次の資料 前の資料

[資料番号] 00030
[題  名] 賃金・退職金制度研究会報告書(概要)H10.2.6
[区  分] 賃金制度

[内  容]
賃金・退職金制度研究会報告書(概要)H10.2.6
研究会(座長:神代和欣横浜国立大学教授)








1.経済社会構造の変化と賃金・退職金制度

 最近の我が国経済社会の構造変化は,従来の賃金・退職金制度を維持することを困難にさせ、人事・労務管理システムを見直す動きを生じさせてきている。

○経済の国際化の進展に伴う国際競争の激化等に対応し、生産性向上へのインセンティブを高めたり新規事業分野を担う人材を確保するための賃金制度の必要性の高まり
○情報化等技術革新の進展に伴う仕事内容の変化、技術や研究開発力の強化のための高度な能力を持った専門的人材の確保・育成の重要性の高まり
○貿易構造の変化や規制緩和等による産業構造の変化に伴う産業間・企業間の円滑な労働移動の必要性の高まり
○労働力人口の中高年齢化の進展による中高年層の人件費負担感の高まり○若年層を中心とした転職に対する抵抗感の縮小や長期的貢献を重視するより短期的な成果を評価対象とする賃金制度を望む労働者の増加等労働者の意識の変化

2.賃金制度の変化

(1)賃金構造の変化

 我が国の賃金構造をみると、年齢間の賃金格差の縮小、大卒中高年層の賃金のばらつきの拡大、標準労働者と中途採用者の賃金格差の縮小等の動きがみられるが、これまでのところ大きな変化とはなっていない。

(2)賃金制度の現状と労働者の意識

 @賃金制度の現状

 我が国の賃金制度は年功賃金といわれるが、給与の構成をみると、年齢・勤続・学歴等の属人的要素と職務給、職能.業績給といった仕事的要素を組み合わせているものが多い。

<現在の人事・賃金制度に対する企業と労働者の認識>
 企業の認織をみると能力重視の人事制度を採用していると考えている企業が多いのに対して、労働者の多くは勤務先の賃金制度を年功序列型と認識している。

 このように我が国の賃金制度が職能給や職務給を採用している場合が多いにもかかわらず、年功序列型と認識されているのは、我が国の企業では、長期雇用を前提に多くの企業で定期昇給が存在し、職能給や職務給についても年齢・勤続とともに上昇する場合が多く、時々の賃金と貢献の関係が不明確であることや個々の労働者の査定幅があまり大きくないこと、などによるものと考えられる。

 A労働者の意識

<賃金制度についての満足度>
自社の賃金・退職金制度を能力・業績主義型と考えている労働者の方が満足している労働者の割合が高い(図1=省略)。

<会社の評価(人事考課)制度の公正・公平さ>
 自社の評価制度を不透明とする者の割合はかなり高く、不公正・不公平とする者も4割を超える。自社の賃金・退職金制度を能力・業績主義型と考えている労働者の方が評価制度を透明、公正・公平とする労働者の割合が高い(図2=省略)。

<望ましい給与構成>
 属人的給与部分を縮小、廃止し、職能・業績給部分や職務給部分を新設、拡大することが望ましいと考えている労働者が多い(図3=省略)。

 能力・業績主義型賃金制度と考えている労働者の方が満足度が高いのは、これまでのところ能力・業績主義型賃金制度が導入されたのは比較的客観的な評価が行いやすい分野であり、評価と賃金の関係が短期的に明らかになっているため、透明性が高いことが一つの要因であると考えられる

(3)賃金制度の見直しとその影響

 @賃金制度の変化

 賃金制度の見直しを過去3年間に行った企業は約半数に達し、改定項目としては昇給幅の縮小、職務遂行能力や業績・成果に対応する賃金部分の拡大をあげる企業が多い。また、大企業を中心に年俸制導入の動きがみられるが、管理職中心の適用にとどまっており、適用労働者の割合もそれほど大きくない。年俸制等の能力・業績主義的な賃金制度が有効に機能するためには、評価について労働者本人の納得を得ることが極めて重要な要素となるが、年俸額等を決定するための目標面接制度を設けている企業の割合は、3分の1程度にとどまっている。

 このように賃金制度の見直しが進んでいるが、その内容をみると、業績主義の対象を賞与に限るなど、これまでのところ短期的な業績評価を反映して変動する部分のウエイトは、それほど大きなものとはなっていない。ただ、職能・業績給部分や職務給部分の拡大を予定している企業も多く、今後とも賃金制度の見直しは進むとみられる。

<過去5年間に給与改定した企業における月例給与構成変化と今後の変更予定>
 給与構成について、属人的部分を縮小、廃止し、職能・業績給部分や職務給部分を拡大した企業が多く、今後の変更予定も同様の傾向となっている(図4=省略)。

 A賃金制度見直しの影響

<賃金・賞与制度の改定理由>
 「従業員のモラール維持・向上」が多いが、今後改定する理由として「年功制維持が困難」とする企業の割合が大幅に高まっている。
<改定の影響>
 「収入安定に対する不安感」についてはマイナス、プラスほぼ同程度であるが「評価の公正 ・公平感」、「従業員のモラル」、「仕事の能率」等概ね積極的に評価されている。


(賃金制度見直しの意義)

 能力・業績主義的賃金制度の導入は、中高年層の賃金の割高感を解消し、中高年層の雇用過剰感を緩和するという側面を持ち、その意味では長期雇用と矛盾するものではないと同時に、労働者が労働移動を余儀なくされる場合や発展分野へ転職しようとする場合のリスクやコストを少なくするという効果を持つものである。また、専門的能力を有する労働者の処遇の改善や労働力の適正配置、仕事に対する意欲の向上を通じて経済の活性化をもたらすことが期待されるものである。

(見直しに際しての留意点)

 ただ、能力・業績主義の導入等の賃金制度の見直しに際しては、@我が国企業にはなお、自社内で長期的に蓄積していくべき技術や技能を有している分野があること、A評価制度に納得が得られない場合にはモラルダウン等により生産性がかえって低下することも懸念されること、B長期雇用が崩れ、離転職が多くなれば、企業の従業員に対する能力開発投資へのインセンティブが小さくなり、生産性向上に悪影響を及ぼす可能性があること、などに留意することが必要である。

3.退職金制度の状況

(1)退職金制度の役割と普及状況

<退職金の意義や使用目的>
 労働者、使用者双方とも定年後、老後の生活に充てるべきものと認識しているほか、使用者は「定着化を図り忠誠心を高めるもの」、労働者は「不時の備え」、「家の建築・購入・修理など」といったことをあげる者が多い。

 退職金制度は大部分の企業に普及しており、制度のある企業は9割を超える。形態別にみると、退職一時金制度のみ有する企業は長期的に減少し、退職年金制度を有する企業が増加しているが、退職年金を受給するに当たっても、一時金を選択する労働者の割合が高い。
 退職金の支給額は、勤続とともに累進的に増加し企業年金は勤続年数が短い労働者には支給されないなど、その支給構造は、経済構造転換の過程で労働移動を余儀なくされる労働者が長期勤続者と比較して不利なものとなっている。
 一方、最近、倒産件数の増加に伴う賃金不払の増加、資産運用利回りの低下による年金財政運営の困難化等従業員の退職後の所得保障としての安定性が懸念される状況となっている。

(2)退職金制度の変化

 @見直しの背景

<退職金制度の問題点>
 「退職金の積立金の運用利回りの低下」、「高齢化に伴いコストが嵩む」、「在職中の能力や業績を反映できない」、「退職金支給が年功的であること」などをかなりの企業があげている。

A見直しの状況

 退職金制度の見直しは賃金制度の見直しに比べて遅れているが、今後見直しを行う方針である企業はかなり多い。退職一時金の算定基礎額について、賃金と切り離して別に定める額を算定基礎とする企業が増加している。

(3)今後の退職金制度の見直しの方向

<退職金制度の転換方向>
 「算定基礎を能力、業績に置く」とする企業が最も多く、「退職年金を充実させる」が次いで多い。一部ではあるが「退職金を縮小・廃止し原資を賃金に」とする企業もみられる(図5=省略)。

<今後の退職金と賃金との関係>
 退職金と賃金の関係について、約7割の労働者が現状維持を希望しているが、退職金を縮小し原資を賃金に振り分けることを約4分の1の労働者が希望しており、年齢別には転職志向の強い若年層の割合が高い。

<現状維持または退職金に振り分ける理由>
 「退職後の生活に向けて賃金を個人で運用するのは不便だから」、「退職金制度は現行の控除税制のメリットが大きいから」などの理由があげられている。

4.今後の課題

 賃金・退職金制度は労使が自主的に決定すべきものであることはいうまでもないが、今後、賃金・退職金制度を見直す上で重要なことは、労使の合意形成を図りつつ、個々の労働者が能力を十分発揮できるようにするとともに、働き方やリスクの負担方法等について自らの意志で選択できるシステムを構築していくことであり、政策面では、こうした選択が可能となるような環境を整備するとともに、弊害をできる限り少なくするためのセーフティーネットを整備することが求められる。

(1)賃金制度見直しに当たっての課題

 @活力と創造性の発揮を促進する賃金制度

 経済社会の構造変化が進展する中で、労働者の活力や創造性の発揮を促進することが求められており、高度で専門的な能力や創造性を持った労働者に対しては、その貢献に相応しい処遇を行うような賃金制度を構築することが重要である。

 A労働者の働き方の多様化や労働移動の増加への対応

 労働者の働き方の多様化や労働移動の増加が見込まれる中で、個々の労働者の就業ニーズに応じ、意欲を持って働くことができるようにするとともに、発展分野への円滑な労働移動を推進することが、経済社会の活力を維持するためにも重要である。このため、勤続期間が短い労働者についても、能力を適切に評価し処遇する賃金制度を構築することが重要であり、併せて客観的な能力評価制度を整備することも必要である。

 B多様なキャリアバスに応じた人事・賃金管理

 能力・業績主義的賃金制度の導入に当たっては、個々の労働者の能力が発揮される場を確保することが重要であり、労働者の希望に応じて能力が発揮できるようにするため、多様なキャリアパスに応じた人事・賃金管理が求められる。職種によって業績の評価を行いやすい分野がある一方で、長期的に技能や技術を蓄積することが望ましい分野があるなど状況が異なる中で、キャリアパスごとに賃金体系を別建てにする場合には、各キャリアバスを労働者が希望に応じて選択できるようにすることにより、キャリアパス間の適正なバランスを確保していくことが重要である。

 C評価制度の透明性、公正・公平さの確保

 能力・業績主義的賃金制度では、評価制度の透明性や、公正・公平さを確保すること、職務能力や業績を適切に評価するシステムを構築し、決められた基準に従って評価が公正に行われることが重要であり、目標管理制度の活用による評価基準の明示、明確化や評価結果の本人への公開を内容とするフィードバックシステム、異議申立制度の導入等が考えられる。

 D賃金制度の見直しと中高年層の生活面への配慮

 現在の中高年層の多くは、これまでの年功的な賃金制度の下で長期的な視野から生活設計を行ってきていることを考えると、賃金制度の見直しに際しては、過渡的には、現在の中高年層の生活面にも配慮しつつ進めることが望まれるとともに、個々の労働者がライフサイクル的な視点から若年期から主体的、計画的に資産の形成を行うことが必要である。

 E賃金格差拡大による不平等感が高まらないための配慮

 今後は、能力・業績主義的賃金制度の普及によって、賃金格差が拡大する可能性があるので、個々の労働者への職業能力開発機会の提供や個人主導の能力開発に対する費用面での支援などによって、労働条件が改善するように努めること、最低賃金制度の適切な運用により、低賃金労働者の適正な労働条件を確保することが重要である。


(2)退職金制度をめぐる課題

@労働移動の増加への対応

○ポータビリティーの確保
 離職した企業から得た退職金(年金)を個人勘定の創設等によりプールし、引退年齢に達するまで課税を繰り延べるなど、労働市場から引退する時にそれまでの退職金(年金)を併せて受給することができるようにするための措置を検討する必要がある。

○受給資格期間の短縮
 現行の企業年金は、短い期間で転職をした場合には、年金が全く支給されないことが多く、今後、社外積立型の退職年金制度の重要性が増す中で、受給資格期間を短縮することが必要である。

○確定拠出型退職年金の導入
 確定拠出型の退職年金制度は、ポータビリティーの面でもすぐれていることから、労働移動へも対応できるものであり、その導入を検討する必要がある。
 なお、既存の確定給付型退職年金制度に替えて、確定拠出型の制度を導入することについては、利率変動等に伴って受給額が低下するというリスクを労働者が負担することになるといった問題点もあり、労使が十分に話し合い、慎重に検討する必要がある。

A退職金の支払の確保

○社外積立型退職金制度の導入促進と受給権の保護
 退職金の支払の確保という観点からは、外部機関が運用し退職金を支払う制度である社外積立型の退職金制度の導入を促進することが重要である。また、社外に積み立てられている退職年金についても、労働者に確実に支給されるようその受給権の保護を図るため、年金財政の情報開示、財政運営基準の設定、受託者責任の明確化等の措置について検討する必要がある。

○社内積立型退職金の支払の確保
 社内積立型退職金についても、退職手当の保全を図るため、賃確法に基づく退職手当の保全措置の遵守履行を周知徹底させるよう指導監督を強化するとともに、実効性のある退職手当の保全措置の在り方についても検討する必要がある。


B多様な選択を可能とする制度の整備

○引退後の所得保障のための受け皿の整備
 退職金を賃金に上積みして受け取る制度を導入する動きがみられることなどに対応して、老後のための資産形成の選択肢を増やすことが望ましい。こうした観点から、財形年金制度を改善し、勤労者拠出型の年金制度として整備するなど勤労者の退職後の生活の安定に資する自助努力の支援方策を検討していく必要がある。

○衡平性の観点からの税制の在り方の検討
 我が国の退職年金に関する税制をみると、制度間で扱いが異なっている。今後、衡平性の観点から、税制の在り方について総合的に検討していくことが必要である。


C退職金制度見直しに際して注意すべき事項

○退職金制度の見直しに際しては、労働条件の不利益変更とされるおそれもあり、慎重に対処することが必要であり、労使が十分に話合いを行うとともに、変更前の退職金制度を前提としてしてきた労働者の生活面への影響も考慮して、制度の円滑な定着に向けて十分な周知期間を設定することが望まれる。


C賃金・退職金制度の整備・改善に対する支援

○賃金.退職金制度の見直しに当たっては、中小企業を中心に情報・ノウハウが不足していたり、専門スタッフの少ない企業も多く、賃金、退職金制度の適切な整備・改善を支援していく必要があり、中小企業賃金制度支援事業を今後とも積極的に推進するとともに、退職年金制度の望ましい設計のあり方等について検討していく必要がある。