労働者全体の協調性を尊重する風土の下で,それらが十分に発揮されることのないように管理されるなど,創造的人材や起業家精神の高い人材が,均一的管理システムの中に埋没してしまいがちであるという考え方がある。
 他方,創造的な仕事や研究等は失敗する確率が高いため,ある程度長期の雇用が保障がされず,失敗のリスクを労働者本人に帰するような雇用制度の下では,有能な人材の創造的な仕事や研究等への取り組むインセンティブが高まらず,創造的人材の育成が困難であるとの考え方もある。

5,労務コストの増大

 企業内の労働力構成か高齢化する中で,労働者の勤続年数の長期化や中間管理職層の増加が労務コストの上昇をもたらしている。加えて,円高の進行,国際競争の激化等により,日本企業の競争力が弱まっていることが懸念されている。


3.日本的雇用制度の変化の背景・要因

 「2.日本的雇用制度を成立させてきた状況」で検討したような日本的雇用制度を取り巻く状況が変化しつつある。そのため,従来の雇用制度もそれに対応した形で変容せざるをえない部分も生じてきている。以下では,日本的雇用制度を取り巻くいくつかの変化について検討した。


(1)長期の不況,急激な円高の進展などによる企業の経営環境の悪化

 長期にわたる.いわゆる「平成不況」により,ほぼ全産業で企業収益が減少を続けるなど企業活動に深刻な影響が及び,その後景気が回復期に入っても好況期の水準の収益を上げることが期待できないなど,企業の経営環境は非常に厳しい状況が続いている。昭和48年(1973年)の石油危機や60年(1985年)のブラザ合意後の円高等の際にも,同様に経営環境が悪化し,生産現場を中心に労働者の希望退職等の雇用調整が行われたが.今回の不況においては,中でも,為替レートが急騰した結果,国内における労働コストが相対的に上昇したため,国際競争力が弱まり,生産拠点の海外移転や輸入代替,サービス貿易の自由化を進めざるを得ないなど我か国企業は一層厳しい状況に置かれている。
 このように厳しい経営環境か持続する中,多くの企業は人員削減も含めたリストラクチャリングによるコストの削減を余儀なくされており,中高年労働者の雇用の維持が困難になってきている。

(2)産業構造の変化

 現在,上記のように輸出依存型産業や企業か厳しい状況にあり,企業戦略の見直しや組織・人員のスリム化を進めている。また,経済の国際化や規制緩和の進展等により,産業構造はもとより,企業組織も大きく変化すると見込まれている。特に,情報通信分野,環境分野,医療福祉分野,教育分野など,今後成長が見込まれる分野に必要な人材が供給でき,衰退分野については,可能な限り新業態への転換を支援することが重要である。このため,これら新たな分野についての人材二一ズを適切に把握した上で,これらの分野で活躍できる人材を養成するに十分な能力開発を計画的に行うとともに,これらの人材を適切に配置できるようなシステムが求められてきている。
 更に,新分野へ移動することが必要となる労働者について,新たな分野に就業するために必要となる能力の開発をすすめる仕組みや失業を経ることなく,転職を行うことができるよう,転職者を強力に支援する仕組みを整備するとともに,転居など移動に伴う負担を軽減するなど,その生活の安定にも十分配慮していくことが必要である。

(3)労動力供給構造の変化

1,若年労働者の減少

 出生率の低下等により,若年労働力の供給が減少する。厚生省人口問題研究所「日本の将来推計人口」(平成4年9月)によると平成5年(1993年)において,20歳台前半層は,約983万人(生産年齢人口に占める比率は11.3%)であるが,平成22年(2010年)には約644万人(同7.9%)と減少する。また,労働省職業安定局の推計によると,15歳〜29歳層の若年労働者は,平成12年(2000年)の1,556万人をピークに減少する(平成22年(2010年)は,1,190万人)。この結果,若年労働者の確保が困難となったり,雇用コストが上昇したりするものと見込まれる。このため,従来のピラミッド型組織の維持や年功的処遇が困難となるとの見方もある。

2,中高年齢者の増加等

 厚生省人口問題研究所「日本の将来推計人口」(平成4年9月)によると平成5年(1993年)において,45歳以上の人口は,約5,028万人であるが,平成22年(2010年)には約6,187万人と増加する。これら中高年者のうち,とりわけ,昭和22〜24年(1947〜1949年)生まれ(現在46−48歳)の役職適齢期にあるいわゆる団塊の世代を,現在の企業の組織や年功的昇進・昇格制度のもとでは,特に大卒ホワイトカラーを中心に従来のように役職者として処遇することが困難となる。このため,これら急増する中高年ホワイトカラーを新たな方法で有効活用する必要性が増大する。
 企業アンケート調査により,中高年ホワイトカラーの殆とを定年まで雇い続けるために必要な条件について企業の考え方をみると,「専門職制度の拡充による役職昇進にこだわらない風土作り」(56.1%),「実力主義昇進(抜擢人事や降格人事)の実施」(46.8%),「役職定年制を導入拡充」(35.0%)といったことが指摘されている。

3,多様な就労形態の必要性の高まり

 女性の職場進出が進展しているが,出産・育児等で一旦退職すると十分に能力を発揮できながったこれらの者も一層活躍できることが重要になってきている。
 さらに,高齢化が進展する中で,定年後も働く意欲を持つ労働者が多数おり,60歳を超える高齢者の就労も一層重要な課題となってきているところである。これらの者は体力等の個人差が大きいことから,この点に十分配慮しつつ,豊富な技能や経験を有する高齢者か活躍できるようにすることが必要となっている。

(4)組織の活性化のための異質化管理の重要性の増大

 我が国は,経済規模,技術水準共に欧米先進諸国に追いつき,今やフロントランナーに転じたと言っても過言でない。このため,従来のキャッチアップ型経済時代のように先進諸国の技術を導入し,プロセスイノベーションを推進するばかりではなく,創造的な技術,ノウハウ等についても,これまで以上に研究・開発を行うことが必要になっている。
 今後,規制緩和等で企業間競争が激化したり,新たな事業分野の展開の必要性が高まることも予想されるほか,サービス経済化が進展する中で,女性などこれまで十分に活用されてこなかった人材への二一ズが高まっている。このため,従来の人材活用の枠組みに加え,新たな人材登用の枠組みの構築が求められている。

(5)キャリアパスの多様化

 個人の生活を尊重する考え方が拡まる中で,企業に対する過度のコミットメントを問題視する動きが高まっている。一方,管理職としてのキャリアを希望する者のみならず,自己の専門的能力を高めたいとする者も増えるなど,価値観の多様化が進んでいる。さらに,上司,部下との間で年齢をさほど気にしないとする者がかなりみられる。このため,個々の労働者について一律的な対応が困難となってくるほか,キャリアパスの多様化に対応した柔軟な人事管理が必要となってきている。

4.日本的雇用制度の将来像(この部分は資料その2として掲載)