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過重労働・メンタルヘルス対策の在り方に係る検討会
報告書
厚生労働省・平成16年8月
【資料のワンポイント解説】
1.厚生労働省「過重労働・メンタルへルス対策の在り方に係る検討会−報告書」である。一部、労働安全衛生法の改正に向けた提言も行っている。
2.報告書のうち、最重要ポイントは以下のとおり。
〔過重労働による健康障害防止対策〕
イ (とくに)月100時間を超える恒常的な時間外労働はさせないようにすべき。
ロ やむなく、月100時間超え又は2〜6か月に月平均80時間超えの時間外労働に従事した労働者について、労働者の健康状態を迅速に把握し適切な措置を講じるようにするため「医師が直接労働者に面接し、健康確保指導を行うことを(法律上)制度化すべきであること。
ハ 長期出張者、管理監督者、裁量労働者などについても、過重労働による健康障害のリスクを考慮すると、原則として一般の労働者に準じた措置を実施する必要があること。
〔メンタルへルス対策の在り方〕
に関しては、現状と今後の対策のあり方について、一応の整理を試みている。一読されるようお奨めする。
なお、前記〔過重労働・・〕ロの医師面接においては、メンタル面を含めた医師面接が行われる必要性があるとしている。(制度化)
3.報告書は、わが国の現状を、「(1)企業間競争の激化、企業による能力主義・成果主義の導入、労働時間の長短両極への二分化、ストレスを感じる労働者の増加など労働者への負荷は拡大傾向jにある (2)健康診断有所見率が年々増加の一途をたどっている。 (3)今後、労働負荷が一層高まる可能性がある。」とし、どのような働き方であれ、労働者の健康確保は事業者の最低限の責務である。ましてや(現在又将来起こりうる)働き方の多様化に起因して、労働者の安全・健康の水準が後退することは、あってはならない、と現状への危機感が強く打ち出されている。
4.報告書を読んで、いま我々は幸せな時代に生きていないな、あらためて実感した。
何のために労働者は働くのか、何のために企業は事業活動を行うのか、立ち止まって考えるゆとりさえ失われた時代にさまよっているのかも知れない。
H16.8 労務安全情報センター
過重労働・メンタルヘルス対策の在り方に係る検討会 報告書(案)
平成16年8月
過重労働・メンタルヘルス対策の在り方に係る検討会
1 はじめに
○ 厳しい経済環境の下、企業間の競争の激化、人事労務管理の変化等を背景に、労働者の受けるストレスはますます拡大する傾向にある。このような中で、長期間にわたる疲労の蓄積による健康障害やいわゆる過労自殺などの問題が発生しており、労働者の健康確保対策の充実強化が課題となっている。
○ 厚生労働省では、平成12年8月に「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」を、14年2月に「過重労働による健康障害防止のための総合対策」を策定し、事業場における取組について指導を行ってきたところであるが、労働者の心身の過重な負荷・ストレスに対応し、すべての労働者の健康確保を図るためには、事業者等による取組をより一層充実する必要がある。
○ 本検討会は、職場における過重労働や心理的ストレスによる健康障害の発生に的確に対応した防止対策の在り方について検討を重ねてきたが、このたびその結果を取りまとめた。
2 労働者の健康に関する現状と課題
(1) 労働者を取り巻く状況
○ 我が国経済社会は、高い実質経済成長率を期待しがたい環境の中で、経済活動の国際化、情報化、サービス経済化、ホワイトカラー化並びに生産設備の海外移転、規制改革等に伴う産業構造の変化が急速に進展している。
○ このような経済社会情勢の下、企業間競争の激化、企業における能力主義、成果主義的な賃金・処遇制度の導入など人事労務管理の個別化も進んでおり、労働時間は長短両極へ二分化する傾向にあるとともに、仕事に関して強い不安やストレスを感じている労働者は6割を超えるなど労働者への負荷は拡大する傾向にある。
○ 一方、一般健康診断結果をみると、有所見率は年々増加の一途をたどり、平成15年では何らかの所見を有する者の割合は47.3%にも達している。その中でも高脂血症、高血圧症等に関連する所見を有する者の割合が高くなっている。このような状況の下、労働者に業務による明らかな過重負荷が加わることにより、脳血管疾患及び虚血性心疾患等(以下「脳・心臓疾患」という。)を発症したとして平成15年度に労災認定された件数は310件を超えている。また、業務による心理的負荷を原因として精神障害を発病し、あるいは当該精神障害により自殺に至る事案が増加し、平成15年度の労災認定件数は100件を超えている。
○ 過重労働による健康障害や職場のストレスによる精神障害等の事案のなかには、民事訴訟が提起され、事業者が安全配慮義務違反によりその責任を問われる結果となったものが多く認められる。判例においては、事業者が健康状態の把握やそれに基づく業務軽減措置を怠ったことにより労働者が上記のような疾病に罹患したような場合は、安全配慮義務違反となるとされており、民事上、過重な労働負荷がかかった場合の労働者の健康確保については事業者の責任として定着してきている。
○ また、最近、企業の社会的責任が厳しく問われるようになっており、企業活動において、労働者が健康で安全に働くことのできる職場環境を整備することも、企業の社会的責任の一要素と考えられている。このような点からも、事業者による労働者の心身両面の健康確保対策の重要性がますます高まってきている。
○ 今後働き方の多様化等が進むことが予想される中で、労働負荷が一層高まる可能性がある。どのような働き方であろうとも労働者の健康の確保は事業者の最低限の責務である。ましてや働き方の多様化等に起因して労働者の安全と健康の水準が後退することは、あってはならないことであり、労働者の健康確保をさらに進めていくことが求められている。
(2)過重労働による健康障害に関する現状と課題
○ 労働時間の状況については、毎月勤労統計調査によれば、労働者一人当たりの所定外労働時間は年間1 3 0 時間から1 4 0 時間で近年横ばいから若干増加の傾向にある。事業者が時間外労働又は休日労働をさせようとする場合には、労働基準法の規定により労使協定の締結が必要であり、その内容についても延長時間の限度など一定の条件を遵守することが求められているが、平成14年度労働時間等総合実態調査によれば、1か月の法定労働時間外労働が100時間以上の労働者がいる事業場が全体の1.6%、45時間を超える労働者がいる事業場が全体の14.7%となっている。
○ 現在の医学的知見によれば、長期間にわたる長時間労働やそれによる睡眠不足に由来する疲労の蓄積による健康への影響について、@発症前1か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合は、業務と脳・心臓疾患の発症との関連性が弱いが、おおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まる、A発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と脳・心臓疾患の発症との関連性が強い、とされている(脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会報告書(平成13年11月))。
○ 脳・心臓疾患の労災認定事案を見ると、健康診断を受診していない事例が見受けられる一方で、健康診断で異常が認められなかったにもかかわらず、発症に至った事案が認められるなど、従来からの健康管理手法のみでは十分な対応が困難であると考えられ、特に、月100時間を超える時間外労働を実施させた場合等においては、健康管理措置の一層の充実が必要であるといえる。
○ 厚生労働省は平成14年2月に「過重労働による健康障害防止のための総合対策」を策定し、周知啓発、指導にあたっている。この総合対策の事業場での取組状況をみると、時間外労働時間の把握が徹底した、極端な過重労働が減少した、事業者が過重労働の削減に意欲を示すようになったなど一定の効果は認められるものの、こうした対策を実施していない事業場も少なくない。
○ このような状況に対応して、今後、過重労働による健康障害防止を図るために、健康管理対策をより一層強化することが求められている。
(3)職場における心の健康に関する現状と課題
○ 我が国において精神疾患で医療機関を受診している人は、平成14年では国民の約45人に1人にあたる260万人に上っている。また、自殺者の数は、平成10年以降全国で3万人を超える状況が続き、平成15年には34,427人と過去最高となり、そのうち約9000人が労働者となっている。
○ また、精神障害等の労災補償状況を見ると、請求件数、認定件数とも近年増加しており、そのうち未遂を含めた自殺の労災認定件数は年間40件に及んでいる。これら精神障害による自殺の労災認定事案の分析結果をみると、平成14年度以前に労災認定された51件の事案のうち、27件において月100時間以上の時間外労働時間が認められ、長時間労働が心の健康にも大きく関与していることが考えられる。また、企業における過重労働対策の効果に関する研究結果によれば、長時間労働を行った者に対する面接等の結果、当該労働者を医療機関に紹介したことのある産業医は全体の37.5%であり、そのうち59.1%の産業医が労働者を抑うつ状態と診断して医療機関を紹介した経験があった。
○ 精神障害による自殺の労災認定事案51件のうち、全体の4分の3が発病から死亡までの期間が2か月以上となっていた。また、全体の8割において職場よりも家族が先に自殺の兆候に気付いていた。さらに、自殺企図者に係る研究によれば、自殺企図労働者の自殺企図の兆候について、80件の事例のうち周囲の者が気付いていた例は13例と少ないものの、このうち職場で気付いていた例は1例だけだったのに対し、家族が気付いていた例は10例と少なくなかった。これらのことを考えると、家族を含む関係者が心の健康について理解を深め、自殺に至る過程の中で連携することにより、自殺予防のために何らかの形で介入することができる可能性があると考えられる。
○ 厚生労働省は、平成12年8月に「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」を策定し、さらに、平成13年12月には「職場における自殺の予防と対応」(通称「自殺予防マニュアル」)をとりまとめ、その周知普及にあたっているが、心の健康づくりへの取組を実施している事業場は、平成14年労働者健康状況調査結果によれば23.5%と未だに低い状況にある。
○ このような状況に対応して、今後、自殺予防対策を含め、メンタルヘルス対策の取組を一層強化することが求められている。
3 基本的考え方
(1) 対策の方向
○ 過重労働による健康障害防止対策については、平成14年2月の「過重労働による健康障害防止のための総合対策」に示されている事業者が講ずべき措置(@時間外労働の削減、A年次有給休暇の取得促進、B労働者の健康管理に係る措置の徹底)を確実に実施すること、特に、適正な労働時間管理と健康診断を軸とした健康管理を進めることが基本であるが、やむを得ず長時間労働になり、疲労の蓄積が生じたと考えられる場合にはそれに応じた健康確保のための措置を講ずる必要がある。
○ メンタルヘルス対策については、平成12年8月の「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」に示された、@セルフケア、Aラインによるケア、B事業場内産業保健スタッフ等によるケア、C事業場外資源によるケアの4つのケアにより心の健康づくりを進めることが基本であるが、自殺予防の観点からも、職場のストレスにより労働者がうつ状態になったような場合に早期に対応できるようにする必要がある。このほか、家族によるケアも重視する必要がある。
○ また、これらの過重労働による健康障害、メンタルヘルスの不調は、職業性因子のみに由来する職業病とは異なり、一般人にもみられる多原因性の疾病で、@その発病原因の一つに職業性因子のあるもの、A職業性因子が原因にはならないが、増悪・促進の原因となるもの、といったいわゆる「作業関連疾患」に分類されている。これらは業務上の要因のほか個人の要因がその発症に影響するものであることから、一律の対策がとりにくい面があり、個々の事情に配慮して対応する必要がある。また、労働時間管理、人事配置等人事労務管理とも密接に関連する面もあり、労使一体となった自主的な取組が求められるものである。
(2)事業者の責務
○ 過労死等について事業者の安全配慮義務違反が認められた裁判例に見られるように、事業者には労働者の労働時間管理や健康状況を把握し、それに応じた適切な措置を講ずる責務がある。事業者は、対策に取り組む意志を表明し、確実に実行していく必要がある。
○ 具体的には、事業者は、健康管理に係る体制を整備するとともに、健康診断結果、産業医による職場巡視、時間外労働時間の状況等様々な情報から労働者の心身の健康状況及び職場の状況を把握するよう努め、労働者の健康状況に配慮して、職場環境の改善、積極的な健康づくり、労働時間管理を含む適切な作業管理等様々な措置を実施することが求められる。
○ このような措置を通じて職場の負荷要因・ストレス要因の低減等を図ることにより、過重労働による健康障害等の防止はもちろん、心と身体の健康の保持増進、快適でいきいきとした職場づくりが進むこととなる。また、このことにより、労働者の労働意欲が高まるといったメリットも期待できる。
(3)労使による自主的な取組
○ 過重労働による健康障害防止対策、メンタルヘルス対策については、国が一定の基準を示し、それに沿った措置を実施することはもとより、事業者が労働者の意見を汲みつつ事業場の実態に即した取組を行うことが必要である。特に、労使、産業医、衛生管理者等で構成される衛生委員会等を活用した労使の自主的取組が重要である。
(4)労働者自身による取組
○ 過重労働による健康障害、メンタルヘルスの不調は、業務上の要因のほか個人の要因がその発症に影響するものであり、その対策として、事業者が適切な措置を講じるばかりでなく、労働者自身が積極的に自己の健康管理を行うことも大切であり、労働者自身の自主的努力、取組を促進することも重要である。
(5)産業保健活動の充実
○ 過重労働による健康障害防止対策、メンタルヘルス対策については、医学的知識を基礎とした健康管理が対策の軸となるものであり、産業医等の医師の積極的な関与が重要である。このため、産業医に対する研修をはじめ産業保健スタッフの研修等により産業保健活動の充実を図ることが必要である。特にメンタルヘルス対策については、その専門性にかんがみ、産業保健を理解した精神科医等の育成、産業保健スタッフと精神科医等との協力及び連携を図る必要がある。
○ また、長時間労働や職場におけるストレスは、業種や事業場規模に関係なく全ての事業場に共通する問題であり、全ての事業場において必要な対策を講ずることが求められる。このため、事業場に対する支援、特に、小規模事業場への産業保健サービスの提供の充実が望まれる。
(6)健康情報の保護
○ 平成15年5月に、個人情報の有用性に配慮しつつ、個人の権利利益を保護することを目的とする個人情報の保護に関する法律が成立しており、個人情報の中でも健康情報は、特別に機微な情報として慎重に取り扱われるべきものである。事業場において健康確保対策を実施する場合、健康診断結果、医師による面接の結果等個人の健康情報の保護について十分な配慮が必要である。特に、メンタルヘルス対策においては労働者が安心して事業者が講ずる措置に参加できるために、すなわち事業場のメンタルヘルス対策がより実効あるものとなるために、労働者の健康情報の保護及び労働者の意思の尊重に留意することが重要である。
4 取り組むべき対策の方向
(1)過重労働による健康障害防止対策の在り方
ア 健康診断の実施とその結果に基づく適切な事後措置
○ 労働者の健康管理については、現行労働安全衛生法において、脳・心臓疾患に関連する項目も含む健康診断の実施とその結果についての医師からの意見聴取、健康診断実施後の措置、保健指導等を確実に実施することが事業者の責務とされている。これらの事項は、労働者の健康状況に応じた措置として健康管理の基本となるものであり、この徹底が先ず重要である。また、これらの措置の適切な実施の促進を図るために、今後、健康診断結果の的確な判断基準、健康診断の事後措置に係る情報提供等を進めることが必要である。なお、二次健康診断等給付の活用も図る必要がある。
イ 疲労の蓄積によるリスクが高まった場合の面接指導等
○ 労働者に長時間の時間外労働など過重な労働をさせたことにより疲労が蓄積している場合には、脳・心臓疾患発症のリスクが高まるとされていることから、このような状況となった労働者の迅速な把握が不可欠であり、また、その健康の状態を把握し、適切な措置を講じるようにするため、医師が直接労働者に面接すること及び健康確保上の指導を行うことを制度化すべきである。
○ さらに、事業者は、医師による面接指導の結果に基づき、必要に応じて健康診断、労働時間の制限や休養・療養等の適切な措置を実施するようにすべきである。
○ この医師による面接指導が必要な場合としては脳・心臓疾患発症との関連性が強いとされる月1 0 0 時間を超える時間外労働又は2 ないし6 か月間に月平均8
0時間を超える時間外労働をやむなく行った場合が考えられる。具体的には、事務処理などの実効性を考慮すると時間外労働時間の算定は月単位での処理が適当であると考えられる。
○ また、これより時間外労働時間が短い場合であっても、予防的な意味を含め健康上問題が認められる場合には面接指導を行うことが必要と考えられ、例えば、労働者が脳・心臓疾患に係る基礎疾患を有する等一定程度以上のリスクを有しているとき、労働者自身が健康に不安を感じたときや周囲の者が労働者の健康の異常を疑ったとき等であって産業医等が必要と認めた場合等には医師による面接指導を実施することが必要と考えられる。さらに、これらの対象者が事業場内の産業医等による面接を希望しない場合、自ら外部の医師の面接指導を受け、その結果を事業者に提出することができるようにすることも必要と考えられる。これらの場合に関しては、専属産業医の有無等事業場の実施体制、労働者の意見等も考慮する必要があることから、一律に基準を定めるのではなく、各事業場において、衛生委員会等の意見を聴き、自主的な基準により制度化していくことが適当である。
○ なお、上記の面接指導は、月100時間を超える時間外労働を行った者等については必ず実施することが原則であるが、ハイリスクグループに集中して効果的に健康管理を進めるという観点から、労働者の健康診断結果、それまでの面接指導の結果、労働者が従事する作業内容、時間外労働時間の状況等の要素を勘案した上で医師の判断によっては、毎月連続して行わなくともよい場合もあるものと考えられる。
○ 上記の措置等を的確に実施するため、また、産業医等が現場の労働負荷の状況に応じて適切な助言ができるよう、時間外労働時間等の情報が産業医、衛生管理者、衛生推進者、保健師等の産業保健スタッフに適切かつ迅速に提供される必要がある。
○ また、長期出張中の労働者、管理監督者、裁量労働者など一般の労働者とは労働時間管理が異なる者についても、過重労働による健康障害のリスクを考慮すると、原則として一般の労働者に準じた措置を実施する必要がある。
○ なお、長時間の時間外労働により疲労が蓄積している者に対しては、適切な休養を取らせることにより蓄積した疲労を解消させるようにすることも必要である。
ウ 事業場における労使の自主的な取組
○ 過重労働による健康障害防止対策としては、時間外労働の削減等により過重な負荷を排除することが基本であり、労働基準法令の遵守はもとより、時間外労働、交替制勤務、深夜勤務等の負荷要因の把握と改善に向けて労使が協力して自主的な取組を行うことが期待されるところである。特に、月100時間を超える恒常的な時間外労働はさせないようにすべきである。
○ 職場における負荷要因を把握し、これを改善していく方策を検討する場としては、労働者の健康障害を防止する観点から、労使、産業医、衛生管理者等で構成される衛生委員会等を活用すべきである。衛生委員会等で有効な議論が行われるためには、時間外労働時間等の情報が衛生委員会等に適切に提供されることが必要である。衛生委員会の設置義務のない小規模事業場においても、労使による職場改善の検討がなされることが適当である。
エ 労働者自身の取組の促進
○ 過重労働による健康障害防止のためには、事業者が適切な措置を講じることが不可欠であるが、労働者自身も健康的な生活習慣を身につけるなど自らの健康管理に対して自覚と自助努力が必要である。
○ これらの取組を促進するためには、労働者自らが実施可能な業務の管理、健康的な生活習慣の確立等に関して事業者が教育、情報提供等を行い、労働者自らが実践していくことが必要である。
(2)メンタルヘルス対策の在り方
ア 計画の策定
○ 職場の改善等を含め、メンタルヘルス対策は、中長期的視野に立って、継続的かつ計画的に行われることが重要である。しかしながら、平成14年労働者健康状況調査によれば、心の健康づくり計画の策定を行っている事業場はメンタルヘルス対策に取り組んでいるとする事業場のうちの7.6%に過ぎず、事業場における計画の策定を促進する必要がある。計画を策定する際には、事業場においては、衛生委員会等における審議の上、職場の現状とその問題点を明確にするとともに、その問題点を解決する具体的な方法等についての計画が策定されることが重要である。
イ 職場のストレスの把握と改善
○ 作業環境、作業方法、労働時間、仕事の量と質など職場のストレス要因を把握し、それを改善していくことで、労働者への心と身体の両面での負担を軽減することが可能である。これは、集団的アプローチとして、産業保健スタッフと職場の管理監督者等が連携し、ストレスに関する調査票等を用いた職場環境等の評価結果等を活用して職場単位で問題点を把握し、改善していくというものである。
○ 様々な情報から、健康管理部門がストレスの大きいと判断した職場については、健康管理部門から職場改善について当該職場の管理監督者、人事労務部門に問題提起していくことも必要である。
○ 職場のストレスの要因、影響は様々であり、一律の基準を定めることは適当でないことから、このような措置は、事業場での自主的な取組として進めることが適当である。
○ 他方、個人の対応として、産業保健スタッフが健康診断時等に個人のストレスの状況等を把握し、本人に対して情報を提供するとともに、事業者がその状況に対応した必要な配慮を行うことも重要と考えられる。ただし、その際には、事業者は、個人のストレス状況の把握のために得られた情報を、心の健康問題を抱える労働者に対する健康確保上の配慮を行うためにのみ利用し、不適切な利用によって労働者に不利益を生じないようにすること、プライバシー保護について特に注意することが必要である。なお、健康診断時等に質問票によってうつ状態などの個人のストレスの状況を把握し、スクリーニングしようとすることについては、質問票単独で行い評価する手法が確立していないこと、安易にスクリーニングを行うことで問題が生じるおそれがあることなどの指摘もあり、質問票等による形式的な点数評価にならないようにしなければならない。個人のストレスの状況を把握するとすれば、質問票等に加えて専門的知識を有する者による面談を実施するなど適切な評価ができる方法によること、診断や事後措置の内容の判断には医師が介在するなど問題を抱える者に対して事業場において事後措置を適切に実施できる体制が存在していること等を前提として実施することが重要である。
ウ 個人のストレス対処能力の向上
○ メンタルヘルスケアとして、セルフケア、すなわち個人がストレスに適切に対処できるようになることが重要である。このためには、労働者各人がメンタルヘルスに関する正しい知識を持つことが必要であり、事業者は労働者に対して教育、情報提供等を行うことにより、ストレスへの気付き、ストレスの予防・軽減・対処の方法、事業場内外の相談先等について知識を付与することが必要である。これは、心の健康問題に対する偏見を減らすことにも資するものである。
○ このような教育については、心身両面の健康保持増進対策の健康づくり( Total Health promotion Plan:THP)の健康教育の一環として行うことも考えられる。
○ また、この教育、情報提供等は、労働者のメンタルヘルスに対する意識を維持向上するために、繰り返し行われることが重要である。
エ メンタルヘルスの不調に早期に対応する方策
(ア) セルフチェックの実施
○ 労働者本人が自分のストレスの状況について気付くことは非常に重要であり、労働者のストレスの気付きのために、事業場のイントラネットを活用したストレスチェックなど随時セルフチェックができる機会の提供が有効である。
(イ) 長時間の時間外労働を行った者等に対する医師等による面接指導
○ 精神障害による自殺の労災認定事案における労働時間を見ると、長時間であったケースが多く、また、企業における過重労働対策の効果に関する研究結果を見ると、長時間労働を行った者について医療機関に紹介したことがある産業医のうち約6割が労働者を抑うつ状態と診断して医療機関を紹介した経験があった。このことから、長時間の時間外労働を行ったことを一つの基準として対象者を選定し、メンタルヘルス面でのチェックを行う仕組みをつくることは効果的であると考えられる。(1)イにおいて、過重労働による健康障害防止のために長時間の時間外労働を行った者等を対象とした医師による面接指導を実施すべきとしているが、この際、メンタルヘルス面にも留意した面接指導を行うようにするべきである。具体的には、(1)イにおいて月100時間又は2ないし6か月間に月平均80時間を超える時間外労働を行った者に対して面接指導を行うほか、それ以外の場合でも労働者自身が健康に不安を感じたとき、周囲の者が異常を疑ったとき等について事業場で自主的な基準を設けて面接指導を行うべきこととしているが、これらの面接指導においてメンタルヘルス面についてもチェックを行うようにするべきである。特に、心の健康は外部からは評価しにくいものであること、周囲の者が異常を疑うようなときは相当程度深刻な状況となっている可能性があることを考えると、本人や周囲の者を端緒とした面接指導は重要であるといえる。
○ この場合も、事業者は、医師による面接指導の結果に基づき、必要に応じて適切な措置を講じることが求められる。
○ さらに、労働者本人又は周囲の者が労働者のメンタルヘルスの不調を疑った場合、事業場内での面接指導に繋げる仕組みを整備することに加えて、労働者本人が、その所属している事業場内の者にメンタルヘルスの不調を訴えることは抵抗があることも考えられることから、自ら外部の医師の面接指導を受け、その結果を事業者に提出することができる仕組みをつくることが必要である。また、この場合、事業者は、事業場内で面接指導を実施した場合と同様に産業医等の意見を聞いた上で、必要に応じて適切な措置を講じることが求められる。
(ウ) 介入が可能となる仕組みづくり
○ 精神障害による自殺等の最悪の事態を避けるためには、労働者が深刻な状況に陥った場合における専門家による介入が可能となる仕組みづくりが必要である。この方法としては、周囲の者の気づきを端緒として上記(イ)の面接指導に繋げるようにすることのほか、上司が直接専門家に相談することがよいような場合も考えられる。
○ また、この介入の端緒としては、上司・同僚による気付きのほか家族による気付きも重要である。この介入のための仕組みとして、事業場側の相談窓口を明確にしておき、家族が気付いたとき、その窓口に相談して上記(イ)の面接指導に繋げられるようにすることが考えられる。このほか、プライバシーの保護等に配慮して、家族が所属事業場に知られることなく相談できるようにメンタルヘルスに関する外部の医療機関を含む専門機関と契約するといった方法も考えられる。
また、家族が適切に対応できるように、家族に対するメンタルヘルスに関するアドバイス、情報提供等の支援を行うことも重要である。
○ しかしながら、上記(イ)の面接指導の契機とすることを含め、メンタルヘルスの不調の者への介入の端緒として周囲の者が関わることについては、周囲の者の不適当な判断により情報提供が行われることなどもあり得ることから、その仕組みづくりに当たっては、衛生委員会等において労働者や産業医等の意見を聞きながらプライバシー保護に十分に留意しつつ検討することがきわめて重要である。
(エ) 相談体制の整備
○ 労働者がセルフケアを進める面から、労働者が自らの心の健康に不安を感じたとき、他者に知られることなく、自発的に気軽に相談でき、必要な情報や助言が得られることは、非常に重要である。このため、事業場において、随時、職場の内外の専門家に相談できる体制を整備することが重要である。
○ この際、事業場内での相談体制の整備のほか、公的機関を含めた事業場外の機関の利用も考慮する必要がある。
(オ) 管理監督者に対する教育
○ 職場において日常的に労働者の指揮・管理を行うのは管理監督者であり、労働者のメンタルヘルスケアについて、管理監督者の役割は非常に重要である。管理監督者は、労働者の状況を日常的に把握し、個々の労働者の能力、適性等に合わせ、適切に業務の管理を進めるとともに、労働者の自主的な相談への対応、適切な情報の提供や必要に応じて事業場内外の相談窓口等に繋ぐなど適切な配慮を行うことが重要である。このため、管理監督者に教育、情報提供等によりメンタルヘルスについての知識を付与することが不可欠である。
オ メンタルヘルスの不調による休業者の職場復帰の支援
○ メンタルヘルスの不調により休業していた労働者の職場復帰について、当該労働者が円滑に職場に復帰できるようにするとともに、再発を防止するため、職場における支援、配慮等が必要である。
○ その際、治療に当たっている主治医との十分な連携が欠かせないが、事業者は産業医に、主治医と相談しつつ本人への就労上の配慮や職場内における様々な支援について具体的な指示や調整を行わせること、人事労務部門、受け入れる職場の管理監督者等と十分な連携を図らせることが必要である。産業医が選任されていない事業場にあっては、地域産業保健センターから専門家の紹介を受ける等により専門家からの指導援助を受けるべきである。
○ 職場復帰については、個々のケースに応じて、復帰する職場の選定、復帰時の就労形態、業務内容等の検討のほか、受け入れる職場の者への意識啓発、適切な情報提供等も含め様々な要素に留意して進める必要がある。職場復帰は企業にとってメンタルヘルス対策上大きな課題となっており、その具体的進め方等について、今後さらに検討、研究を進めていく必要がある。
カ 健康づくり・快適職場づくりの活用
○ 事業場においては、これまでも心身両面の健康保持増進対策(THP)の取組や、「仕事による疲労やストレスを感じることの少ない、働きやすい職場づくり」を目指した快適職場づくりの取組が行われている。これらの取組をメンタルヘルス対策に活用することも重要である。
(3)体制の整備
ア 事業場内の体制整備
○ 過重労働対策及びメンタルヘルス対策については、医学的知識を基礎とした健康管理がこれらの対策の軸となるものであり、産業医等の医師の積極的な関与が重要である。特に、メンタルヘルス対策については、事業場外の機関を利用している場合はその機関を含めたネットワークを作り、産業医に関連情報が集まるようにし、産業医が指導的に取り組む体制が不可欠である。
○ 産業医にはその責務について認識し、積極的に取組むことが求められ、他方、事業場には産業医がその職務を適切に遂行できるような体制や環境を整えることが求められる。
○ 専属産業医を選任していない事業場では、産業医等の医師の指揮を受けつつ、円滑に対策が進められるよう衛生管理者、衛生推進者、保健師等といった産業保健スタッフをその役割や専門性に応じて活用することが重要である。○
過重労働対策及びメンタルヘルス対策をはじめとした健康管理対策がより適切に行われるよう、事業場における産業保健スタッフの体制の整備、スタッフの資質の向上、情報提供の充実等により産業保健活動の充実を図ることが不可欠である。
○ 過重労働対策及びメンタルヘルス対策を進める上では、労働時間管理、就業場所や作業の転換など、人事労務管理面からの措置が不可欠となる。このため、産業保健スタッフと人事労務部門との連携が重要であり、相互に協力して必要な措置を実施していく必要がある。これを進める上で、人事労務部門の者への知識等の付与が重要である。
○ さらに、過重労働対策、メンタルヘルス対策とも、労働者自身の意識、個人の要因に関わる部分も少なくなく、対策を事業場において効果的に実施するためには、労働者の意見が反映されるよう労使、産業医、衛生管理者等で構成される衛生委員会等の場を活用することが重要である。衛生委員会の設置義務のない小規模事業場においても、これら対策の実施に係る検討を行うにあたり、労働者の意見が反映されるようにすることが必要である。
イ 事業場外の機関の活用
○ 過重労働対策及びメンタルヘルス対策については、産業医等の医師の積極的な関与が重要であることは前述したが、産業医の選任義務のない小規模事業場においては、地域産業保健センターを活用することのほか、「会社のかかりつけ医」といった医師を事業場外に持つことも有効と考えられる。
○ メンタルヘルス対策について、産業医は必ずしも精神医療に精通しているとはいえないことから、必要に応じ、産業医が精神科医等の支援を受け、あるいは労働者が直接精神科医等の助言を受けられるような体制を整備することが望まれる。このためにも、産業保健について理解した専門精神科医等の育成が望まれる。
○ メンタルヘルスについて利用できる事業場外の機関には、産業保健推進センターや地域産業保健センター、精神保健福祉センターなど公的機関からメンタルヘルスサービスを提供する民間機関(Employee
Assistance Program:EAP)まで様々な機関があり、事業場が抱える問題、事業者が求めるサービスに応じた機関の活用が重要である。利用に当たっては、事業場外機関が提供するサービスが事業場にとって実効あるものとなるよう事業場内のメンタルヘルスを担当する者を配置する等により事業場外の機関と円滑な連携を図るなど留意が必要である。さらに、家族を通じた支援策として、地域と職域が連携して、メンタルヘルスの不調に気付いた家族を対象として意見交換や交流、相談を行うことができる場をつくることが必要である。
ウ 国の支援措置
○ 国は、事業場における過重労働対策、メンタルヘルス対策の円滑かつ効果的な実施を支援するため、事業場、労働者に対する周知啓発、具体的な実施手法の検討・提示、事例の紹介、関係情報の提供等を適宜適切に行っていくことが求められる。
特に、中小規模事業場に対しては、実践的、具体的な手法を示し、必要な支援・指導を行うなど対策の普及に努める必要がある。
○ また、事業場内の体制整備を進めるため、事業場内での教育研修の実施や事業場での対策立案等を担当する産業保健スタッフ等の育成に対する支援が必要である。
○ さらに、今後、過重労働対策及びメンタルヘルス対策を推進する上で、産業医等の専門的役割がこれまで以上に重要となることから、産業医等に対して、面接指導の方法、メンタルヘルスに関する知識等を付与するための支援が必要である。また、職場におけるメンタルヘルス対策の充実強化を図るため、広く精神科医等に対し産業保健に関する知識を付与するよう支援するとともに、事業場の求めに応じ適切な精神科医等を紹介できるようにするようなことが必要である。
○ 国が過重労働対策及びメンタルヘルス対策を推進するにあたって、事業場における医学的知識を基礎とした健康管理が対策の軸となるものであり、産業医の選任義務のない小規模事業場では対策の実施が困難となることが懸念される。このため、小規模事業場に対して産業保健サービスの提供を実施している地域産業保健センターの活動の充実を図ることが必要である。
5 おわりに
○ 本報告書においては、過重労働による健康障害防止対策及びメンタルヘルス対策の今後の在り方について提言をとりまとめたが、その内容が具現され、対策が定着し、確実に実施されるためには、必要な事項の法制化と法令の施行に当たる都道府県労働局、労働基準監督署の事業場に対する指導の徹底を含め、環境の整備を進めることが不可欠である。