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[資料番号] 00019
[題  名] 職場におけるセクシュアル・ハラスメントに関する調査研究会報告書(上)
[区  分] 雇用均等

[内  容]
【資料のワンポイント解説】

1.男女雇用機会均等法第21条第1項は、新しく「職場におけるセクシュアル・ハラスメントに対して雇用管理上必要な配慮をしなければならない。」と規定した。具体的な配慮事項等は今後、指針が示されることとなる。この研究会報告書は、当該指針の策定に当たっての提言としてまとめられたものである。

2.かなりの長文ではあるが、セクハラ問題に関心のある方は容易に通読が可能と思われるので、ダウンロード(印刷)の上、一読されるようお奨めする。

3.この報告書の中で、多少意見の分かれそうなのは、いわゆる「グレーゾーン」部分の取扱いであろうか。
また、この報告書が事業主に示す指針を作成するための提言という性格もあって、社長のセクハラ(セクハラを受けた相手方としては全体の5%前後だが、構成人員比から見ると極めて高率である。)に対する対処方針が全く見えてこない。社長のセクハラを企業内で解決するのは荷が重いと考えるのであれば、それはそれ。外部駆け込み寺の整備を含めて、いずれにしてもトータルなセクハラ対策を打ち出す必要があろう。

(編注1:報告書の中で@AB等の記号は、イ.ロ.ハ.に変更している。)
(編注2:この報告書第1部の全文を(上)(下)の2分割で掲載している。)
(編注3:研究会の委員名簿は、(下)の末尾に掲載している。)


「職場におけるセクシュアル・ハラスメントに関する調査研究会」報告書
目次

  はじめに

  第1部 職場におけるセクシュアル・ハラスメントについて
    1 職場におけるセクシュアル・ハラスメントの現状
    (1)これまでのセクシュアル・ハラスメント対策と相談状況
    (2)職場におけるセクシュアル・ハラスメントの状況

    2 職場におけるセクシュアル・ハラスメントの概念
     (1)概念の内容と適用上の問題点
       イ 男女雇用機会均等法上の文言の具体的内客
       ロ 適用上の問題
     (2)典型例
     (3)注意すべき事例

    3 職場におけるセクシュアル・ハラスメントの原因
     (1)職場におけるセクシュアル・ハラスメントの特徴
     (2)職場におけるセクシュアル・ハラスメントの原因
       イ 企業の雇用管理の在り方
       ロ 女性労働者に対する意識

    4 職場におけるセクシュアル・ハラスメント防止対策
     (1)対策を考えるに当たっての留意点
     (2)事業主に求められる職場におけるセクシュアル・ハラスメント防止のための対策
       イ 企業方針の明確化とその周知・啓発を内容とする一般防止対策
       ロ 相談・苦情への対応による未然防止対策
       ハ 事後の迅速・適切な対応
     (3)労働組合、労働者に求められる職場におけるセクシュアル・ハラスメント防止のための方策
     (4)行政による支援方策等

    5 指針策定に当たっての提言
     (1)基本的な考え方
     (2)防止すべき対象としての職場におけるセクシュアル・ハラスメントの内容
     (3)配慮すべき事項の内容
     (4)配慮すべき事項の実施方法の具体例

  第2部 現状について(注:掲載省略)
    1 セクシュアル・ハラスメントの観点から問題となる事項について
    2 セクシュアル・ハラスメントの発生状況について
    3 セクシュアル・ハラスメントの原因について
    4 セクシュアル・ハラスメントへの対応の現状について
    5 セクシュアル・ハラスメントについての認識と今後の対応について

「職場におけるセクシュアル・ハラスメントに関する調査研究会」報告書
(平成9年12月)

はじめに


 男女雇用機会均等法が施行されて10年余りが経過したが、この間に女性労働者数が大幅に増加するとともに、勤続年数の伸長や職域の拡大が見られ、女性が働くということについての意識や企業の取組も大きく変化している。
 こうした変化の中で女性労働者自身が職場で直面する新たな問題も生じており、その一つとして、近年、職場におけるセクシュアル・ハラスメントの問題が大きく取り上げられるに至っている。実際、都道府県女性少年室に対する職場におけるセクシュアル・ハラスメントについての相談件数は急増しており、内容的にも深刻なものが見られるなど、この問題への対応は、今日、喫緊の課題となっている。
 職場におけるセクシュアル・ハラスメントは、そもそも、その対象となった女性労働者の名誉や個人としての尊厳を不当に傷つけることがあるという点で、女性労働者の人権や人格権に関わる問題であると言えよう。また、被害者の精神や肉体に支障を及ぼすとともに、職場環境を悪化させ、女性労働者の就業意欲の低下や職務遂行上の能力発揮を阻害する。最悪の場合、女性が退職に追い込まれるなど女性の雇用機会を奪うことにもなりかねない。
 他方、企業自身にとっても、被害者の健康や仕事に対する重大な影響、さらには、職場環境の悪化によって職場全体における勤労意欲やモラルの低下を招き、ひいては、職場秩序や業務の円滑な遂行が阻害されるなど、企業の効率的運営、労働生産性の観点から看過できない問題である。社会的評価という点でも、セクシュアル・ハラスメントが起こることが明らかになれば、大きな打撃を受けることになろう。
 さらに、男女の雇用機会均等を進める見地からすると、女性労働者に対するセクシュアル・ハラスメントが行われる職場は、女性の意識や役割に対する誤った認識や男女間のコミュニケーションの不足、さらには、企業の女性活用方針の未確立等雇用環境ないし雇用管理上の問題を抱えていることが多い。こうした問題を抱える職場では、雇用における男女の均等待遇を進めるための前提を欠いているといえよう。
 もとよりセクシュアル・ハラスメントは男性、女性双方が被害者となりうるものであるが、上記のような事情を背景として、今年6月に改正された男女雇用機会均等法には女性労働者を対象とする職場におけるセクシュアル・ハラスメントの防止のための事業主の配慮義務が規定され、その配慮義務に関し労働大臣が指針を定めることとされた。
 この調査研究会においては、アンケート調査、企業ヒアリング等を通じ、職場におけるセクシュアル・ハラスメントの実態を把握し、その原因を分析するとともに、配慮義務の内容として有効な方策を検討し、指針策定に当たっての提言を行った。

第1部 職場におけるセクシュアル・ハラスメントについて


1 職場におけるセクシュアル・ハラスメントの現状

(1)これまでのセクシュアル・ハラスメント対策と相談状況

 職場におけるセクシュアル・ハラスメントについて、労働省では平成5年10月に発表された「女子雇用管理とコミュニケーション・ギャップに関する研究会報告書」において整理された概念及び問題解決方策に基づき、セクシュアル・ハラスメントは女性の能力発揮の阻害要因となるとの観点から、職場のセクシュアル・ハラスメント防止の重要性等について啓発活動を実施してきている。しかし、近年、都道府県女性少年室に寄せられる職場におけるセクシュアル・ハラスメントに関する相談件数は急増し、内容的にも深刻なものが見られる状況であり、国内の裁判例も増加の傾向が見られる。
 こうした事情を背景に、平成9年6月に改正された男女雇用機会均等法において、職場におけるセクシュアル・ハラスメントを防止するための事業主の配信義務が規定されたところであるが、都道府県女性少年室に寄せられた相談事例や裁判例に見られる内容は様々であり、個々人の意識において何を職場においてセクシュアル・ハラスメントと見るかについては相違が見られる。
 したがって、指針策定に当たっては、意識や実態をきめ細かく把握しておく必要がある。
 本研究会においては、職場におけるセクシュアル・ハラスメントについて、その実態把握のため、企業及び労働者(男女、管理職別)に対するアンケート調査並びに企業に対するヒアリングを実施した。
 そこから把握できた全体像については、第2部(省略)において示しているが、ここではそのポイントを以下(2)に示すこととする。


(2)職場におけるセクシュアル・ハラスメントの状況

 職場におけるセクシュアル・ハラスメントについてのアンケート調査結果からは次のようなことが指摘できる。

すなわち、
イ. どのような事案をセクシュアル・ハラスメントとして問題と考えるかという点については、企業、男性労働者、女性労働者の間でそれほど大きな認識の差は認められなかったが、中には「女性社員のプロポーションをじろじろ眺めた」等女性労働者の方が男性労働者よりもより問題としてとらえる傾向が強い事項もあること。
ロ. 女性労働者の6割が、職場におけるセクシュアル・ハラスメントと見られる行為について「見られる」又は「たまに見られる」としていること。
 また、「対価型セクシュアル・ハラスメント」に該当していると見られるものが含まれている「対価的な行為」をこれまでに受けた女性労働者の8割近くは相手方を「社長」又は「上司」としており、「環境型セクシュアル・ハラスメント」に該当しているものが含まれている「就業環境上の行為」についてはその相手方は、「上司」が最も多いものの、「同僚」も4分の1を占めていること。
ハ. 女性労働者がセクシュアル・ハラスメントと思われる行為を受けた際の対応としては「無視した」が過半数を占めているが、「本人に抗議した」も3割以上を占めている。また、会社への要望として「会社全体でシステムを作って欲しいと思った」「調査をし、男性に対する処分をして欲しいと思った」が多い。他方、部下がセクシュアル・ハラスメントについての相談や苦情を持ってきた際の管理職の対応としては「問題の事実関係について調べ、解決方法を探る」を挙げるものの割合が高い。
 ただし、その対応に当たっては、「社内に相談受付、苦情処理システムがない」「問題に対する会社の方針が明確でない」等のため、対応が困窮であるとするものが多いこと。
ニ.職場におけるセクシュアル・ハラスメントの原因としては、「男性は性的言動を女性が不快に思うことをわかっていない」「男性が女性を職場における対等なパートナーとして見ていない」等男性の意識の問題を挙げるものが企業、男性労働者、女性労働者とも多いこと。
ホ.企業の9割、男女労働者の8割が職場におけるセクシュアル・ハラスメントについて何らかの対応が必要と考えており、その具体的な措置として「問題発生時の迅速、公正な対応」「企業方針の明確化」「苦情処理、相談窓口の設置」等を挙げる企業が多いが、現在、措置を実施している企業(5.5%)及び実施予定又は検討中の企業(14.3%)の割合をあわせても2割程度と少ないこと。

 このほか、本研究会においては、セクシュアル・ハラスメントの対応をとっているいくつかの企業についてヒアリングも実施した。ヒアリングの対象となった企業がセクシュアル・ハラスメントの措置を講ずるに至った契機や具体的な措置内容は様々であったが、共通している点は、セクシュアル・ハラスメントは問題であるという企業の考え方、方針を明確にし、これを管理職や従業員に徹底するということであった。その具体的な措置としては、就業規則等における関係規定の整備、管理職の心得として配布しているマニュアルへの反映、様々なレベルでの研修の実施、啓発用資料の作成・配布、違反者への制裁の就業規則・服務規程への記載等が見られた。また、実際にセクシュアル・ハラスメントが発生した場合に備えた対応としては相談・苦情処理窓口の整備、迅速・公正な対応等が挙げられ、とりわけ事柄の性質上相談に躊躇する女性労働者も少なからずいることを考慮して、相談を受けやすい環境に工夫している状況が見られた。この他、プライバシーの保護、相談を持ち込んだ女性労働者に対する不利益取扱いの禁止についても重要事項として位置づけられている。



2 職場におけるセクシュアル・ハラスメントの概念


 職場におけるセクシュアル・ハラスメントについて、事業主が雇用管理上の対応を行うためには、まず、その概念を明確にする必要がある。

 男女雇用機会均等法第21条第1項は、「事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する女性労働者の対応により当該女性労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該女性労働者の就業環境が害されることのないよう雇用管理上必要な配慮をしなければならない。」としている。
 これは、職場におけるセクシュアル・ハラスメントを、「職場において行われる性的な言動に対するその雇用する女性労働者の対応により当該女性労働者がその労働条件につき不利益を受けること」(いわゆる対価型)又は「職場において行われる性的な言動により当該女性労働者の就業環境が害されること」(いわゆる環境型)として捉えているものである。
 しかし、こうした一般的な定義だけでは、具体的にどのようなものが「職場におけるセクシュアル・ハラスメント」に該当するのかが必ずしも明確ではない。
 そもそも「職場におけるセクシュアル・ハラスメント」は、その態様、背景が極めて多様である上に、その適用の判断に当たっては、主観的要素や個別の状況を斟酌する必要がある。
 したがって、具体的範囲を明確にするためには、適用上の問題を整理するとともに、具体的事例によって雇用管理上の目標を示すことが必要である。
 なお、男女雇用機会均等法に基づく概念は、事業主が雇用管理上配慮すべき対象についての概念であり、民事、刑事法上のいわゆる違法性を判断する場合の概念とは、一応、目的、性格を異にするものであるが、ここで整理された概念に基づき、企業が誠実に防止対策を講ずることによって、問題事例が発生した場合における司法上の判断においても、それなりの評価がなされることが期待されよう。


(1)概念の内容と適用上の問題点

イ 男女雇用機会均等法上の文言の具体的内容

 男女雇用機会均等法第21条第1項の個々の文言の具体的内容については、次のように解釈されている。

(イ)「性的な言動」の例

イ.性的な発言(性的冗談、からかい、食事・デートへの執拗な誘い、意図的に性的な噂を流布する、個人的な性的体験談を話したり、聞いたりする等)
ロ.性的なもので視覚に訴えること(ヌードポスター、猥褻図画の配布、掲示等)
ハ.性的な行動(性的な強要、身体への不必要な接触、強制猥褻行為、強姦等)
等が一般的に、「性的な言動」として解釈されている。

 なお、「セクシュアル・ハラスメント」に該当するためには、その言動が性的性質を有することが必要であり、例えば女性労働者に「お茶くみ」や「電話番」等の業務を行わせること自体は性的性質を有するものではない。ただし、個々の事例によっては、「性的な言動」であるかどうか区別することが難しいケースもあり得る。
 また、イ.及びロ.の場合、女性労働者も性的な噂を流布すること等によって、女性労働者の就業環境を害することができることから、セクシュアル・ハラスメントの行為者となりうる。なお、イ.及びロ.の場合、その表現方法として、手紙や電話のほか、電子メール等電子情報によるものが含まれることは当然である。


(ロ)「職場」の例

 女性労働者が業務命令に従って業務を遂行する場所であり、事業所内が中心となろうが、業務命令に従って業務を行う上で立ち寄る場所もケースによっては「職場」と解釈されている。
 例えば、取引先の事業所、取引先との商談のための会食等の場、車中(バスガイド等)、顧客の自宅(保険外交員等)、取材先(記者)、出張先等は「職場」と解釈されている。
 したがって、行為者も代表者、上司、男性同僚のみならず、「職場」に係る限りにおいて、取引先、顧客、病院における患者、学校における生徒等を含む。
 また、上記(イ)と同様、「職場」であるかどうか区別することが難しいケースもある。
 特に、我が国の場合、仕事の延長で「宴会」や「酒席」が設けられることも多く、こうした場が「職場」と言えるか否かは、職務との関連性、参加者、参加が強制的なものか否か等によりケース・バイ・ケースの判断となろう。


(ハ)「労働条件につき不利益を受けること」の例

 解雇や降格、昇進・昇格の対象からの除外、減給等の不利益が生ずる場合と解釈されている。
 なお、配置転換の場合は、ケース・バイ・ケースの判断であるが、不利益なものがこれに含まれるのは当然である。


(ニ)「就業環境が害されること」の例

 意に反する行為により就業環境が不快なものとされ、個人の職業能力の発揮に重大な悪影響が及ぶ等、就業上看過できない程度の不利益や被害が生じることを意味する。
 就業環境が「不決なもの」であることが要件となるため、後述のように「不快」か否かの判新基準が問題となる。
 また、「就業環境が害される」という程度に達するか否かは次に示すように行為の性格によっても大きな違いがあろう。

 イ.1回の行為でも就業環境が害されうるもの
  強姦、抱きつく、腰・胸にさわる

 ロ.繰り返し行われることによって就業環境が害されうるもの
  悪質な性的うわさ・中傷、性的関係を求める発言、じっと見つめる、性的冗談

 ハ.継続的であることによって就業環境が害されうるもの
  ヌードポスターの掲示

 また、ロ.及びハ.については、明確に抗議されているにもかかわらず、何もしないで放置されたままである場合、又は、ロ.若しくはハ.の言動により心身に重大な影響があることが明らかな場合には、就業環境が害されていると言えよう。

ロ 適用上の問題

 概念の具体的な適用にあたっては以下の3点が問題点として挙げられよう。

(イ)「主観性」

 男女雇用機会均等法では、「性的な言動」が「相手方(女性労働者)の意に反する(望まない)」ものであることが文言上明示されていない。
 しかしながら、「性的な言動に対する女性労働者の対応により・・・(中略)・・労働条件につき不利益を受け」又は「性的な言動により・・・(中略)・・・就業環境が害される」こととなる楊合であるから、「性的な言動」が「相手方(女性労働者)の意に反する(望まない)」ものであることは、当然の前提であると考えられる。
 したがって、たとえ「性的な言動」があったとしても、言動の対象となる相手方が、同意している場合には、セクシュアル・ハラスメントに該当しない。ただし、現実には、相手方が同意していたか否かの認定は微妙かつ困難な場合が多い。
 また、「主観性」は.「性的な言動」について問題となるだけでなく、環境型のセクシュアル・ハラスメントについて「就業環境が害された」か否かを判断する場合のファクターともなる。
 職場におけるセクシュアル・ハラスメントと言うためには、少くとも「本人」にとって、「意に反した性的言動」であり、「就業環境が害された」ことが必要であるが、「性的な言動」に対する反応は、個人差が見られる場合が多く、主観的判断のみで職場におけるセクシュアル・ハラスメントの成否が決定されるとすれば、概念が適用されるケースが無限定に拡張されかねない。例えば、「女性が不快に感ずるものはすべて該当する」ようなことにもなりかねない。
 他方、雇用管理上、女性労働者の職業能力の発揮に重大な悪影響が及ぶ等就業上看過できない程度の不利益や被害が生じる点に重点を置いて、職場のセクシュアル・ハラスメントを考えるとすれば、本人が就業環境を害されたと考え、能力発揮ができなくなっている以上、何らかの雇用管理上の対応が必要であろう。
 このようにし職場におけるセクシュアル・ハラスメントの判断において「主観性」にどの程度重きを置くかは、職場におけるセクシュアル・ハラスメント防止の趣旨、目的をどのように考えるかに関連してくる。
 この点、男女雇用機会均等法第21条では、雇用管理上の問題として職場のセクシュアル・ハラスメントを捉える一方、事業主に配雇義務を課しており、これに反する場合には、同法第25条に基づき、行政による報告徴収、助言、指導、勧告の対象となりうる。
 したがって、概念の適用を考える(特に環境型)に当たっては、雇用管理上の問題として、主観性を重視しつつも、防止のための配慮義務の対象として、一定の客観性が必要であると考えられる。
 この点、「性的な言動」や「就業環境を害した」か否か(具体的には、就業環境が不快か否か、職業能力の発揮に重大な悪影響を及ぼしているか否か)の客観的判断基準としては、大別すると、イ.「平均的な人の感じ方」、ロ.「平均的な女性の感じ方」のニつの基準が考えられる。もっとも、職場におけるセクシュアル・ハラスメントが、職場における女性の意識についての男性と女性の間の認識の違いにより生じている面があることを考えると、男女間の認識の違いを考慮しないイ.の「平均的な人の感じ方」という基準を採ることは妥当でないと考えられる。
 なお、「性的言動」や「就業環境を害した」か否かについて、客観的判断基準をとったとしても、被害にあった女性労働者が「意に反する」ことを明らかにしている場合に、さらに行われる性的言動はセクシュアル・ハラスメントと解されることにもなろう。


(ロ)「被害の発生」

 男女雇用機会均等法第21条の職場におけるセクシュアル・ハラスメントというためには、「労働条件につき不利益を受け」又は「就業環境が害される」という要件を満たすことが必要である。このうち、前者は、比較的明確であるが、後者については、どの程度に至った場合、「就業環境が害された」と言いうるかは微妙な問題である。

 一般的には、第21条の雇用管理上の防止という趣旨・目的から考えると、就業環境を不決なものとすることにより、個人の職業能力の発揮に重大な悪影響を与えているなど、就業上看過できない程度の不利益や被害が現実に生じていることと言えよう。

 ただし、このような一般的な解釈を示せたとしても、具体的な判断はケース・バイ・ケースの難しい判断となることば否めない。傾向としては、強姦や強制猥褻等意に反する身体的接触によって強い精神的苦痛を被る場合には、一回であっても「就業環境」を害した状態になりうる。これに対し、性的冗談やヌードポスターの掲示による場合などは、ある程度の継続ないし繰返しが要件となろう。もっとも被害の発生を防止する上では、4(1)で述べるように、こうした行為についても行為の継続、繰り返しにより現実に「就業環境」を害する状態になる前にこれをくい止め、適切に対応するよう、注意することが必要になってくる。


(ハ)いわゆる「グレーゾーン」について

 男女雇用機会均等法第21条は行為の対象を「性的な言動」とし、性的な性質、即ち、sexualityに結びついた言動に起因するものに限定して規定している。

 したがって、性的言動と異なる「女性であるという属性に基づく性別役割分担意識に基づくいやがらせ」は、男女雇用機会均等法上は、職場におけるセクシュアル・ハラスメントの規定の対象とはならず、むしろ、一般的な女性差別の間題として取り上げることが適当な場合もあろう。

 しかしながら、こうしたいやがらせに性的要素が加わる場合には、実態的に、「セクシュアル・ハラスメントとの区別が難しい場合やこれと重複して行われる行為」のように微妙な場合が往々にして見られる。

 このような例として、例えば「職場に当たる接待において、上司を含めた男性同僚がお酒の酌、デュエットを強要する。」といったことなどが挙げられよう。
 このような場合については、職場におけるセクシュアル・ハラスメントの原因あるいは関連する問題(いわゆる「グレーゾーン」の問題)として、4(1)で述べるように、職場におけるセクシュアル・ハラスメント防止のための一定の配慮の対象としてとらえていくことが必要と考えられる。
 なお、3で述べるように、こういういやがらせの背後にある性別役割分担意識ないし偏見は、職場におけるセクシュアル・ハラスメントを生む土壌となっており、上記と同様、配慮の対象とすることが適当であろう。


(2)典型例

 職場におけるセクシュアル・ハラスメントは発生の状況や態様が多様であるが、職場におけるセクシュアル・ハラスメントの行為の典型例として、次のようなものが挙げられよう。

 イ.対価型セクシュアル・ハラスメントを受けている女性労働者の例
 (性的な言動に対する女性労働者の対応に基づいて、その女性労働者が労働条件に不利益を受けた例)
 ・出張の際、上司(社長)から性的関係を強要され、拒否をしたら、その後のボーナスの査定を下げられた。
 ・上司(社長)から、外回りの営業車の中でホテルに誘われたり、交際を要求されたが、拒否をしたら、定期昇級の対象から除外された。
 ・社長(上司)が事務所で身体に触ったり、乱暴しようとするので、抵抗したら解雇された。
 ・社長(上司)の日常の性的発言を注意したら、契約期間が更新されなかった。
 ・女性労働者が顧客の性的要求を拒否したら、契約を断られた。
 ・上司(社長)の性的要求を拒否したところ、仕事が回されなくなり、結果として昇進の対象とならなかった。
 ・上司(社長)が事務所で身体に触ったり、乱暴しようとするので、抵抗したら、その後、仕事上でむやみに怒る、仕事を回さないなどの嫌がらせをされた。

 ロ.環境型セクシュアル・ハラスメントを受けている女性労働者の例

 (身体接触型)
 ・上司がいきなり給湯室で抱きついてきたので、その場は抵抗して逃れたが、その後、出勤するのが恐ろしくなった。
 ・営業にいつも一緒に行く男性同僚が、ある日車中で腰や胸にさわるなどしたため、その後は営業に行くことが苦痛である。
 ・職場で通りかかるたびに髪や肩をさわる男性労働者がおり、抗議したにもかかわらず態度が改まらないため、不快で仕事が手につかない。

 (発言型)
 ・会社内、得意先などに「性的にふしだらである。」などの噂を流され、職場にいるのがいたたまれない。
 ・会社内で顔を会わせると必ず性的経験や容姿、肉体に関することについて聞く男性労働者がおり、女性労働者が非常に不快に感じている。
 ・男性労働者が集まると猥談をしたり、女性労働者が通りかかると卑猥な冗談を投げかけるなど非常に不快に感じている。

 (動作型)
 ・化粧室や更衣室の前などで、胸や腰をじっと見る男性労働者がおり、とても不安である。

 (視覚型)
 ・職場に恒常的にヌードポスターが貼られており、仕事をする場にふさわしくないため掲示をやめるよう抗議したが、掲示されたままで非常に不快に感じている。

(3)注意すべき事例

 職場におけるセクシュアル・ハラスメントは、環境型の場合「就業環境が害された」ということが要件であるが、ある時点においては「就業環境が害された」状況までには至っていないまでも、これを放置すれば「就業環境」を害するおそれがあり、実質的に職場におけるセクシュアル・ハラスメントを防止する観点から一定の配慮をすべき事例がある。

 また、職場におけるセクシュアル・ハラスメントは多様であり、男女雇用機会均等法上の「性的な言動」や「職場」に該当するか微妙な場合があり、注意を要する楊合がある。
 このように、職場におけるセクシュアル・ハラスメントに該当するか否かはケース・バイ・ケースであり、未然防止の観点から、これら2つのタイプに分けて事例を示すこととする。

イ.放置すれば就業環境を害するおそれがあり注意すべき事例

・時々女性労働者の肩に触ったりする管理職がいる。
・男性労働者が集まると、時々女性労働者のいる前で性的な会話をすることがある。
・休憩時間などに時々ヌード雑誌をこれみよがしに読んだりする男性労働者がいる。

ロ.厳密に男女雇用機会均等法上の定義にあたるか微妙であり注意すべき事例

(「職場」ではあるが「性的な言動」の面で微妙な事例)
・職場で顔をあわせる度に、「子供はまだか。」と繰り返し尋ねられる。

(「性的な言動」ではあるが「職場」の面で微妙な事例)
・任意参加の歓迎会の酒席において、女性労働者の身体を触る。
・部下の女性を勤務時間終了後飲酒に誘い、性的な要求をする。

(「性的な言動」及び「職場」の双方で微妙な事例)
・任意参加の歓迎会の酒席において、上司を含めた男性労働者の隣に座ることやデュエットやお酒のお酌を強要する。
・任意参加の運動会においてスコートの着用を強要する。