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[資料番号] 00070
[題  名] パート労働に関する労働条件の格差と均等原則(労働省研究会報告/抜粋)
[区  分] 労働基準

[内  容]


パートタイム労働に係る調査研究会報告
(平成9年8月)
第1章 パートライム労働の現状
第2章 パートタイム労働者の多様化に対応したタイプ分け
第3章 パートタイム労働をめぐる諸問題
1 パートタイム労働の労働条件
(1)労働条件の明示
(2)労働条件の格差
(3)均等原則と雇用管理の改善
(4)キャリア形成と教育訓練
(5)契約期間、雇止め

第4章 まとめ




【資料のワンポイント解説】

1.掲載資料は、平成9年8月にまとめられた、労働省「パートタイム労働に係る調査研究会報告書」である。
2.ここでは、同報告書の中から、正規従業員とパートタイム労働者の「労働条件の格差」に関する部分と、「均等原則...」に関する部分を紹介する。
3.パート労働に関してわが国では、これまで、本質的な問題が議論されてこなかった経緯がある。
 パート労働に関する最も重要かつ本質的な争点は、実は「均等原則(※)の法制化の是非」の問題であった。
 今回、報告書はこの均等原則の問題を取り上げて議論の整理を試みている。
 とは言っても、報告書は、均等原則は理念としては正しい面を持っている。しかし・・・・・。(しかし・・・、今は手をつけないで置こう。)というスタンスでまとめられており、この問題は先送りされている。
4.結果として、「パート労働法」は実質的改正が見送られ、従来どおり「労働条件の明示」を中心に運用されることになりそうだ。
  (コメント)
  なぜか、重要性が指摘され続けているパートタイム労働者の「労働条件の明示」であるが、実はこの問題は、(重要ではあるにしても)法律の目玉になるほどの重要性がある訳ではない。パート労働の賃金契約は、時給をベースになにがしかの手当が付加される、いわば労働条件としては最も単純な部類に属するものであり、事実、労働条件明示にかかるトラブルが短時間労働者であるから、特に多いとの証明はない。平成11年4月1日の労基法改正による労働条件明示義務の大幅強化によって、その意義はいよいよ限定されたものになったといえそうだ。

(※)均等原則とは
 均等原則は、パートタイム労働者が比較可能な正規従業員との間で、労働時間が短いという特質により合理的とされる取扱いを除き、労働条件及び待遇について均等に取り扱うべきものとする原則である。特に報酬については、労働時間に比例した水準の報酬が支払われるべきだとする報酬比例原則を意味する。










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(2)
労働条件の格差



 
イ 格差の現状と分析

 パートタイム労働は、これまで、@単純・補助的労働、A臨時的・一時的労働、B賃金等の労働条件が低いものと観念されてきた。
 近年は、パートタイム労働も多様化がみられ、専門職や管理職も部分的に出現しているものの、なお全体として正規従業員との間には労働条件面の格差が存在している。
 例えば、「賃金構造基本統計調査」により一般労働者とパートタイム労働者の所定内給与額を比較すると、平成7年では男性で55.3%、女性で70.4%となっている。こうした賃金の格差を構成する要因としては、企業規模に加え、年齢、勤続年数の影響も少なくない。このため、パートタイム労働者の約8割が集中している主要3産業(製造業、卸売・小売業、飲食店、サービス業)について、企業規模、年齢階級、勤続年数階級をパートタイム労働者の労働者構成に調整して比較すると、男女いずれも10ポイント程度縮小がみられ、この部分はこれら労働者の属性の違いで説明される。しかしながら、属性を調整した後も、依然として20%程度の格差がみられる。
 これらの格差の背景となる要因としては、@労働市場の違いに応じた雇用管理面での違い、A勤続年数に応じた賃金カーブの違い、G職種構成、C就業調整の有無等が考えられる。

 @については、企業内の長期雇用慣行を中心とした内部労働市場システムと地域労働市場システムを一応の合理性のあるものとして前提とすれば、市場の違いに起因する合理的な違いはやむを得ない面がある。但し、パートタイム労働者に対する別個の雇用管理について、最近、人件費抑制の観点から、割安な労働力としてパートタイム労働者を活用する動きも見られる。
 Aについては、労働者の勤続に伴う賃金の上昇程度が、正規従業員とパートタイム労働者では大きく違っており、10〜14年勤続した者の賃金を、勤続1年末満の者と比較すると、正規従業員は131.9(賃金構造基本統計調査の一般労働者の数値)であるのに対し、パートタイム労働者は106.6と、ほとんど上昇がみられない。
 Bについては、パートタイム労働者は、賃金水準の高い専門的・技術的職業の割合が正規従業員に比べ低く、技能工、販売職業など、賃金水準の低い職種に多いことから、こうした職種構成も大きく影響している。
 Cについては、第1章1(3)でみたように、3分の1のパートタイム労働者が就業調整を考慮しており、こうした状況が賃金の引上げに関する労使双方のインセンティブを下げる効果があるものと推測される。
 また、中小企業においては、こうした外部・内部労働市場の問題はみられないものの、全般的に雇用管理が未確立であることやパートタイム労働に対する認識の違い、社会保険・税制等との関係から、正規従業員とは異なる雇用管理がなされており、大企業ほどではないものの、結果的にかなりの賃金の格差を生じている。


 ロ 格差縮小へ向けての考え方

 格差を縮小していくためには、基本的には、大企業については、内部労働市場・外部労働市場という構造的要因による影響が存在し、合理性を否定しきれないものについてはやむを得ないとしても、不合理な格差の解消や雇用管理の面で正規従業員とパートタイム労働者の処遇に連続性を持たせる方策が必要である。
 また、中小企業にあっては、公正な処遇を行う前提として、まず、雇用管理全般を確立することが先決である。具体的には、特に、次の点に重点を置いて考えていく必要があろう。

 @のパートタイム労働に係る雇用管理に関し、不合理なものについては、均衡原則の適用の可否や雇用管理改善方策の検討が必要である。
 Aの勤続に応じた賃金カーブの違いについては、パートタイム労働の就業実態に応じ、キャリア形成や教育訓練のあり方を模索していくことが必要である。
 Bの職業構成については、パートタイム労働の多様化を促進するとともに、内部労働市場にも短時間就労形態が創出できる可能性を考える必要がある。
 Cの税制・社会保険・配偶者手当制度については、労働市場に中立的なシステムの構築が求められている。






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(3)
均等原則と雇用管理の改善




 イ 問題の所在

 正規従業員とパートタイム労働者の間には、労働条件面で一定の格差がみられることは事実であるが、こうした格差については、その原因の説明とは別個に法的に是認されうるものか否かという問題があり、具体的には、均等原則の導入の可否として議論されている。
 均等原則は、パートタイム労働者が比較可能な正規従業員との間で、労働時間が短いという特質により合理的とされる取扱いを除き、労働条件及び待遇について均等に取り扱うべきものとする原則である。
 特に報酬については、労働時間に比例した水準の報酬が支払われるべきだとする報酬比例原則を意味する。
 一般に、こうした原則自体はひとつの公正原理として理念的に妥当なものと考えられる。したがって、事業主や労使がパートタイム労働者の処遇や労働条件を決定するに際して、こうした均等を考慮することは重要な意味を持っている。
 他方、こうした均等原則を労働市場を規律する法的原理として取り入れるべきかについては、様々な見解が可能である。例えば純経済学的な見地からは、労働条件や待遇の決定は労働市場における市場原理によって決まるものであり、不満な者は他に移動すればよいことになる。この場合、移動を妨げる障害があれば、それを取り除くことが問題となる。
 また、法律学的な見地から、公平ないし公正さを厳格に考えると、均等原則や報酬比例原則の導入は当然であり、かかる原則によって社会経済のあり方が律せられるべきことになる。
 次に、諸外国の法制をみると、ドイツやフランスのように厳格に均等原則を取り入れている国もある。また、ILO175号条約(パートタイム労働に関す
る条約、1994年採択)は、パートタイム労働者が、比較可能なフルタイム労働者に対し与える保護と同一の保護を受けることを確保する措置をとるよううたっている。他方、アメリカやイギリスのように基本的に労働市場における市場原理に任せている国もある。このように、均等原則の導入については国によって違いがあり、こうした違いは各国の労働市場の仕組みや法律に対する考え方の相違によるところが大きい。
 したがって、均等原則の導入の可否については、必ずしも択一的な考え方にとらわれず、パートタイム労働市場のゆがみの有無・程度や労働市場における賃金決定のあり方の特質、法律に対する意識等の状況等に応じてどのような姿が望ましいかを吟味することが必要である。


 ロ 諸外国の法制

 (イ) ILO175号条約

 この条約においては、労働条件等の面で、本条約に定義されるパートタイム労働者(通常の労働時間が比較可能なフルタイム労働者の通常の労働時間よりも短い被用者)が、比較可能なフルタイム労働者に与えられる保護と同一または同等の保護を受けることを確保するための措置等について規定されている。

 本条約の主な内容は次のとおりである。
 @ 団結権等の労働基本権、職場の安全・衛生や雇用・職業における差別については、比較可能なフルタイム労働者と全く同一の保護を確保(第4条)。
 A 基本賃金について、比較可能なフルタイム労働者の基本賃金よりも比例計算により低くならないよう確保(第5条)。
 B 母性保護、雇用の終了、年休・病休等については、比較可能なフルタイム労働者と同等の条件を確保。金銭的権利は労働時間または勤労所得に比例した決定が可能(第7条)。
 C 適当な場合にはフルタイム労働からパートタイム労働への転換またはその逆が任意に行われることを確保(第10条)。

 (ロ) 諸外国における均等法制

○フランス、ドイツ型
 「パートタイム労働を通常の労働とは相対的に区別して、特別の保護の対象と位置づける」もの。

 フランスにおける均等原則の適用は厳格で、パートタイム労働者の賃金については、フルタイム労働者と同一の賃金率による計算で、労働時間数に応じた報酬となる。在職期間に対応した権利(追加年休日数、在職年数手当、解雇予告期間の長さ、労災の追加的休業補償等)については、パートタイム労働者の在職期間は、フルタイム勤務とみなして算定される。

 ドイツにおいては、合理的な理由(当該給付の内容や目的、労務の内容や資格、職業経験等)がある場合には、パートタイム労働者とフルタイム労働者との差別的取扱いも認められるが、その挙証責任は使用者側にある。

○べノレギー、イタリア型
 「パートタイム労働を特別な規制の下におくのではなく、むしろこれを通常の労働と可能な限り共通の規制の下におくような法的位置づけを行う」もの。
 ベルギーにおいては、同じ職務についているフルタイム労働者の賃金の決定要素が同様に労働時間に応じて等しくパートタイム労働者の賃金においても適用される(賃金に限らず企業独自のボーナスや各種付加的な手当も同様)。

○アメリカ、イギリス型
 「パートタイム労働を特別な対策の対象とせず、これにもっぱら放任ないし労使自治の態度で対処しようとする」もの。

 イギリスにおいては、保守党政権下において、賃金、福利厚生等の均等取扱いを求めるECの「自発的パートタイム労働に関する指令案」に対して、経営コスト増につながり、雇用の柔軟性を減少させ、失業を増大させるとして、反対の立場をとっていた。



 ハ 国内における問題点


(イ) パートタイム労働に係る均衡原則

 我が国においては、直接、均等原則に触れた法文はなく、パートタイム労働法第3条(事業主の責務)において、「事業主は、その雇用する短時間労働者について、その就業の実態、通常の労働者との均衡等を考慮して、適正な労働条件の確保及び教育訓練の実施福利厚生の充実その他の雇用管理の改善を図るために必要な措置を講ずることにより」と規定されている。
 ここにいう「通常の労働者との均衡」とは、短時間労働者と通常の労働者を比較したときのバランスをいうものであり、「考慮する」とは、業務の内容、所定外労働や配置転換の有無、勤続年数、職業能力等の「就業の実態」を前提としてこのバランスを考慮することであるとされている。
 このように、パートタイム労働法上の「均衡」は、必ずしも「均等原則」上の「均等」とは同じものではない。
 しかしこの違いは、賃金に関する市場構造の違いや比較する場合のモノサシの有無によるものであると考えられる。
 即ち、西欧の労働市場は、後述するように、産業別協約により産業内においてほぼ、職種・職務分類・格付け別の賃金制度が確立しており、比較するモノサシができているため、厳密な比較が可能であり、いわば「均等原則」の前提条件が満たされている。
 これに対し我が国においては、職種概念が明確でなく、企業によって職種の概念や実態が様々であること、このため、西欧のように労使により職種を中心に職業資格、能力、勤続年数等に応じた処遇についてのルールづくりが形成されていない点で「均等原則」を論ずる前提たるモノサシができていないことを指摘できる。
 したがって、正規従業員との比較を行うためには、業務の内容、拘束性の有無、勤続年数、職業能力等の諸要素のバランスを総合的に考慮せざるを得ず、その意味で「均衡」という概念が導入されているものと考えることができる。


(ロ) 立法論としての均等原則

 上記のように我が国においては、比較する基準(モノサシ)の設定が、まず当面の課題であるが、かかる基準ができたと仮定して均等原則の適用の可否については、次に述べるような問題が論点として指摘できる。

 a 立法論の問題点

 (a)問題点

 パートタイム労働についての均等原則及び報酬比例原則の考え方は、基本的に同一労働同一待遇・賃金の原則に基づくものであり、均等原則の検討に当たっては、同一労働同一待遇原則も併せて考えておく必要がある。
 パートタイム労働者の均等原則、特に賃金差別を救済する具体的な立法論としては、概ね、次のようなものがある(いずれも、事業所内ないし企業内での均等を問題としている。)。
  @ 同一労働の者に対する賃金格差を違法とするもの
  A 同一労働の者に対する「著しい」賃金格差を違法とするもの
  B 同一労働かつ同一処遇(拘束)の者に対する賃金格差を違法とするもの
  C 同一労働かつ同一処遇(拘束)の者に対する「著しい」賃金格差を違法とするもの
  D 同一労働かつ同一処遇(拘束)の者の賃金格差を違法とし、かつ、同一労働の者に対する不相当に大きい賃金格差を違法とするもの
 これらの考え方について検討するポイントとして、@いずれも事業所内ないし企業内における均等を問題としているが、横断的労働市場の存在しない我が国において妥当性を有するか、Aパートタイム労働について、均等原則の例外として、格差を合理的に説明づけるパートタイム労働に固有の理由(例えば「拘束度の違い」)があるか、が重要な問題である。

 (b)事業所内ないし企業内における均等原則の意味

 比較する対象の範囲について、均等原則を導入している国やILOにおいても原則として事業所又は企業を単位としている。
 我が国においても、事業主の雇用管理のあり方について規定する関係から、パートタイム労働法は事業所を単位として適用されている。
 しかしながら、フランス、ドイツ等均等原則(特に報酬比例原則)を導入する国においては、同時に、産業別協約により横断的に職種・職務分類・格付け別の賃金制度が確立されている点に留意しなければならない。
 即ち、こうした横断的に確立したフルタイム労働者の賃金をベースに、パートタイム労働については労働時間に比例した額の報酬を事業主に保障させているものであり、フルタイム労働者との比例原則を通じて企業を超えたパートタイム労働者間の賃金の均等も図られる結果となっている。
 我が国の場合、フルタイム労働者について横断的な職種・賃金システムが確立しておらず、同じ仕事をしていても大企業と中小企業では賃金等の労働条件に大きな差がみられる現状である。
 こうした状況で、事業所内ないし企業内で均等原則を貫徹した場合、パートタイム労働の企業間格差を生んだり、良好な内部労働市場を有する企業のパートタイム労働者の雇用を抑制し、アウトソーシングを促進したり、加速することになる可能性も考えられる。
 むしろ、この点については、同一労働同一待遇・賃金の観点ではなく、同じ仕事を同じ職場で行いながら不合理な労働条件格差があるのは、働き方あるいは雇用管理の公正の問題として考えることができよう。

 (c)パートタイム労働に係る異なる取扱いを正当化する固有の理由

 次に、パートタイム労働を労働時間比例以外に異なった取り扱いをすることを正当化する、パートタイム労働自体の特色から来る固有の理由があるか否かについて、以下の点を吟味することとする。

 @ 短時間労働性

  労働者一人を雇う場合には、フリンジベネフイット等様々な固定コストがかかるため、時間当たり労働コストは労働時間を長くすればするほど安くなる。逆に時間の短いパートタイム労働は、労務コストの高い労働者となり、そのコストを差し引いた低い賃金となってもやむを得ないとの考えがある。
 A 定着性の低さ

  企業は、離職率が高く、勤続年数が短い労働者に対しては、訓練コストを回収できなくなるリスクを避けるために過小な教育訓練しか施さず、このため、パートタイム労働者は生産性が低くなり、相対的に低い賃金を受け取ることになるとの考えがある。
  また、内部労働市場でとられている年功賃金制は、長期の雇用期間の中で企業に対する貢献と報酬のバランスをあわせる仕組みであるため、短期のスポットでみて貢献と報酬が見合っているわけではない。このような長期的視点から配分されている正規従業員の賃金と、短期スポットで外部市場から調達されている「パートタイム労働者」の賃金とを、短期スポットで切って比較・画一化しようとするのは不自然であり、無意味であるとの考えがある。

 B 拘束性の低さ

  正規従業員であれば、時間帯の拘束や業務命令に従って残業をする、配転・転勤を甘受する等の不便を忍んでいるのに対し、パートタイム労働者は勤務時間・勤務条件の自由度などのメリットを享受している。
  ある意味では、低賃金を補うものとして拘束性の低い就業形態を合理的な行動の結果として選択したとも解される。
  また、逆に不自由を忍んでいる労働者と自分の好きな時間に働いている労働者が同じ賃金であるとすればかえって不公平であるとの考えがある。

 これらの考え方に対し、@の短時間性については、逆に短時間ゆえに仕事に対する集中度が高いという考え方があることや、我が国の社会保障システムのもとにおいては、短時間労働はコストの安い労働力として考えられていることから考えると、必ずしも正当化する理由とは考えにくい面がある。
 また、Aの定着性の低さについては、賃金面の格差があることの合理的理由として妥当するとしても、法的公正さの観点から正当化し得るかについては疑問を呈する考えがある。
 なお、後述のように、内部労働市場と外部労働市場の区別を強行的に是正するのが妥当か否かについては、労働市場の構造との関係から別途の検討が必要である。
 Bの拘束性の低さによる賃金面での差異については、公正さの観点から基本的に肯定しうる面があり、異なる取扱いを正当化する理由として位置づけることが適当な場合がある。

  b 労働市場の違い

 均等原則・報酬比例原則の導入を検討するには、同原則が、我が国労働市場において、どのように適用され、どのような影響を与えるかについて現実的な吟味が必要である。

  (a)正規従業員との比較の困難性

  日本の労働市場は、大企業にあっては、企業別ないし企業グループごとの労働市場を形成しており、西欧の産業レベルの賃金についての横断的な労働市場とは構造を異にしている。また、中小企業においても、大企業に比べ労働移動が多くなっているものの、明確な横断的格付けや賃金制度は存在していない。
  フランス、ドイツ等の西欧諸国においては、産業別協約により、職種・職務分類・格付け別の賃金制度が確立しており、協約による「職務」と「貸金」との連結により、企業が異なっても「職務」を媒介に賃金を比較・決定することが容易である。ILO条約や西欧諸国の法制は、こうした市場を前提に正規従業員とパートタイム労働者との均等原則を取り入れている。
  これに対し、我が国の労働市場においては、職種概念が不明確であり、公的社会的な資格制度・格付けが普及していないため、企業によって労働者(正規労働者・パートタイム労働者を問わず)の職務は様々であり、均等原則を論ずる上で前提となる「同一労働」性の認定が困難ないし極めて限定される可能性があり、均等原則を導入した場合においても、その適用が困難かつ限定されることが予想される。

 (b)労働市場の二重性(内部労働市場-外部労働市場の問題)と均等原則

  パートタイム労働者と正規従業員の労働条件格差を生む市場構造の問題として、二重労働市場(内部労働市場-外部労働市場)の問題があるが、均等原則を考える場合には、こうした市場構造との関係、影響について検討する必要がある。

 まず、均等原則を導入する場合の積極面として、次のような点が指摘されている。
 @ パートタイム労働者の現状をみると、相対的に低賃金労働者として位置づけられており、その結果、主婦層の勤労意欲が大きく阻害され、社会全体として非効率であり、強行的是正の必要性がある。
 A 産業構造及び人ロ構造の変化、労働者意識の多様化が進む中で、労働力供給側からみると、各人の選択肢となる各就労形態を平等・中立的なものとすることが、その能力発揮に必要であり、そのためには「パートタイム労働者」を選択する労働者が不平等な取り扱いを受けない環境を作ることが必要である。

 逆に、均等原則を導入する場合の消極面として、次のようなことが指摘されている。
 @ パートタイム労働者の賃金は、企業の大小を問わず、地域のパートタイム労働市場の動向により決まるが、均等原則を貫くと、入社した企業の賃金水準により格差が生ずることとなり、地域労働市場の否定につながるおそれがある。
 A また、均等原則の導入は、理論的には次の@)のような問題が生ずるほか、現実にはA)やB)のような状況を招くおそれがある。
  @) 日本のパートタイム労働者の労働時間がかなり長いことを考慮すると、強行的な均等原則の導入は正規従業員とパートタイム労働者の差別をほとんど失わせる反面、正規従業員の雇用の安定に大きな影響を与えるとともに、全体の雇用を減少させるおそれがある。
  A)均等原則は職務の同一性を前提としているため、均等原則の適用を避けようとする事業主は、高度な仕事を正規従業員に、単純・定型的な仕事をパートタイム労働者に割り当て、結果的にパートタイム労働者を定型的・補助的労働に押し込めることとなりかねない。
  B)均等原則の導入によって、賃金についての二重市場の壁が、「正規従業員」-「パートタイム労働者」間から、「高拘束労働者」-「低拘束労働者」間に移動し、相対的に後者の需要が高まる。

 均等原則は理念としては正しい面を持っている。
 但し、同原則の導入については、一方でパートタイム労働が相対的に低賃金層に集中し、パートタイム労働者やパートタイム労働希望者の能力発揮を妨げている度合いが、強行的に解決しなければならないほどのものであるか否かが問われよう。他方、こうした手法の導入による現実的影響という面では、上記懸念のように逆にパートタイム労働者の定型的・補助的労働力化を推進し、労働市場を混乱させる結果を招きかねないことに留意する必要がある。
 
 この点で、均等原則を導入している西欧諸国においても、正規従業員とパートタイム労働者の労働条件の差はなお大きく、問題の根本的解決に至っている国はほとんどない点に注意する必要がある。むしろ、こうした国においても、正規従業員とパートタイム労働者の職務上の棲み分けが強固になされているのが現状であるともいえる。
 こうした状況を踏まえると、事業主や関係労使がパートタイム労働者の処遇の決定に当たり、正規従業員との均衡を考えることは重要であるとしても、労働市場に対する現実的な影響とその結果としてのパートタイム労働への波及効果を考えると、均等原則を強行的に導入することは、様々な意見があったが、なお、慎重な考慮が必要であろう。

 (ハ) いわゆる「疑似」パートタイム労働問題と均等原則

 a 現状と問題点
 
 我が国のパートタイム労働の特色として、全体的に労働時間が長いことが挙げられるが、特に、正規従業員と労働時間がほぼ同じであるにもかかわらず、パートタイム労働者として雇用管理がなされている者がおり、他国にはみられない特徴となっている。
 これらの者は、通称「疑似」パートタイム労働者と呼ばれており、中には正規従業員と同じ職務に従事し同様の就業実態にありながら、パートタイム労働者として処遇され、労働条件の著しく低い者もおり、均等原則の適用の可否が議論されている。
 なお、いわゆる「疑似」パートタイム労働者については、概念が不明確であるが、その概数については、次のような調査結果から推測される。

  ○長時間のパートタイム労働者数
   ・労働力調査特別調査(平成8年)における「パートタイム(呼称)」のうち、調査時の週実労働時間が35時間以上の者  約180万人
   ・就業構造基本調査(平成4年)における「パートタイム(呼称)」のうち、週所定労働時間が35時間以上の者  約190万人 (但し、この1年間の普段の就労日数が200日未満の労働者のうち、就業が不規則であったり、ある季節だけであった者は除く。)
   ・パートタイム労働者総合実態調査(平成7年)における「その他」(正社員以外の労働者で、1週間の所定労働時間が正社員と同じか長い労働者)
から出稼・季節労働者を除いた者  約120万人


 また、就業意識や雇用管理面において、次のような特徴がみられる。

  ○就業する理由等
   ・「生活を維持するため」に働くという者が約6割を占めており、女性に限っても46.4%と最も多くなっている。現在の就業理由を選択した理由としては「正社員として働ける会社がないから」を挙げる者が31.7%で最も多く非自発的に選択した者の割合が高いほか、「仕事の内容に興味がもてた」も22.9%と多くなっている。
   ・現在の就業形態の継続希望は、女性に限ると5割を下回り、正社員になりたいとする者が3割を占める。

  ○雇用管理面
   ・勤務時間がほとんど変わらないいわゆる「疑似」パートタイム労働者の場合、時間や日数について「本人の事情を考慮している」割合はパートタイム労働者より低く、必ずしも個別管理がなされているとはいえない。
   ・また、正規従業員に比べ諸手当、退職金制度の適用割合、教育訓練の実施状況はパートタイム労働者同様低い。
   ・一般労働者の所定内給与額を100とした場合の平均賃金額は男性62.9、女性72.5とパートタイム労働者(男性60.7、女性68.6)よりも高い。(「賃金
構造基本統計調査」における「一般労働者」と「パートタイム労働者総合実態調査」における「パート等労働者」の比較による。)


 b 解釈論としての均等原則


 解釈上均等原則の適用が問題となるのは、主として労働時間が正規従業員とほぼ同じであるいわゆる「疑似」パートタイム労働者について正規従業員と同様の職務、就業実態にある場合の賃金格差が違法とされるかという問題である。
 まず、裁判例においては、下級審判決(丸子警報器事件 長野地裁上田支判平8.3.15)があるが、女性正規従業員とともに組み立てラインに配置され、女性正規従業員と同様の仕事に従事していた女性パートタイム労働者(1日の所定労働時間は正規従業員より15分短いが、その分は残業扱い。雇用期間2ヶ月の契約だが反復更新により勤続年数は4〜25年に及んでいる。)と、女性正規従業員との賃金水準について、8割以下となるときは、許容される賃金格差の範囲を明らかに超え、同一(価値)労働同一賃金の原則の根底にある均等原則の理念に違反する格差であり、公序良俗違反として違法となる旨判示したものがある。

 学説は様々な説があるが、大別すると同一労働同一賃金原則が公序を形成しているとして、パートタイム労働者と正規従業員の賃金格差を是正しようとする「救済肯定説」(下記@、A)と、パートタイム労働者は業務の範囲や責任が狭く限定され服務規律も緩やかであるなど、正規従業員との労働条件格差には合理的理由があるとする「救済否定説」(下記B、C)の2つに大別され、さらに均等待遇を考慮する場合とその対象という視点から、以下の4つに分けられる。
 ちなみに、丸子警報器事件は、同一(価値)労働同一賃金の原則は公序と見なすことはできないとしつつも、根底にある均等原則の理念に反する顕著な賃金格差は違法であるとしており、A説にやや近いものと考えられる。

 @ 同一労働同一賃金原則に立ち、同一の労務提供にもかかわらず合理的理由(年齢、学歴、職務、能率、技能、勤続期間、企業貢献度など)のない賃金格差を救済する説
 A 同一労働同一賃金原則に立ち、同一の労務提供にもかかわらず合理的理由のない「著しい」賃金格差を救済する説
 B 同一の労務を提供し、かつ同一の処遇(企業の拘束)を受けている者(いわゆる「疑似」パートタイム労動者)については、労働条件格差を正当化する合理的理由がないとして賃金格差を救済する説
 C 同一の労務を提供し、かつ同一の処遇を受けている者についても賃金格差是正の法的根拠がないとする説

 解釈論上のポイントとして、@)違法とする根拠を何に求めるか、A)何を「同一労働」と考えるか、B)格差を合理化する理由、C)「著しい」格差の根拠と程度が問題となる。

 @)については、現行法上、均等原則を直接定めた規定はない。即ち、労働基準法上の均等待遇原則(第3条)における差別禁止事由である「社会的身分」には、パートタイム労働者という雇用形態は含まれず,また,パートタイム労働者に女性が多いとしても、直ちに労働基準法第4条の男女賃金差別に直接該当するものではないと考えられる。
 したがって、法的な根拠として、救済説は、概ね民法上の「公序良俗」(第90条)違反として無効であるとしているが、何を「公序」として考えるかについては、上記@、A説のように、同一労働同一賃金原則や憲法第14条第1項の「法の下の平等」の原則に求めるものが多い。

 A)の「同一労働」の解釈については、前述のとおり、「職務内容の同一性」だけでなく「拘束度の同一性」も要件に加える説もある。なお、「職務内容の同一性」の中には、業務の範囲や責任も含まれる。

 B)について、たとえ上記の要件を満たす「同一労働」と認められる場合であっても、格差を正当化できる理由があれば、差別とは認められない。こうした要素としては、具体的には、前記の「拘束度」のほか、@年齢、A学歴、G職務、C能率、D職業能力、E勤続期間、F企業貢献度など多岐にわたる事項について、その合理性を吟味する必要があろう。

 C)について、仮に、「著しい格差」は、違法であると考える場合、著しい格差の意味と程度が問題となる。
 法的根拠を、民法第90条の「公序良俗」に求める場合、同条により無効とされるのは、格差のゆがみが法的に是認しえないほど不公正である場合に限られるとして、「著しい格差」の場合に限り公序良俗違反とする考えがある。
 また、事業主に一定の裁量を認め、裁量の範囲を超えた「著しい格差」のみ違法という理由づけもありえよう。
 この場合、どのような観点から事業主の裁量を認めるかが問題となる。
 企業の経営権を尊重する観点からは、均等待遇の前提となる諸要件に関わらず、企業は一定の裁量を持っており、その範囲内における格差が正当化されるとの考え方もありうる。
 他方、均等待遇を考える前提となる諸要素(拘束度、キャリア形成・教育訓練内容、職業能力、年功、採用基準・手続き、責任の範囲、期待される貢献度等)について、どのような要素をどのようにウエイト付けをするかということについての企業の裁量を考慮する観点から、一定の限度で企業の判断における裁量を是認する考え方がありうる。なお、丸子警報器事件判決はこのような考え方をとっている。

 次に、格差が「著しい」か否かを判断する際の水準について明確な基準を示した学説は見当たらないが、裁判例では、既述の丸子警報器事件判決で労働内容が全く同一であるにもかかわらず賃金が正規従業員の8割以下であるときに、その限度で賃金格差は公序良俗違反となるという水準が示されているが、その水準を設定した根拠は必ずしも明確ではない。
 
 このように、いわゆる「疑似」パートタイム労働者について、正規従業員と職務・就業実態が同様であるにもかかわらず、賃金等の労働条件について格差がある場合の法的取扱いについては、極めて複雑な問題が含まれており、これらの点の整理については、法律的整理のみならず労使によるルール作りが重要である。