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日経連
「労働委員会制度の在り方検討委員会」報告書
−−個別的労使紛争の処理機能のあり方について、付言−−
【資料のワンポイント解説】
1.日経連は、この報告書において「個別的労使紛争の処理機能を、新たに労働委員会にもたせることについては賛成できない。」また、「
2.日経連報告書が説得力を持つためには、個別的労使紛争のうち、『民事調停』にかかっている事件数が明らかにされなければなるまい。それこそ、極めて微々たるものでしかないはずであるが、何故か。そこには、それだけの理由がある(あった)と考えるのが自然であろう。
1、 はじめに
今日、労働委員会制度の今後の在り方が、様々なところで検討されており、使用者の関心も高まっている。その背景には、近年において、労働委員会に係属する事件数が調整・審査とも著しく減少する一方で、少数組合の事件が占める割合が増加することにより、係属する事件の性格も、以前に比べて異質なものになったのではないかという認識がある。
翻って、労働委員会の機能に目を向けても、審査の遅延、裁判所による命令の取消の増加が指摘されており、命令や和解・実効確保措置の在り方等にも改善の余地が多いのではないか、との意見もある。さらに、最近における個別的労使紛争の増加という現象に鑑み「労働委員会の機構を改革し、個別的労使紛争の処理ができるような機能を
もたらせるべきではないか」という見解も労働側を中心にみられている。
では、労働委員会制度がかかえているこれからの問題に対して、使用者としてはどのように考えるべきか。
2、 審査、命令等に関する問題
まず、審査の遅延の問題である。事件終結に至るまでの平均処理期間は、地労委で約3年半、中労委では約4年半強と長期にわたっており、各地労委、中労委ともに迅速化への取組みが急がれている。
確かに、簡易・低廉・迅速を旨とする労働委員会の役割からして、現状には改善すべき点が多いのは事実である。例えば、調査の充実・活用、迅速化に対応するための調整事件担当者の応援等弾力的な事務局体制、事務局職員の処理能力の一層の向上を図るための研修の充実等、迅速化のために検討すべき課題は多岐にわたっている。さらに、
かねてから指摘されているように、審査委員の適正な指揮によって審問廷の秩序を厳正に維持し、手続きの円滑な進行を図ることも重要である。
反面、事件の性質上やむを得ず処理期間を要するものもあり、平均処理期間だけでは遅延しているが一概に判断できないケースも少なくない。また、使用者の立場からいえば、迅速化の名のもとに手続の保障が害されることがあってはならない。審査の遅延よりもさらに問題なのは、最近、労働委員会の命令が裁判所で取消されるケースが増えていることである。
当然のことながら、命令の企業に与える影響の大きさや、労働委員会の社会的信用保持の点から、労働委員会は裁判所の審理に耐えうる適正な命令を出すべきである。そのためには、不当労働行為の成否の判断については、私法上の権利義務を無視すべきでないし、確立した最高裁判例には従うべきである。また、的確な争点整理、証拠の
摘示等についても裁判所のやり方を参考にして、工夫を加える必要がある。
また、不当労働行為の審査にあたって、労働委員会が、事実上、いわば、労働組合救済のための審議機関となっていることを考慮したとしても、命令がしばしば組合側に傾き過ぎているとの指摘がある。そこで、将来的には労働組合の不当労働行為を認める方向での検討も考慮されるべきである。また、命令を出す場合においても、特にポストノーティス命令については、使用者に与える影響の大きさを十分に考えて、その必要性につき慎重を期すべきである。
同時に、使用者のみならず組合側にも帰責事由があるケースも多いことを考えると、命令後の労使関係にも配慮して、調整的命令、条件付命令をさらに活用し、公平な解決を図ることが紛争解決機関としての労働委員会の信頼獲得につながる。
和解については、労使関係が継続的な関係であることに鑑みると、従来にもまして積極的に活用すべきであり、労使の参与委員の一層の活躍が期待される。
審査にあたっては、出来るだけ早期に「和解になじむ事件か否がをみきめる必要があると共に、和解の基本が「互譲」であることを当事者に徹底すること、また、係争事項以外に無原則に範囲を広げることがないこと等を配慮すべきである。
実効確保の措置については、少なくとも審査の実効確保措置の勧告が本来の制度趣旨を逸脱し、いわば裁判所の仮処分であり得ないような措置が命ぜられてきた経緯もあったことを考えると、審査手続面に限定した本来の趣旨通りに運用されるよう留意されるべきである。
3、 労働委員会制度改革の方向
労働委員会制度の今後の在り方については、当面、機能、機構等大きな枠組みは現行通りとし、係属事件の減少・審査の遅延等の問題に対しては、組織や運用の積極的、機動的な改革によって対応すべきである。
大枠を現行通りとする理由は、事件数の多少にかかわらす集団的労使紛争の処理機関が必要であること、さらに歴史的に見ると、三者構成というシステムがこれまで労働争議の調整や不当労働行為の和解等に一定の役割を果たしてきたこと、今後についてもこのシステムが、長期的な労使関係の安定に寄与することが期待できること、等による。
「近年、少数組合の事件が増え、労働委員会の役割が変化してきた」との指摘については、複数組合主義等の「労働法全体と現実の乖離」の問題であり、別途労働法全体の問題として検討すべき課題である。
事件数の減少等への対応については、中労委は、調整・審査の業務量や審査の遅延対策等を総合的に考慮して、事務局組織の弾力的な運営を検討すべきである。
事件数の減少が著しい地労委については、委員や事務局の体制を、事件数にみあった形に見直すことが急務である。また、今後地方自治との兼ね合いも考えながら、実態に応じて、ブロックの中心となる自治体で事件を処理する等の途をさぐることも必要である。
他方、個別的労使紛争の処理機能を、新たに労働委員会にもたせることについては賛成できない。
個別的労使紛争は使用者と労働者の個別的な権利義務の問題であり、本来的に行政による調整的解決になじみにくい。また、労働委員会の役割は、集団的労使関係の調整と、団結権の保護を月的とする審査であり、性格の異なる個別的労使紛争の処理を委ねることについては、公平性確保の観点から、またその解決の力量の点からも使用者としては危惧の念を拭い得ない。
なお、労働省は個別的労使紛争に関し当事者から解決につき援助を求められた場合には、都道府県労働基準局長が、広く産業社会の実情に通じ、かつ、労働問題に関し専門的知識を有する者の意見を聴いて、助言又は指導することができるものとする」という労働基準法改正案を提出している。これは一つの解決方法ではあるが、
しかし、個別的労使紛争の増大傾向については、使用者としても、企業の社会的責任という観点、あるいは紛争処理のためのコストからも重大な関心をもたざるを得ない。
使用者としては、第一義的には企業内の紛争処理機関を整備・活用し、紛争の未然防止と自主解決を図るべきである。ハラスメント等、個別的労使紛争の原因となる職場の問題を解決することは使用者の責務でもあるからである。
企業内に適当な紛争処理機関を設置していない企業については、日経連をはじめとする使用者団体が、相互に連携をとり、労務相談機能の一層の充実と活用を図ることが有益である。
さらにやむを得ず事件が外部の紛争処理機関に係属した場合には、使用者は、積極的に主張すべきは主張し、紛争の公正な解決に努めるべきである。
個別的労使紛争の解決にあたる企業の外部の機関としては、個別の権利義務の存否を判断するのを本分とする裁判制度が利用されるのが本則であり、当事者が調整的解決を求める場合には、既に同じ司法制度内に存置されている
民事調停は、主として簡易裁判所(全国438箇所)に申立てができるため、当事者にとって利用しやすい。また、調停手続きも簡易で、非公開であるとともに、当事者に出頭義務が課せられており、調停調書に判決と同等の効力がある等、あえて制度の改変をなさずとも紛争処理機関として優れた点が多々あるからである。
また今後、個別的労使紛争がさらに増加傾向を辿った場合には、必要があれば専門性を確保するために、民事調停制度の中に労使問題の特別調停である「雇用関係調停」の創設を考慮すれば足りるであろう。