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【資料のワンポイント解説】
1.平成10年10月15日、公表された「労使関係法研究会」による労組紛争解決のあり方に関する報告書である。
2.今後のあり方に関して6案の提示を行っているのが特徴。
3.コメント(労務安全情報センター)
(1)労働委員会活用案
、、、労働委員会の組織救済策としてのみ理解できる案か。公労使3者機関には機動力を要する個別労使紛争の処理に根本的になじまないだろう。
(2)「雇用関係委員会」案、、、非現実的な案。
(3)労政主管事務所活用案
、、、都道府県の都道府県民に対する多様なサービスの一環として存在価値がある。「実績」があるとの評価はあくまで相対的なものであり、最も「実績」があるということでもあるまい。
(4)民事調停制度活用案
、、、個別紛争の取扱に、ほとんど実績のない民事調停に、なにを期待すればいいのか。
(5)都道府県労働局案
、、、現状の個別紛争の内容が「賃金・退職金、退職・解雇、派遣トラブル、男女の均等取扱、セクシュアルハラスメント」で、全体の8割方を占める現状から、この案が最も現実的であろう。しかし、民間企業がいう「顧客満足度」に似た「相談者満足度」を物差しとして持った機関に変身(意識改革)することが条件か。
また、弁護士等有識者を中心とした「参与制度」を併設して、所管法律以外の民事全般にわたる相談に対応することによって「ワン・ストップ・サービス」の実現をはかるべきである。
(6)「雇用関係相談センター」案
、、、これは、主たる個別労使紛争の処理機関たり得ないが、(5)の案と併用するなら多様なサービスが実現できる可能性がある。
報告書の概要
1 労働委員会及び個別的労使紛争の現状について
(1)労働委員会の現状
労働委員会は、制度発足以来、労働争議及び不当労働行為審査事件の解決に重要な機能を果たしてきた。
しかし、近年は労働争議の調整と不当労働行為の救済の双方において、事件数の減少、事件内容の変化(特に実質的な個別的労使紛争の増加)、手続遅延状況の悪化、行政訴訟での重要命令の取消等の現象が生じており、労働委員会制度は制度の再点検の時期に来ているといえる。
(2)個別的労使紛争の現状
他方、近年においては、給与・退職金の不払や解雇・退職をめぐる紛争を始めとして、個別的な労働者の苦情・紛争が増加し、これらが労働関係の民事裁判事件や労政主管事務所等の行政機関の相談件数の大幅な増加傾向となって現れている。
このような個別的労使紛争の増加傾向は、企業の国際的競争と高齢少子・成熟社会への対応や労働者の多様化・個人主義等の社会経済・労働市場の構造的変化を反映したもので今後も継続する可能性が大きい。また、苦情・紛争内容も成果主義賃金制度における評価の問題、雇用柔軟型労働者の苦情.不満など、多様化し、複雑化することが予測される。
2 個別的労使紛争処理制度の整備について
個別的労使紛争処理制度については、これまでのところ、裁判所において権利義務関係の判定や和解を行うほか、一部都道府県の労政主管事務所、労働委員会、都道府県女性少年室及び労働基準監督署、さらに弁護士団体や労働団体等など公的・私的に多様な機関がそれぞれの特色を生かした多種多様な相談やあっせん等のサービスを提供している状況といえる。
しかし、今後増加し多様化し複雑化していくと予想される個別的労使紛争の処理制度としては、総合的に見て整備されているとはいいがたい。
個別的労使紛争については、とりわけ、基本的サービスとして、ワン・ストップ・サービス(あらゆる苦情・紛争について相談に応じ、問題点や解決方法・機関等について情報を提供してくれるサービス)としての相談機能と簡易なあっせん機能の整備の必要性が高く、これらについて公的機関によるサービス体制を整えるべきである。
3 個別的労使紛争処理制度の在り方について
情報提供・相談のワン・ストップ・サービスや簡易なあっせんサービスなどを中心とした公的サービスの制度整備について、本報告書においては、労働委員会、労政主管事務所、裁判所及び労働基準監督署などの組織を改組発展させる形で、
(1)労働委員会活用案
(2)「雇用関係委員会」案
(3)労政主管事務所活用案
(4)民事調停制度活用案
(5)都道府県労働局案
(6)「雇用関係相談センター」案
など様々な選択肢を提示した。
これらは、それぞれが長所とともに課題や困難を有し、また、相互に組合せの可能性や必然性を有するものもある。
今後はこれらの選択肢を含めて、個別的労使紛争処理制度の在り方について、関係者が早急に活発な議論を行い、改革の要否と内容を決定すべきである。
個別的労使紛争処理制度の在り方について(別紙)
4 団体的労使関係に関する労働委員会制度の今後の在り方について
団体的労使紛争解決機関としての労働委員会については、審査遅延などの問題状況にある不当労働行為救済の任務について十分な機能の回復を図ること及び労働争議の調整も含めて、今後の労使紛争の変化へ適切に対応していくことが課題である。
このためには労働委員会の審査体制における専門性の再構築が必要であり、そのための努力が求められる。
また、再審査命令の取消訴訟についての審級省略や労働委員会組織の見直しなどの制度的課題も真剣な検討を要する。
団体的労使関係に関する労働委員会制度の今後の在り方について(略)
5 まとめ
今日の社会経済、労働市場、労働関係においては大規模な構造的変化が進行しており、関係の法的諸制度についても大幅な改革が必要となっている。この報告書で取り扱った個別的労使紛争処理制度の在り方及び労働委員会制度の在り方もこのような時代の大変化の中での改革問題であり、とりわけ個別紛争処理制度の整備は今後の重要な政策課題である。
したがって、関係者には、従来の思考様式を乗り越えた創造的な取組と決断が望まれる。
個別的労使紛争処理制度の在り方について
(別紙)
1 労働委員会活用制度
現行の地方労働委員会がもつ従来の労働争議調整権限、不当労働行為救済権限に加え、個別的労働関係上の苦情・紛争についての情報提供等の機能を与える案であるが、労働委員会に蓄積された知識経験の活用が可能等との指摘がある一方、三者構成は個別的労使紛争の
相談・あっせんに果たして必要ないし有用か疑問があり、また、団体的労使紛争の調整機関であり不当労働行為の救済機関であるという従来のイメージが個別的労使紛争に関する簡易な相談・あっせん機関となることの妨げとならないか、という懸念もある。
2 「雇用関係委員会」案
地方労働委員会を国の機関とし、労働関係上全ての苦情・紛争についての相談・調整機能を与える案であるが、紛争解決に当たる職員のキャリア形成のための職場が広がり、専門職としての教育訓練と処遇・キャリア発展を図りやすいなどの長所がある一方、地方分権化の流れに逆らうこと、行政改革の中での組織・定員確保が困難であること、などの困難さがある。
3 労政主管事務所活用案
個別的労使紛争の相談・あっせんサービスに実績のある都道府県の労政主管事務所を活用する案であるが、各都道府県が地方の実情とニーズに密着した特色あるサービスを提供できるなどの長所がある一方、都道府県ごとのサービスの質量における差異の存在、専門的能力を持った者を確保することが困難であること、などの問題がある。
4 民事調停制度活用案
現行の民事調停制度に調停委員に労使が参画する雇用関係調停制度を設ける案であるが、個別的労使紛争の簡易な解決手続を充実させることができるなどの長所がある一方、民事調停は裁判所による権利紛争についての調停サービスとしてその機能が限定されており、多種多様な苦情・紛争についてワン・ストップ・サービスとしての情報提供等の柔軟で幅広い機能を果たすことが難しいこと、などの問題がある。
5 都道府県労働局案
労働基準、職業安定及び女性少年の各関係事務を所掌する都道府県単位機関を統合した「都道府県労働局」を設置し、個別労使紛争の相談及び解決の助言、指導の機能を整備する案であるが、既存の行政組織を利用しつつ、労使紛争の新たなニーズに対応した全国的かつ包
括的なサービスを展開できること、専門的職員の養成とキャリア発展を図ることができること、などの長所がある一方、司法警察権限と行政監督権限を背景とした行政機関と労使双方に対する苦情・紛争処理を行うサービス機関とは適切に調和するかという問題がある。
6 「雇用関係相談センター」案
国民生活センターと消費生活センターをモデルとし、労使公益委員、労使の実務経験者、法律の専門家などによる情報提供・相談等や簡易なあっせんサービスを行う雇用関係相談センターを設置する案であるが、公平性・専門性の確保が容易であることなどの長所がある一方、専門的な人材の確保や常勤職員の養成、キャリア発展などを図ることが課題である。
労使関係法研究会「名簿」
石川吉右衛門 ◎東京大学名誉教授
岸 星一 弁護士
川口 貢 北陸大学教授
山口俊夫 神奈川大学教授
谷川 久 成膜大学教授
花見 忠 上智大学教授
新堂幸司 東海大学教授
岸井貞男 関西大学教授
山口浩一郎 上智大学教授
安枝英誰 同志社大学教授
菅野和夫 東京大学教授
加藤雅信 名古屋大学教授
諏訪康雄 法政大学教授
荒木尚志 東京大学助教授
◎印は会長。事務局は労政局労働法規課