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労働安全衛生法の改正に向けた提言
「今後の労働安全衛生対策の在り方に係る検討会報告書」
厚生労働省・平成16年8月
【資料のワンポイント解説】
1.労働安全衛生法(昭和47年法律第57号)の改正に向けた厚生労働省「今後の労働安全衛生対策の在り方に係る検討会報告書」である。
2.検討会は、検討の視点の中でも、とくに法改正を伴う具体的な対応が必要な社会経済情勢の変化として、つぎの点に注目した。
「昨今の社会経済情勢の変革の中で、企業においては、製品寿命の短縮、多品種少量生産の進展等に伴う生産様式の変化、業務請負等のアウトソーシングの増大、合併・分社化による組織形態の変化、企業内の組織の再編が進行し、また、労働者においては、就業形態の多様化、雇用の流動化等が進行している。このため、所属や就業形態の異なる労働者の混在が一般化し、安全配慮義務を負うべき事業者の範囲が曖昧になっている。さらには世代の交代に伴い安全衛生に関わるノウハウが伝承されないことによる「現場力」(現場における人材力)の低下、安全衛生管理組織の縮小、業務の質的、量的変化による労働者の負担の増大等、労働現場における様々な変化が進行してきていると考えられる。」
3.従って、提言内容の多くもこれに沿ったものとなった。
以下、注目される提言について、ワンコメント。
(1)報告書は、安全衛生管理手法について、「先取り的に予防対策を導入する手法への転換」が必要との認識を示し、事業場におけるリスクアセスメント(リスクの特定・評価・低減措置)の定着を図ることが効果的であるとする。報告書はこのための活動に法的根拠の整備が必要とするが、とくに異論はないだろう。
(2)事業場の自主的な対策を推進するためには、インセンティブが必要として3つの具体的提言を行っている。このうち、Bの「企業名の顕彰、マネジメントシステムが確立されていることを表す標章使用の許容」あたりは検討の価値があるように思われるが、@、Aなどは、疑問符のつく措置である。
そもそも、「安全・快適・健康」に優れた環境の実現された事業場は、労働者にとっても、その家族にとっても、事業主にとっても異論のない、その追求自体がインセンティブたり得るテーマである。安全に優れた事業場は、品質管理・顧客対応にも優れた事業場であることは、もはや、定説である。姑息なインセンティブの考案や補助金の類が、功を奏する例は少ない。安全を追求する姿勢自体が社会的評価を受け、それが最大のインセンティブとなる、そのような社会への誘導政策に力を入れるべきだ。
(3)安全衛生委員会の活性化にかかる提言には、新鮮味がない。それだけ難しい問題でもあるのだが、現実問題として、個別事業場において発生する労働災害は、(業種にもよるが)数年に一回発生するかどうかといった頻度であろうから、これを主テーマに毎月1回の委員会を開催するのでは、マンネリ化を打破できないということも理解できなくはない。かたや「衛生」については、この用語自体が、(この分野に専門的に携わっているのでない限り、)従業員の現実感覚にフィットしないのかも知れない。いまや、衛生分野の主題は、健康管理。委員会名称に柔軟性をもたせる工夫もあってよいのかも知れない。
(4)衛生管理者について、事業場に直接雇用されていない者でも選任できる仕組みが必要であるとの提言については、運用次第ではその活動が職場から遊離する危険もある。雇用関係を問わない場合でも、職場に常駐し、職場実態を肌で感じ取れるようでなければ、今後、重要な職務となっていく労働者の健康管理やメンタル管理の推進は困難であるから必要な担保措置が講ぜられるべきた。(委任、委託契約は好ましくない。重複受託によって職務遂行の形骸化が見られる産業医制度の轍は踏まないようにしなければならない。)
(5)報告書のつぎの提言は極めて妥当であり、所要の効果が期待できると思われる。
a. 「同一の作業場所において元方事業者と請負事業者が作業を行う場合には、同一作業場で作業する労働者について、一元的に連絡調整等の安全衛生管理を行う統括的な管理を行うべきであり、その主体は元方・請負の契約関係から元方事業者であることが適当である」
b.「保守等の作業を外注化する場合、注文者が施設・設備に内在する危険・有害性を請負事業者に知らせないまま発注し」ている現状への必要な対応
c.「注文者が請負事業者に施設・設備を使用させて作業を行わせる場合、請負事業者が当該施設・設備に関し管理権原を有していないことから、当該施設・設備等に関する労働災害防止のための措置を行う必要性がある」
H16.8 労務安全情報センター
今後の労働安全衛生対策の在り方に係る検討会報告書
平成16年8月
目次 1.今後の労働安全衛生対策の在り方に関する検討 |
1.今後の労働安全衛生対策の在り方に関する検討
(1) 検討の視点
ア 昭和47年に制定された労働安全衛生法は、多発する労働災害に歯止めをかけることを目指し、当時労働基準法等の中に定められていた安全衛生確保のための条文を独立させ、体系化することにより創設された。労働安全衛生法においては、労働災害の防止のための危害防止基準の確立、責任体制の明確化及び自主的活動の促進の措置を講ずる等防止に関する総合的な対策を推進することにより、労働者の安全と健康の確保を図ることとしている。具体的には、第10次の労働災害防止計画を策定し、種々の施策を講じているところである。
イ しかし、現状をみると、労働災害は長期的に減少してきたとはいえ、労災保険の新規受給者数は今なお年間52万人を超え、そのうち重篤な休業4日以上の死傷者数は約12
万6千人となっており、一度に3名以上が被災する重大災害は昭和60年以降増加傾向で推移している。さらに、「過労死」等の労災認定件数は高い水準で推移しており、化学物質等による健康障害も後を絶たない。
ウ また、昨今の社会経済情勢の変革の中で、企業においては、製品寿命の短縮、多品種少量生産の進展等に伴う生産様式の変化、業務請負等のアウトソーシングの増大、合併・分社化による組織形態の変化、企業内の組織の再編が進行し、また、労働者においては、就業形態の多様化、雇用の流動化等が進行している。このため、所属や就業形態の異なる労働者の混在が一般化し、安全配慮義務を負うべき事業者の範囲が曖昧になっている。さらには世代の交代に伴い安全衛生に関わるノウハウが伝承されないことによる「現場力」(現場における人材力)の低下、安全衛生管理組織の縮小、業務の質的、量的変化による労働者の負担の増大等、労働現場における様々な変化が進行してきていると考えられる。
エ このような状況下において、昨年の夏以降、製鉄所における溶鋼の流出災害、ガスタンクの爆発災害、油槽所におけるガソリンタンクの火災災害、タイヤ製造工場における火災事故等、我が国を代表する企業において重大災害が頻発した。
このため、関連する3省庁共同で設置した産業事故災害防止対策推進関係省庁連絡会議において、火災、爆発災害等が多発する原因及び今後取り組むべき事項が検討され、また、厚生労働省においては、安全管理活動の充実を図る観点から大規模製造事業場に対する自主点検が行われた、。その結果災害発生率が高い事業場では、
@事業場のトップ自らによる率先した安全管理活動の実施が不十分であること
A事業場のトップが安全管理に必要な人員・経験や経費に不足感を持っていること
B下請等の協力会社との安全管理の連携や情報交換が不十分であること
C労使が協力して安全問題を調査審議する場である安全委員会の活動が低調であること
D入社後の定期的な現場労働者への再教育や作業マニュアルの見直しが不十分であること
E設備・作業の危険性の大きさを評価し、災害を防ぐための措置を実施することが低調であること
が明らかとされた。
このような問題に対応し、重大災害の確実な減少を図るためには、
@事業場のトップによる安全衛生方針の表明
A安全委員会の活性化
B所属元の異なる労働者が混在している事業場における関係者相互の確実な連絡調整の確保
C安全管理者に対する選任時等の教育の充実
D雇入れ時あるいは作業転換時などの労働者に対する安全教育の充実
E職場の危険箇所の特定・評価及びそれに基づく対策の徹底
F設備の適切な維持管理の確保等
に加え、所要の法令・基準・制度の整備、ガイドライン・マニュアル等の策定による災害防止対策の推進を確実に図ることが重要であるとされる報告、分析結果がとりまとめられたところである。
オ 国際的にも、EU における安全衛生枠組指令の策定、ILO における労働安全衛生マネジメントシステムに関するガイドラインの策定、ISO における企業の社会的責任に関するガイドラインの策定着手等、事業者の自主的取組の尊重、リスクの先取りの重視という発想に基づく動きが活発である、。また機械関係ではEU
機械指令、ISO12100 等が策定され、安全に設計された機械の供給という考え方が重視されるようになってきている。
リスク並びにリスクの評価及び管理(マネジメント)は、安全を扱う欧米の法令では重要な概念になっており、国内法においても医療や食品の分野ではリスク及びリスク評価の概念が存在している。
カ 経済再生運営と構造改革に関する基本方針2004(骨太の方針)においても、新たな成長に向けた課題の一つとして人間力の抜本的な強化に取り組むことが掲げられ、また、国際環境の厳しさが増す中で、安全と安心が重点課題として示されている、。我が国における安全衛生対策を推進することはこの流れに沿うものであり、ひいては我が国の活力の向上につながるものである。
キ もとより、労働者の作業環境、作業に潜在する危険を把握し、それを除去・軽減することにより労働者の安全を確保することは事業者の基本的な責務である。幾多の裁判例においても事業者の安全配慮義務の存在を前提に損害賠償の請求が認められている。さらに、近年、企業活動において企業の社会的責任が厳しく問われており、重要なステークホルダーである労働者の安全と健康を守ることはこの社会的責任の考え方の大きな要素の一つとなっている。安全衛生の分野においては、方針、目標の設定、経営資源の配分等に決定権を有する経営トップの役割は極めて重要であり、率先垂範して安全衛生活動を推進することが求められる。
国も従来から各作業に内在する危険を避けるための最小限行うべき対策については法令で示しその遵守を求めてきた。しかしながら、国が示しうるのは各事業場に共通するいわば最大公約数の基本的な対策であり、事業場の個々の作業を網羅するものではない。事実法令違反が認められない死亡事故も起こっている。加えて技術革新の進展により生産手段の多様化も進んでいる。
事業者は法令に定められた措置を実施するだけでなく、事業場個別の特性に応じて安全衛生対策を講ずる必要がある。国はその努力を支援しなければならない。
また、労働災害を減少させていく上で労働者の役割も重要である。労働災害で最大の被害を被るのは労働者当人であり、また、労働災害の危険を予知しやすい立場にいる。労働安全衛生法においても労働者の責務が定められているが、その中心は事業者の講ずる措置に対する対応義務に限られている。労働者の安全意識を高め、労働者も主体的、かつ、積極的に労働災害の防止活動に参加することが望まれる。
ク 事業者の自主的な安全衛生対策を推進するためには事業場の労使で構成する安全衛生委員会の役割は重要である。職場の安全衛生に関わる労使が「労働者の危険を防止するための基本となるべき対策に係ること」等を審議することにより、労使双方の労働災害防止に対する意識が高まることが期待される。
ケ 今までの労働安全衛生法は、労働者の安全と健康を確保するために最低限必要な措置につき法令で定め、その遵守を図ることを基本として法の仕組みが組み立てられている。この仕組みを維持しつつ、今一度労働災害の大幅な減少を実現するために、労働安全衛生法の基本的な考え方を、後追い的に個別の予防対策を追加していく手法から先取り的に予防対策を導入する手法に転換し、事業者が積極的に自ら危険・有害な状況を把握し、その除去・低減を図ることとする制度的な環境整備が重要である。事業者の自主的な活動が十分充実していれば、さらに国が施設・設備の設置計画等につき事前チェックを行ったり直接事業場を指導する必要性も減少し、安全衛生水準に問題のある中小企業等に対して、安全衛生行政の活動を強化することも可能となろう。
コ 以上の状況の下で、今後、企業及び労働者を取り巻く社会構造の変化に対応し、爆発災害をはじめとする重大災害の増加をくい止め、さらに労働災害の一層の減少を図るためには、労働安全衛生関係法令に基づく最低基準の履行確保に加え、事業者による自主的な安全衛生活動の一層の充実を図り、職場のリスクの確実な低減に取り組むこと及び多様化した就業形態を踏まえた安全衛生管理体制の確立が必要である。このため、
@事業者による自主的な安全衛生への取組を促進するための環境整備
A元請等を通じた安全衛生管理体制の実現
B@、A以外で、安全衛生対策上検討すべき事項
等の新たな課題について検討を行い、今後の安全衛生対策の在り方をとりまとめることとした。
(2) 検討の経緯
今後の安全衛生対策の在り方について検討を行うため、別紙の参集者による検討会を設置し、平成16年3月29日から8月4日まで、6回開催した。その間、職場の実態等を把握するため、企業、業界団体からヒアリングを実施した。
2.職場における安全衛生をめぐる現状
(1) 労働安全衛生法体系に基づく対策の推進
労働安全衛生法は、安全衛生確保のための総合的な法制として立法化されたものであり、本法においては、事業者が講ずべき危害防止措置の他、事業場内や混在作業場所における安全管理体制の構築、機械、化学物質に関する製造、流通段階での規制、国による各種の援助措置等の幅広い規定が設けられており、また、本法の委任を受けてより具体的な措置内容を定めた労働安全衛生規則、特別則が制定されている。
これら労働安全衛生関係法令に規定された安全衛生管理体制、安全衛生基準等は、労働災害防止に関する科学的知見や多くの災害事例を含む過去の経験から得られた最低限行うべき措置として列挙したものである。これを担保するために第三者による確認が必要なものについては、検査・検定制度の対象とされ、また、計画届の提出等の措置が採られている。また、特に危険な作業については有資格者以外の就業制限や作業主任者の選任により安全衛生が確保されてきた。
労働安全衛生法はこのように事業者等に対して各種措置義務を課すとともに、安全衛生改善計画の作成・実施、労働安全衛生コンサルタントの活用等事業者の自主的な取組を促進することにより、労働災害防止対策を推進してきた。
さらに、事業場において自律的に労働災害防止対策が推進される仕組みである、労働安全衛生マネジメントシステムの導入を推進するため、「労働安全衛生マネジメントシステムに関する指針」を労働安全衛生規則に基づいて公表している。
(2) 労働災害の発生状況
労働災害による死亡者数は昭和36年に過去最高の6,712 人を記録し、その後も6 千人前後で推移していたが、昭和47年の労働安全衛生法制定を契機に5,631
人から昭和51 年には3,345 人とわずか4年で40%以上減少したが、平成15年においてもなお1,628 人の方が亡くなっている。
なお、」、「過労死等に係る労災認定件数は平成15年度には312 件うち死亡は157 件に達し、精神障害等の労災認定件数は108 件、うち自殺は40 件に達している。
休業4日以上の死傷者数については、平成15年には約12万6千人となっており、労災保険新規受給者数については、平成14年には52万人台となっている。度数率についても近年大きな変化はなく、平成15年は1.78
となっている。
一方、重大災害については、昭和48年に331 件であったものが昭和60年に141 件まで減少したのち増加に転じ、増減を繰り返しながら現在まで増加傾向が続いている。平成15年は249
件の重大災害が発生しており、これは昭和50年代前半の水準である。
昨年発生した主な労働災害等についてみると、製鉄所のコークスガスタンクにおける爆発災害、タイヤ工場における火災、油槽所における火災等、我が国を代表する大規模な製造業において、爆発・火災等の一般公衆に影響を与える大きな災害が発生していることが特徴として挙げられる。これらの災害によって、当該事業場を含む企業グループでは、それぞれ100億円から400億円の損害を見込んでおり、企業経営に大きな影響を与えている。
本年に入ってからも、複数の労働者が死傷する大規模な労働災害の発生が続いている。
(3) 職場における安全衛生活動の現状
ア 経営トップの取組
労働災害防止において、経営トップの活動が重要であることはもちろんであるが、これを裏付けるものとして、産業事故災害防止対策推進関係省庁連絡会議の中間とりまとめにおいては、産業事故災害防止上の問題点として、経営トップの認識や取組が安全確保を図る上で非常に重要であり、経営トップを中心とした全社的な取組が功を奏している事例が見られる一方、事故が発生した産業施設では危機管理意識が希薄と思われる事例がみられたとされている。
当検討会が行った企業ヒアリングにおいても、経営トップが安全に関して強い姿勢を表明したことによって、安全管理部門の仕事がやりやすくなったという事例があった。
また、厚生労働省の大規模製造事業場に対する自主点検結果において全体を労働災害の発生率でみて五分位に分けて比較したところ、事業場のトップが年間の安全管理活動計画の作成に積極的に関与しているとするところは、最も災害発生率が低い第1五分位では75.3%であるのに対して、最も災害発生率が高い第5五分位では65.8%と10
ポイント程度の差がみられた。事業場トップが自ら行う他の安全管理活動についても、第1五分位と第5五分位との間で概ね10 ポイント程度の差がみられた。事業場のトップが安全活動に関与する項目数が増えるに従って災害発生率が低下する傾向もみられている。
イ 下請等の協力会社等との連携
下請等の協力会社等との連携については、産業事故災害防止対策推進関係省庁連絡会議の中間とりまとめにおいて、下請、二次受け業者等が保安関連業務を行う事例が増加しているが、これらの業者に対する安全確保面での連携が十分行われていないおそれがあると指摘されている。
実際に、注文者が所有する設備の保守点検等を下請に行わせた際に、危険性・有害性に関する情報が提供されなかったこと等の安全衛生管理上の問題があったことに起因する死亡災害も発生しているところである。
大規模製造事業場に対する自主点検結果によれば、元方事業者と協力会社の災害の発生率を比較すると、千人率が5.09 と11.3 と、協力会社が2倍以上高くなっている。さらに、作業間の連絡調整の実施状況をみると、「安全担当を含めて、定期的に進捗状況の把握及び再調整」、「安全担当を含めて、当初計画段階で調整」を行っている割合をみると、第1五分位が第5五分位を17
から18 ポイント上回っている。協議組織の設置運営、作業場所の巡視においても同レベルである。
また、危険に係る情報の伝達方法については、大規模製造事業場に対する自主点検結果によれば、文書と共に工事開始前に必ず現場で工事内容を確認しているところの千人率が、4.40
であるのに対し特に知らせていないところでは年千人率が11.8 であった。
ウ 安全衛生委員会の活動
平成12年労働安全衛生基本調査によれば、安全委員会、衛生委員会又は安全衛生委員会における議題は」、「職場環境の向上に関する検討、「労働災害の原因及び再発防止対策の検討」等が、80%弱であるが「労働災害防止計画の作成、評価及び見直し」は50%強となっており、安全衛生水準を継続的に向上させるために安全衛生員会を活用することは十分普及していない。
大規模製造事業場に対する自主点検結果によれば、安全委員会において「安全管理体制の検証、見直し」について審議した事業場は第1五分位では68.5%であるが第5五分位では、56.6%と、約12
ポイントの差があり「安全に関する新たな規定の作成、改訂」、「設備等の新設・変更を行う場合の安全面からの事前評価等」等、いずれの項目についても第1五分位と第5五分位と間に、10
数ポイントの差がみられている。
また、安全衛生委員会で活発な意見交換が行われており、結果が現場の改善に反映しているところの年千人率は4.98 であるのに対し、伝達事項や現場等からの報告事項が主体で意見交換は十分行われているとはいえないところの年千人率は7.19
であった。
総合的な安全衛生管理手法の調査検討(中央労働災害防止協会;平成10 年度) によれば、安全衛生委員会の合意事項の80%を実施しているのは、安全衛生員会活動の活発な事業場では78.0%であるのに対し、不活発な事業場では28.5%となっている。
安全衛生委員会の活動についてはマンネリ化が指摘されているが、企業ヒアリングにおいてもマンネリ化を感じているとする事例がみられた。
エ 安全衛生教育の実施状況
平成12年労働安全衛生基本調査によれば、安全衛生教育を実施している事業所のうち、「常用労働者として新しく雇い入れた労働者」に対して教育を行っているのは、90.1%であるが「作業内容を変更したときの関係労働者」では51.1%、「新しく就任した職長、現場監督者、主任等」については27.6%、「新しく就任した安全管理者(安全衛生推進者)」は15.3%となっている。
また、大規模製造事業場に対する自主点検結果においては、現在の安全担当部署のスタッフの知識・経験に係る総括安全衛生管理者の認識について、「十分」としているところの年千人率が4.19
であるのに対して、不足しているところの年千人率は8.50 となっている。企業ヒアリングにおいても、管理監督者、特に管理者層の知識が不足しているという指摘があった。
安全衛生教育実施計画の作成については、作成している事業場の年千人率が5.05 であるのに対して、作成していない事業場は9.72 に達している。現場労働者に対する定期的な再教育についてみると、実施している事業場の年千人率は4.81
であるが、実施していない事業場は6.55 となっている。
(4) 労働者を取り巻く社会経済情勢の変化
ア 企業内の安全衛生管理の変化
検討の視点にあるとおり、社会経済情勢の変革の流れの中で、企業内の安全衛生管理についても、変化がみられる。
産業事故災害防止対策推進関係省庁連絡会議の中間とりまとめでは、製造現場で起こっていることとして、個々の産業施設における火災・爆発等の発生頻度は比較的小さいために潜在的危険性や安全対策の重要性が認識されにくくなっていること、産業技術の進展等に伴い施設インフラや操業・管理手法等が高度化・自動化していることから一般従業員が危険を体感する機会がきわめて少なくなっており安全への慣れ」が生じているとしている。また、産業技術の進展等による高度化・自動化、アウトソーシング化等により業務の合理化・効率化が図られているが、これに対応した安全対策の見直しが十分図られているとは言い難い面があるほか、合理化に付随して産業施設に精通した者が減少等し、安全確保面での知識や技術が次世代に円滑に伝承されにくくなっており、従業員の災害発生時の適切な対応に困難が生じているとも指摘している。
平成15年度ものづくり基盤技術振興基本法に基づく年次報告(ものづくり白書) においても、産業事故災害防止対策推進関係省庁連絡会議と同様の認識のもとに、事業場において安全管理に必要な能力を確保していくことが求められているとされている。
また、社団法人日本経済団体連合会経営労働政策委員会報告2004においても、従来ほとんど起こらなかった工場での大規模な事故が頻発しているとした上で、この問題を」「現場力、すなわち現場の人材力の低下の反映と認識すべきとしている。
また、高度な技能や知的熟練を持つ現場の人材の減少、過度の成果志向による従業員への圧力が原因との指摘があることを紹介している。
本検討会が行った企業ヒアリングにおいても、安全衛生管理部門の人数が大幅に減少している例がみられたところであり、企業の安全衛生管理体制は、従来と同様の能力を維持していないのではないかと懸念されている。
総務省労働力調査の平成15年平均から労働者数の年齢階層別にみると、就業者に占める50代の割合は、、、特に製造業建設業において他の年齢層に比べ大きい。
今後「団塊の世代」に当たる50代の労働者の相当数が定年を迎え、退職することが予想され、その際、世代交代とともに安全衛生管理に係るノウハウが失われることによって安全衛生水準が低下するおそれがあることから、技術・技能が現場に確実に継承されるような仕組みを考える時期がきている。
イ 所属等の異なる労働者の混在の進行業務請負等のアウトソーシングの増大、合併・分社化による組織形態の変化、企業内の組織の再編や、就業形態の多様化、雇用の流動化等が進行していることにより、所属や就業形態の異なる労働者の混在が一般化している。
総務省事業所・企業統計調査によれば、派遣・請負労働者数は平成8年に192 万人であったが、5年後の平成13年には216 万人と12.5%増加している。製造業に限ってみれば49
万人から63 万人と28.6%の大幅な増加となっており、業務請負等として働く労働者の数は大きく伸びている。
また、派遣・下請のいる事業所でみても、平成8年に7 21 万千事業所であったものが3 9 23 万千事業所と、9.8%の増加となっている。製造業については、万8
千事業所から4 万事業所に5.1%増加している。
分社化についても、分社化により設立された企業数は、平成10年から11年及び平成12年から13年にはそれぞれ約2,000 に達しており、平成8年から9年にかけて設立された企業数の2倍以上となっている。製造業についてみると、分社化により設立された企業数は平成10年から11年及び平成12年から13年は330
前後で推移し、全産業と同様に平成8年から9年にかけて設立された企業数の2倍以上となっている。
ウ 業務の変化による労働者の負担の増大
労働者の負担については、厚生労働省平成14年労働者健康状況調査によると、仕事による強い不安、ストレスを抱える労働者は6割以上に達しており、また、一般定期健康診断の結果、脳・心臓疾患につながる所見をはじめとして何らかの所見を有する労働者の割合が増加している。
また、「過労死」等及び精神障害等に関する労災認定件数は、前述のとおりであり、高水準で推移している。
(5) 企業の社会的責任からみた安全衛生対策
最近の不祥事の多発等を受けて、企業においては、社会的公正や環境などへの配慮を組み込み、労働者、投資家、地域社会等のステークホルダーに対して責任ある行動をとるとともに、説明責任を果たしていくことが求められている。こうした考え方は企業の社会的責任(CSR:Corporate
Social Responsibility)と呼ばれ、欧米では企業が社会的責任を果たしているかどうかを基準に投資する社会的責任投資(SRI:Socially
Responsible Investment)と呼ばれる投資運動が普及している。
企業がCSR として取り組む分野は、コーポレート・ガバナンスや環境分野、社会分野など多岐にわたっているが、社会分野の一つの要素である「労働」については、環境などに比べて取組は決して十分に進んでいるとはいえない。
企業は人や物、資金と言った経営資源を活用して、財を生産したりサービスを提供し、社会的な価値を創造する主体である。その際、企業は社会の一員であり、社会と無関係であり得ない存在であることに鑑みると、社会の多様なステークホルダーへの影響を十分に考慮しながら活動を行っていく必要がある。なかでも、労働者をはじめとした「人」に関する取組については、他とは異なる特別な配慮が必要になる。労働者の働き方等に十分な考慮を行い、かけがえのない個性や能力を活かせるようにしていくことは、「公器としての企業」にとって、本来的な責務である。
労働災害や長時間労働、ストレスの増大等によって労働者の安全と健康が損なわれると、企業には経済的損失が発生する。こうした中、「人」の観点からも持続可能な発展を実現する社会を形成していくことが重要となっており、CSR
において労働者の安全衛生対策を考慮することは、重要性を増している。
また、CSR についても、ISO においてガイドライン策定に着手することとされている。
(6) 安全衛生施策等に関する海外の状況
米国では、1982年より自主的予防プログラム(VPP:Voluntary Protection Program) と呼ばれる自主管理制度を導入している。この制度は、包括的な安全衛生管理を自主的に行っていく意思を持ち、この旨を安全衛生庁へ申請をした事業場に対して、書類審査と現場視察を行ったのち、VPP
参加事業場として認定するものであり、認定事業場は定期監督の免除などのインセンティブ措置がとられるといった制度である。これまでに約900の事業場が認定されているところであるが、この認定については、安全衛生管理システムが有効に機能しているかというシステム監査的な事項に加えて、過去三年間の災害と疾病の発生率が同じ産業の平均発生率を下回っていることが要求されるなど、仕組みだけでなく実績評価の要素も有している点が特徴である。
労働安全衛生マネジメントシステムについては、我が国においては、平成11年に「労働安全衛生マネジメントシステムに関する指針」が策定されているが、平成13
年(2001年)にはILOが「労働安全衛生マネジメントシステムに関するガイドライン」を公表しており、各国においてもガイドラインの策定が進められている。
EUにおいては、1989年に「EU労働安全衛生の改善を促進する措置の導入に関する欧州理事会指令(89/391/EEC)」(EU労働安全衛生枠組指令)が採択され、労働者の安全と健康の改善を促進するための対策を導入すべきであるとの認識の下に、リスクアセスメントに基づく安全衛生確保措置の体系を導入することとされ、EU加盟国においては、国内の法制度等の整備を1992年末までに進めることとされ、主要国では国内法での整備が行われた。
また、1989年に「機械に係る加盟国法令の接近に関する理事会指令(89/392/ EEC)」(EU機械指令)が策定されているが、その後幾度かの改正を経て、199
8年には機械指令の整理統合がなされた(98/37/EC)。機械指令においては、EU域内で流通する機械は、健康と安全の必須要求事項を満たさなければならないこと、製造業者等は機械の適合性評価を行わなければならないこと等が定められている。
ISO においては、機械の設計者が危険源を同定し、リスクの評価を行って、許容できないリスクについてはリスク低減措置をとり、除去できなかったリスクについては使用上の情報をユーザーに提供するという機械の包括的安全基準が2003年にISO12100
として規格化されている。我が国においても、平成13年(2001年) に機械の包括的な安全基準に関する指針が厚生労働省労働基準局長から示されており、機械の設計段階からリスクアセスメントを行うための考え方が示されている。
3.今後の安全衛生対策の在り方(提言)
(1) 事業者による自主的な安全衛生への取組を促進するための環境整備
ア 危険・有害要因の特定、低減措置等の推進
(ア) 職場における危険・有害性の調査等の推進
労働災害による被災者は今なお52万人を超え、重大災害は増加している。特に、昨年来、大規模製造業での爆発火災、一酸化炭素ガスの漏出、建設業での解体作業中の倒壊災害等の重大災害が社会の注目を集めた。これらの要因のひとつとして、事業場内における危険・有害性の調査とそれに基づく対策が十分でなかったことがあげられる。また、製品寿命の短縮、多品種少量生産等に伴い、生産工程の多様化、複雑化が進展するとともに、新たに有害な化学物質が導入されており、事業場内の危険・有害要因は多様化し、その把握が困難となっていることが懸念される。
このような状況下において、労働安全衛生法令に規定される最低基準としての危害防止基準を遵守しつつ、さらに企業が自主的に安全衛生水準を向上させていく上で、危険・有害要因を特定し、これに基づきリスクを評価し、リスクの低減措置を検討するリスクアセスメントを実施することが効果的である。
大規模製造事業場に対する自主点検結果やOSHMS 促進協議会の調査等によれば、リスクアセスメントを基本とする手法を導入している事業場は、導入していない事業場と比較すると、災害の発生率は相当に低くなっており、労働災害防止に効果が上がっているという結果が得られている。
また、第10 次の労働災害防止計画においてもリスクを低減させる安全衛生管理手法の展開が基本方針として示されている。
このため、昨年来の爆発、火災災害の頻発及びこれに繋がる重大災害の増加傾向を抑制し、労働災害を一層減少させるため、重大災害が頻発した工業的業種等の事業場においては、事業者が危険・有害要因の特定、リスクの評価等を行う危険・有害性の調査に取り組む仕組みを確立することが必要である。
また、その際、危険・有害性の調査結果に関する安全衛生委員会における調査審議等、現在各事業場で確立している既存の安全衛生管理体制を最大限活用することがこの仕組みの円滑な実施のために必要である。
(イ) 機械に関するリスクアセスメント
事業場内の機械の使用段階における労働災害を 防止するためには、製造段階であらかじめリスクアセスメントを実施し、リスクを低減した上で、残存リスクの情報を機械の使用者に提供するプロセスを確立することが必要である。そのために、既にグローバルスタンダード化しているISO12100
の考え方に則った「機械の包括的な安全基準」の実効性を高めるための仕組みを導入することが必要である。
(ウ) 化学物質管理の推進
化学物質に関する管理については、「職場における労働者の健康確保のための化学物質管理の在り方検討会) 」(座長:櫻井治彦(慶應義塾大学名誉教授)において次の検討結果を得たところであり、こうした仕組みの導入を図るべきである。
危険・有害性を有する化学物質について、絵表示等を求めた化学品の分類及び表示に関する世界調和システム(GHS国連勧告:The Globally Harmonized
System of Classification and Labelling of Chemicals)との整合性を確保しつつ、作業場の容器への危険・有害性に応じた絵表示等によって、個々の化学物質の危険・有害性、取扱上の注意等を一層明確にし、事業者の適切な管理を促進することが必要である。
さらに、これらの表示、化学物質等安全データシート(MSDS:Material Safety Date Sheet)に基づく事業者の自主的な労働災害防止措置の明確化等も必要である。
イ 自主的取組の推進と普及促進のためのインセンティブ措置
(ア) 自主的な取組の必要性
危険・有害性の調査等が必要となっていることに加え、現場の実態及び現場における危険予知活動等の安全衛生活動を熟知しているベテラン労働者が、定年退職、リストラクチャリング等により現場を去り、また、今後「団塊の世代」が大量に退職することを考慮すると、現場における安全衛生担当者のレベル低下による事業場の安全衛生活動の弱体化に対して早急に対処する必要がある。
このため、事業場において個人の経験と能力のみに依存せず、トップの方針の下、、、組織として安全衛生活動を維持改善するために危険・有害要因を特定し、リスクの評価及びリスクを低減させる措置を体系的に実施し、安全衛生水準の段階的な向上を図る仕組みの活用を図ることが必要である。その仕組みのひとつで効果的な手法が労働安全衛生マネジメントシステム(以下「マネジメントシステム」という。)である。さらに、この仕組みの運用の実効性を高めるには、事業場単位のみでなく、全社的な取組を進めることが望ましい。
マネジメントシステムの導入を促進するためには、「労働安全衛生マネジメントシステムに関する指針」(平成11年4月30日付け労働省告示第53号)の性格が明らかになるよう労働安全衛生法体系の中での位置づけをより明確にすること、また、実施事項を明確にすることが必要である。さらに、当該指針については、指針制定後国際基準として制定され、認知されているILO
の「労働安全衛生マネジメントシステムに関するガイドライン」(2001 年ILO 理事会承認)との整合性にも配慮する必要がある。
また、総括安全衛生管理者による安全衛生方針の表明等、既存の安全衛生管理体制を最大限活用することが、この仕組みの円滑な実施のために重要である。
なお、新たな仕組みの導入を促進する際、中小零細企業においても比較的容易に実施可能な手法の開発及び支援措置も併せて検討する必要がある。
(イ) 普及促進のためのインセンティブ措置
マネジメントシステムが定着し、安全衛生対策を推進する体制が確立することにより、事業場内における労働災害の防止が自律性を持って推進されることが期待されることから、各事業場における積極的な導入を図るための誘導促進策を検討することは有益である。第10
次の労働災害防止計画においても、インセンティブ措置の在り方の検討と導入が掲げられている。
インセンティブ措置としては、マネジメントシステムが確立し、安全衛生水準が高いと認められる事業場について、
@自律的な安全衛生管理が定着しており、危険・有害性の調査等が確実に実施されることから、行政機関が事前にチェックを行う仕組みである労働安全衛生法第88
条に規定される機械等の設置、移転に関する計画届を事後のチェックに変更する等の法令上の措置に関する措置
A中小企業に対しては、自律的な安全衛生管理の導入を促進を図るために、労災保険の特例メリット制を適用する等の経済的な措置
B企業名の顕彰、マネジメントシステムが確立されていることを表す標章使用の許容等の社会的な評価に関する措置
が考えられる。
ウ 安全衛生委員会の活性化
安全衛生委員会は、事業場のトップが制度的に関与し、かつ労働災害防止の当事者であると同時に現場の状況について最も熟知している労働者が参画する場であり、その活用は労働災害防止に有効であることから、労使が協力して労働災害防止対策を実効あるものにする機能を果たすことが期待されている。しかし、大規模製造事業場に対する自主点検結果によれば、災害の発生率が高い事業場では「安全管理体制の検証、見直し」、「安全に関する新たな規定の作成、検討」等の事項を審議した割合が相対的に低く、報告事項を中心として毎月定期的に開催されるだけのものとなっている事業場も多く存在している。この点については、第10
次の労働災害防止計画においても、安全衛生委員会の活動は必ずしも活発でなく、また、労働安全衛生法令で期待されている機能が十分果たされているとは言い難い状況にあると評価している。
そのため、安全衛生委員会の活性化を図るため、委員の選出、審議事項、決定事項の扱い方等委員会のあり方全体の見直しが必要である。
一方、、安全衛生委員会は事業場単位で設置されているが規模の大きい企業では、「全社安全衛生委員会」を設置している場合がある。企業全体の安全衛生に関する事項を労使が話し合うことも有効であることから、中央段階においても安全衛生に関する事項を検討する場の設置を推進することが必要である。
さらに、事業場内における安全衛生活動の効果を上げるためには、労働者の安全衛生対策への理解、協力が必要であることから、事業者の労働災害防止に関する義務の履行を前提とした上で、労働者自らも労働災害防止に関する責任ある行動をとることが必要である。
エ 安全衛生担当者の教育の充実
大規模製造事業場に対する自主点検結果によれば、安全衛生担当スタッフの知識経験の不足感が高い事業場ほど労働災害の発生率が高いことが明らかとなった。この背景として、安全衛生管理組織の縮小、安全衛生管理担当者の兼務の増大、さらに、労働災害防止に関するノウハウの継承の不十分さ等により、事業場における安全衛生管理担当者の実務能力が低下しつつあるという事情が考えられる。衛生管理者、産業医については実務能力が制度的に担保されているのに対し、安全管理の中核である安全管理者については、法的に学歴と実務経験のみで選任されることが許されていることが、その一因と考えられる。安全管理者は、今後、事業場においてリスクアセスメントの実施、マネジメントシステムの導入、構築等において重要な役割を担うことから、安全管理者に対して、安全衛生管理の実務を適切に処理するために必要な知識等を付与する教育を選任時において実施し、一定の実務能力を担
保することが必要である。
また、現場の長である監督者(職長等)と組織の長である管理者(部、課長)で安全衛生に関する理解度を比較すると、管理者には十分な教育がなされていないことから安全衛生に対する理解が乏しい場合が多く、現場を知っている管理者も減少している。さらに、現場の作業者も現場の危険・有害性を認識しないまま作業を行っていることから、災害の発生につながる場合がある。
このような状況を改善するために、リスクアセスメント等安全衛生に関する新たな知識の獲得、安全衛生に関する意識の改革及び向上を目指し、管理者を含む職長等や労働者に対する安全衛生教育の内容の見直しを検討することが必要である。
(2) 元方等を通じた安全衛生管理体制の実現
ア 一体的な安全衛生管理の構築等
企業の分社化等組織形態に関する構造的変化が進む中で、企業分割等により生じた企業グループにおいては、それまでの安全衛生管理のシステム、ノウハウが活かされるよう一体的な安全衛生管理を推進することが適当な場合もある。
このため、事業を同一の場所で実施し密接な経営上の関係がある等、一定の条件下において、企業グループ内の事業場の安全管理者等が、企業グループ内の他の事業場における安全衛生管理を併せて実施することが可能となるような仕組みが必要である。
また、職場の安全衛生管理体制の確保・向上を図っていく上では、必ずしも事業場内の資源に限定せず、外部資源の活用を図ることも有効である。このような観点から、例えば有害業務がない業種等について、事業場に直接雇用されていない者であっても、一定の条件の下、衛生管理者等として選任できるような仕組みが必要である。
今後とも、労働災害の動向、就業形態の多様化等の社会経済情勢の変化等を踏まえ、労働安全衛生対策の在り方を検討していくことが必要である。
イ 元方事業者による安全衛生対策の調整
事業運営においてアウトソーシングが進行しており、製造業等において、同一の場所において指揮命令系統の異なる労働者が混在して作業をすることによる危険が増大することが懸念されている。
大規模製造事業場に対する自主点検結果によれば、作業間の連絡調整が十分になされていない場合等には災害の発生率が高くなっていることから、同一の作業場所において元方事業者と請負事業者が作業を行う場合には、同一作業場で作業する労働者について、一元的に連絡調整等の安全衛生管理を行う統括的な管理を行うべきであり、その主体は元方・請負の契約関係から元方事業者であることが適当である。
特に製造業等においては、元方事業者が請負事業者との間でより緊密な連携を図り、労働災害の発生を防止するための対策を講じることが必要である。
ウ 施設・設備の管理権原に関する安全衛生対策
(ア) 注文者による危険有害情報の提供等
危険・有害性の高い設備についての保守等の作業を外注化する場合、注文者が施設・設備に内在する危険・有害性を請負事業者に知らせないまま発注し、請負事業者が危険・有害性について適切な措置をとらなかったため労働者が保守等の作業中に被災する労働災害が発生していることから、このような災害を防止するため、注文者が請負事業者に、当該作業に関する労働災害の発生を防止するための措置をとる上で必要な危険・有害性に関する情報を提供する仕組み等が必要である。
(イ) 請負事業者に使用させる施設・設備に関する危害防止措置の確保
注文者が請負事業者に施設・設備を使用させて作業を行わせる場合、請負事業者が当該施設・設備に関し管理権原を有していないことから、当該施設・設備等に関する労働災害防止のための措置を行う必要性がある場合にも、十分な措置がなされず、関係労働者が作業中に被災することがあるため、使用させる施設・設備の安全性を確保する必要がある。
(3) その他安全衛生対策上検討すべき事項
ア 中小企業における安全衛生対策の推進について
中小企業においては、人的、財務的基盤が十分でないことも多く、規模が小さくなるにしたがって、労働災害の発生率が高くなっている。
今後の中小企業における安全衛生対策の推進には、「危険・有害要因の特定」及び「リスクの評価に基づくリスク低減措置」が有効であると考えられることから、中小企業においてリスクアセスメントを普及するための支援が必要である。
また、中小企業において、安全衛生水準の向上を図るために、安全衛生サービスを提供する外部専門機関等を活用する仕組みの検討が必要である。
イ 安全衛生活動と社会の評価
市場を通じた形で企業の社会的責任を推進する方策として、社会的責任投資(SRI)の活用がある。安全衛生活動を積極的に行い、安全衛生水準が高い企業に対して、資金の投資を促す仕組みを構築し、安全衛生活動の取り組みを促す仕組みの検討が必要である。資金を投資する機関においては、議決権の行使を通じて企業における安全衛生活動を積極的に推進させることが望まれる。
なお、資金の運用に関しては、受託者責任という点に鑑み、今後、信託銀行などの運用機関に対し。、一定の説明を求める必要性が高まることが予想されるこれは、運用方法を制限しようとするものではなく、情報開示を求めるものであり、フランスの公的資金の運用において既に始まっている。我が国においても、運用機関が社会的視点あるいは労働安全衛生的視点をもって投資先の評価や決定を行っているときは、その基準を開示することが期待される。
また、経営トップが安全衛生に関する姿勢を明確にし、企業の社会的責任を果たすために経営の中枢まで安全衛生に関する情報が伝わることが必要である。
さらに、企業の海外進出の増大に伴い、進出国における安全衛生問題の発生が懸念されている。海外進出企業については、進出国の法令を遵守するとともに、国内外に関係なく適正な安全衛生活動を展開する姿勢が求められる。
ウ 資格制度の検討
労働者が安全衛生に関する多様な知識、技能を獲得することは、事業場内における安全衛生活動にも有効であり、また事業者や労働者の負担軽減を図るためにも、一度に複数の資格取得が可能となるような資格制度の検討が必要である。