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[資料番号] 00090
[題  名] キャリアは財産(職業能力開発推進研究会−報告)
[区  分] その他

[内  容]

キャリア財産



【資料のワンポイント解説】

1.本レポートは、
 OJTを中心とした教育訓練は、引き続き主要な人材育成方法。 として機能するであろうが、一方では
 『企業の新しい経営を支える人事育成においては、画一的な訓練のみでは養成しえない個人の創造性や応用力等の職業能力が重要な位置を占めることとなる。』とし、労働者個人としても、『個人が生涯を通じ、企業内外で通用する多様な能力(=財産としてのキャリア)を身につけていくこと』の重要性を指摘し、今後のわが国における−能力開発のあり方を考える視点及び方向性−について言及している。

2.また、諸外国の職業能力開発の現状を簡潔にレポートに織り込んでいるので、他国では”どうしているのだろう?”といった関心にも答えてくれる。
  一読をお奨めしたい。







職業能力開発推進研究会報告(平成8年11月)

1 はじめに

 産業構造の転換や国際競争の激化など経済社会の構造が大きく変化している。このような構造変化に対応しうる人材の育成を図っていくことは,世界共通の課題である。
 我が国においても,多くの企業がその進むべき方向を模索しており,情報化や技術革新の進展,内外市場での競争激化等に対応するために,経営の合理化や事業再構築を行う状況にある。このような中で,高付加価値化や新しい事業分野への展開を図る企業活動の動向は,これらを担う有能な人材の有無に大きく左右される。
 そのような人材を育成するためには,高度な知識や技能・技術を付与しようとするための企業内外における教育訓練が求められる一方,企画力や創造性といった労働者個人の資質に大きく依存する職業能力を開発・向上させることも重要である。
 また,少子化・高齢化により労働力の供給構造が変化する一方,契約社員等就業形態の多様化が進むとともに,企業内における実力重視の傾向や出向・転職等による労働移動の活発化等雇用慣行における変化が生じつつある。
 一方,個人の側でも,働き方に関する意識の変化により転職志向・キャリア志向や独立志向が高まっていることや,高齢化等を背景とした職業生涯の長期化等により,個人が生涯を通じ,企業内外で通用する多様な能力を身につけていこうとする傾向が高まっているといえる。
 こうした変化に対応し,職業能力開発の分野においては,「将来に向けての人的投資」という観点から,個人と企業及び社会のそれぞれの果たすべき役割について見直していく必要がある。その重要な視点が,従来以上に個人に着目することである。それは労働者個人が「キャリアは財産である」という意識に立って,主体的に職業能力開発に取り組むことだけでなく,個人の行う職業能力開発の内容や手法について,企業や行政が今まで以上に幅広い多様な選択肢を提供・支援し,そうした「財産としてのキャリア」を適切に評価し,活用することをも含むものである。
 このような個人主導の職業能力開発を労働者個人・企業・社会のそれぞれが推進していくことにより、社会全体の活力が増加し,構造変化に円滑に対応していくことが可能となり,その成果は社会全体のいわば基礎資源,資産となる。
 当研究会は、欧米の主要国における職業能力開発の取組を調査し,各国で抱える問題や課題を参考にしながら、上記の観点から,我が国の今後の職業能力開発のあり方について検討し,一定の方向性を示すこととした。


2 諸外国の職業能力開発の概観

1.各国の職業能力開発の取組とその問題点

(1) フランス  フランスは,企業に賃金支払い総額の1.5%を職業訓練のために支出することを義務付ける職業訓練負担金制度を有する等企業内訓練を重視している。
 その一方で,フランスは「資格社会」と言われるように,資格の有無や高低が就職等に大きく影響することから、経済の競争力向上のため,個人の資格取得を奨励し、そのレベルアップを図ることを重視している。例えば,学校教育の各段階,修了に係る学歴資格と職業資格の制度を連動させ,教育水準を6段階に分けて各種学歴資格,職業資格を該当する水準に位置づける国内共通の資格(学歴)水準の体系が作成されているとともに,教育クレジット(在職者・失業者が資格取得を目標に職業教育,職業訓練等を受ける場合に,国による訓練費用の資金援助)による費用援助が行われている。また、学校教育としては,「見習い訓練制度」(義務教育修了者を対象に地方公共団体,商工会議所,企業等が設置した見習い訓練センターでの理論教育(週1日)と企業における実地訓練を組み合わせて最終的に職業資格を取得する制度)を見直して,同制度で取得できる資格の範囲を拡大する等の試みが見られる。
 また、従来から、1年を限度とした教育訓練休暇の取得を労働者の権利として法的に認め、休暇付与を事業主に義務付けるとともに,休暇中の賃金も事業主等からの拠出金から支出する仕組み(「教育訓練休暇基金」)を設けている。ただし,同休暇は,財源不足や職場を離れることへの抵抗感,企業内処遇との連携の不足等から利用は多くない(1991年年間約2万人)。
(2) スウェーデン  スウェーデンは,労働市場のフレキシビリティを促進するための訓練制度と「平等」重視に基づく個人の学習への支援が能力開発の柱となっている。
 すなわち,成人教育として地域レベルの自治体や労働組合が多様な教育訓練機会を無料で用意している。そして公共職業安定所等において,住民に対して情報提供やカウンセリングを行うことによりその受講に結びつけている。
 また,教育訓練休暇法により,労働者に一定の勤続期間を要件として教育訓練休暇を取得する権利を認め,休暇取得を理由とする解雇を禁止する等により,労働者の休暇取得権を法的に保障している。また,その間の所得保障については,学習手当法により,給付と貸付を組み合わせた手当によって,学生のほか,社会人に対しても,学習に係る費用を援助するしくみが設けられている。その一つである特別学習制度は所得の8割を支給するものであり,約1.8万人が利用している。ただ,同国においても休暇の利用率は必ずしも高いとはいえない(1991年約1%)。
(3) アメリカ  アメリカにおいては,能力開発が基本的には個人の自助努力に委ねられている一方,経営・法学などの実務的な専門知識を得ることを目的とした大学院である「プロフェッショナルスクール」や州及び地域の基金により設立運営され,職業能力開発の面でも幅広い訓練を実施する2年制の短期大学である「コミュニティカレッジ」等の社会人の再教育機会が多様に用意されている。ただ,そうした能力開発はホワイトカラー向けが多く,ブルーカラーについてはあまり体系的に行われていないといわれている。政策としては,税制上の優遇や助成制度,例えば,教育訓練の費用の役割を果たす引換券(Voucher)の発行の制度(法的整備中)等により,こうした機会を活用した自助努力を支援するスタンスをとっている。積極的な施策としては,初等・中等教育の目標設定により学力の引上げを図ることや,学生に職場での労働体験をさせることなどによる職業教育との連携の強化などの試みもあるが,それらは州レベルで独自に行われている。一方、学校における職場体験プログラムは個々の学校のイニシアティブで行っているものである。また,若年者や解雇者等社会的に不利な立場の者への訓練を技能評価や職業相談とともに行うことに重点が置かれている。
(4) ドイツ  ドイツでは学校における職業教育と,法令に規定された訓練基準等に従って行われる企業内訓練のシステムが中心である。そして,入職前の2〜3年間,週3〜4日は職業教育を、週1〜2日は企業内訓練を受ける「デュアルシステム」が生産労働者等の人材育成の中で中心的な役割を担っている。また,マイスター等徒弟制度の流れをくむ種々の資格がそれと相まって機能してきている。ただし,景気低迷の中で,デュアルシステムの訓練の場を提供する企業数が減少していることが問題となっている。また,法令による細かな訓練内容を設定する同システムについては,急速な技術革新に伴う能力ニーズの変化に対応できるよう変革を求める声もある。
 在職者個人に対しては,マイスター等の資格取得等のために商工会議所等の事業主団体が多くの講習を提供している。また,教育を担当する州レベルでは教育休暇法を制定しているところもあるが,休暇の取得状況については,事業主側の反発の強さや受講料が個人負担であることなどの理由から,低い水準とみられている。
(5) イギリス  イギリスでは,従来は「技能センター」を通じて政府が自ら訓練を提供していたが,近年はそれが大幅に民営化され,TECs(訓練及び企業委員会)という地域の事業主等で構成する民間の訓練機関が政府の委託を受けるなどして地域に密着した訓練の促進を図っている。個人に対しては,経済の国際競争力の向上という要請から,これまで教育や訓練を行う機関や団体が独自に設定していた学力資格,職業資格,業界団体等の民間資格を体系化,具体的には,ビジネス実務や情報技術といった幅広い職業知識を下級,中級及び上級のレベルにより認定するGNVQ(一般職業資格制度)の設立や,「石工」等個別の技能・知識に係る民間の様々な職業資格を一元化したNVQ(職業資格制度)の創設による資格制度の整備が行われつつある。また,訓練費用に係る各種融資制度により能力開発のための環境整備が図られつつある。資格制度については,なお,公的資格の位置づけの不明確さや制度の複雑さが問題とされており,これらに共通するフレームワークの創設を求める声が強い。また,企業内教育訓練は不足しているという反省もあるが,近年,企業の人的投資の促進のための政策として,事業主が十分な訓練を実施していることを示すステイタスである「人的投資家」基準が設定されている。



2.欧米諸国の職業能力開発の特徴と現状
 欧米諸国においては,企業による職業訓練を職業能力開発の中で重視するところや,個人の自助努力を支援する形での人材育成を行うところがある。また,地域の事業主団体や民間団体による訓練など民間活力を職業能力開発に導入していることが多い。このことは,産業界や地域の二一ズに的確,柔軟に対応して職業能力開発を実施している点で評価できるものと考える。
 一方,政府の施策としては,民間企業が行う職業訓練の基準等を作ったり,評価・資格制度の体系化を行うとともに,個人に対する融資等により企業・個人の自助努力への支援に力点をおいている。政府自らが講ずる職業訓練は,概して,失業者や若年者等に対する措置に重点がおかれている。
 ただ,各国においても,近年の構造不況下において,国際競争力を向上させるための人材育成が課題となる中で,従来の企業内訓練や学校教育等に係る問題点が明らかになってきており,個人の自助努力を支援する制度についても,その活用が必ずしも十分ではないこと等がいわれている。
 個人の自主的取組を直接支援する諸外国の手法については,その諸問題をも併せて我が国においても十分参考となり,今後我が国の職業能力開発においても,その特徴を活かした効果的な方策を検討していくべきである。



3 我が国の職業能力開発の在り方を考える視点

1.職業能力開発における個人への着目の重要性

 1で述べたような経済社会構造,労働力需給構造の変化を踏まえると,職業能力開発の分野において,職業生活の全期間を通じた職業能力の開発及び向上という従来からの理念をさらに実のあるものにしていくためには,その手法や内容について,選択肢をより多く用意することが必要となってくる。
 まず,職務遂行に当たっての基本的な能力を習得するための各企業特有のノウハウを生かしたOJTを中心とした教育訓練は,引き続き主要な人材育成方法として機能するものと思われる。しかし,今後は,外部労働市場の展開を予測するならば,従来の計画的な企業内訓練のみでは十分とはいえない状況になってきている。また,企業の新しい経営を支える人材育成においては,画一的な訓練のみでは養成しえない個人の創造性や応用力等の職業能力が重要な位置を占めることとなる。そこで,これまであまり大きなウエイトを占めてこなかった職業能力開発分野における個人主導の取組をも,積極的に位置づけることが適当である。
 労働者個人としても,自ら職業能力開発のイニシアティブを発揮することにより,自ら取得した職業能力によりその評価(交渉力)を高めることができ,例えばNPOなどの職業についての選択肢も多様なものにすることができるなど,主体的に職業生涯を送ることができる余地が広がる。


2.個人主導の職業能力開発をめぐる現状

 我が国における職業能力開発については,第一には事業主が主導的に行い,OJTを中心とした事業内職業訓練が長期雇用システムにおける効果的な人材育成方法として機能してきた。また,行政は事業主による職業能力開発を尊重しつつ,その促進・支援を図るとともに,事業主による取組が不十分な場合(失業者,新規学卒者,中小企業労働者等)に自ら公共職業訓練により職業能力開発を実施してきた。そして,労働者個人の職業能力開発への取組は,むしろ事業主や国が支援する対象として想定され,その位置付けがあまり明確ではなかったということができる。
 労働省の行った民間教育訓練実態調査(平成6年11月)によれば,企業においても,人材育成の手法として,自己啓発への援助を挙げる企業の割合が約4割,今後の見通しとして挙げる企業は約5割となっているように,従来のOJTやOff−JTに加え,自己啓発を重視しようという姿勢が見られる。しかしながら,現状においては,有給教育訓練休暇を設けている企業が約2割となっているなど,企業の考え方や具体的取組は必ずしも十分なものとはいえない。
 また,同調査によれば,個人が自主的に職業能力開発を行う場合には,教育訓練を受講する時間がない,受講費用の負担が大きい,情報が少ない等の困難性が伴うことが明らかになっている。また,自己啓発の結果を評価されないという障害も挙げられている。さらに,(株)労働問題リサーチセンター「大学院等における社会人の自己啓発の現状及びその支援のあり方調査研究報告書」(平成8年5月)によれば,社会人向け大学院への通学費用は,図書費や逸失所得(通学していなければ得られたであろう残業代等)をも含めると年間160万円以上になるとされている。こうした障害は労働者自身の工夫のみで克服できるものではなく,社会や企業がこの負担を軽減することが求められている。


3.今後の課題

 今後は,求められる人材の多様化に対応し,職業能力開発の内容面での充実を図っていく必要がある。また,個人主導による職業能力開発を進めていくためには,労働者個人のコストを軽減するとともに,自発的な取組へのインセンティブを与えることにより,その環境を整備することが必要である。すなわち,教育訓練を受講する時間が確保できないことは,本人の自己責任の範囲のみでは解決されにくい障害であって,これに対する事業主による配慮が不可欠なものであるほか,費用面の支援も重要である。また,目標を与え,本人の意欲を引き出すために,企業内外において適切な評価や処遇を行うことも重要である。さらに,多様な教育訓練の内容や客観的な評価,資格のしくみなどの情報が,企業内外において,そのコストやベネフィットを含め,個人に対して十分に提供されるとともに,カウンセリング等の相談援助によりキャリア設計に必要な能力開発のプラン作りが支援されることにより,個人の主体的な選択の余地が広い外部労働市場の整備に資することが必要となる。


4.個人主導の職業能力開発に向けた施策の方向

(1)諸外国における取組から得られるヒント

 職業能力開発の内容の充実の点では,個人に対して,大学・大学院等による多種多様な社会人教育の機会(アメリカ)や地域の自治体による学習機会(スウェーデン)が提供されている。また,職業能力開発の環境整備という点では,個人の自主的な能力開発に対する支援として,教育訓練受講のための休暇取得を保障する例(フランス,スウェーデン)や,教育訓練受講の資金援助を行う例(フランス,スウェーデン,アメリカ,イギリス)のほか,社会における労働者の能力のレベルを客観的に知ることのできる資格体系,制度が整備されている国(イギリス・フランス)も見られる。
 こうした諸外国における労働者の自主性を尊重し,そのための環境整備を図る人材育成施策は労働者にインセンティブを与えるものとして機能しており,我が国としても,参考にすべき点が多い。しかしその一方で,時としてホワイトカラーに対象が偏ったり,教育訓練休暇の活用が低い等の問題も諸外国では生じており,こうした現状をも踏まえ,外国の制度とその運用の短所,長所をにらみつつ,我が国の職業能力開発制度の中で活かす部分を見いだしていくことが必要である。

(2)我が国における今後の方向

 個人の自主的な能力開発については,本来個人の自己責任で行われるものである。しかしながら,その効果は本人の能力向上となるばかりでなく,企業にとっても事業の拡大,生産性の向上に資するものであり,結果的に社会経済全体の活性化や発展につながるものである。一方,個人が自ら職業能力開発を行うに当たっては,時間,費用等様々な障害を伴うものであることを併せ考えると,自主的な能力開発を推進するためには,以下のような考えの下,自助努力を尊重しづつ,それを企業や社会(行政)が支援することにより,個人に対し,インセンティブを与えていかなければならない。これは,いわゆる「正社員」のみならず,多様化している様々な就業形態の労働者に共通のものである。
イ 個人の取組について  今後は,個人の自発的な職業能力開発の位置づけが職業能力開発の重要な一方法として明確なものとなることが望まれる。そのため,個人は,個人主体の職業能力開発が,長い職業生活の中で本人の意欲するキャリアを積むために,自らへの投資として行う重要な手段であることを認識する必要がある。特に,就職前を含め,早い段階から職業に対する意識を持たせ,個人主導の職業能力開発の意義・必要性等を知らしめる必要がある。
ロ 事業主の役割  事業主は,産業構造の変化に対応して事業展開を図っていくために,今後ともその実施する職業訓練の充実・高度化を図り,労働者の職業能力開発を行っていく立場にある。これに加え,企業は個人が主体的に行う職業能力開発を支援することは,新しい事業経営の拡大に効果をもたらすのに不可欠なものであることを認識する必要がある。このため,企業に対しては,職業能力開発のための時間の確保や費用面での支援により労働者の負担を軽減しつつ,情報提供やカウンセリングの環境整備を行うことにより自主的な職業能力開発を労働者に促していくことが期待される。そして,個々人の能力を活かすよう人材育成の様々な手法を適切に組み合わせ,ゴーディネイトするような雇用管理に努めることは,事業主の重要な役割である。
ハ 行政の役割  行政は,急速に変化する経済社会の中で生じる産業界の人材二一ズをくみ上げ,自ら先導的中核的な訓練を開発実施するものとして,公共職業訓練を行うとともに,その成果を事業主に提供してその行う職業能力開発を支援する役割を引き続き果たしていくべきものである。
 一方,上記のような,労働者の自主的な能力開発への事業主の援助に対しては,労働者にインセンティブを与える観点からもその支援に努めるべきである。
 また,個人の資質に影響される能力の開発向上は,経済社会全体としてもメリットが大きい一方,そのコストとしては2で述べたように相当の額を要することもあり,個人のみで負担するには過大な場合が多い。このため,意欲を有する個人に対しては,その負担を軽減し,民間教育訓練機関によるものも含めた多様な教育訓練の機会を用意し,その受講を促進することも重要となる。その際には,個人が高めた能力が企業内とともに,外部労働市場においても社会的に評価されるような,社会共通の評価の枠組みを示すことが重要となることにも留意すべきである。



5.今後取り組むべき具体的な方策

 個人主導の職業能力開発を今後促していくためには,上記のように,事業主,行政がそれぞれの役割を果たしつつ,具体的には以下のような方策を図ることが求められる。
(1)情報提供・相談援助の充実  個人が自発的に職業能力開発に取り組むに当たっては,本人の意欲を引き出すために適性や希望に合った職業能力開発の機会としてどのようなものがあるのか,また,開発・向上させた職業能力が社会的にどのように評価されるのか,という情報面での支援が極めて重要である。こうした環境整備は,企業内の身近な場での情報の整備やキャリアガイダンスも含めたカウンセリングが特に有効であるとともに,企業外の公的な機関等による専門的な情報提供や相談援助も必要である。特に転職や再就職のために職業能力開発を行うに当たっては,職業紹介機関との連携を強化することも留意しておく必要がある。
(2)時間面の負担の軽減  教育訓練を受講する時間の不足は,個人が行う職業能力開発に当たっての大きな障害となるが,これは事業主の配慮によって大きく軽減されうるものである。すなわち,フレックスタイム制その他の就業時間面での配慮を行う体制を企業において導入すること,あるいは,一定期問以上の教育訓練休暇制度を導入し,その制度が十分活用されるような企業内での雰囲気を醸成することは,高度で体系的な教育訓練を受講するために有効な措置である。また,こうした企業の取組を社会的にも支援する必要がある。
(3)費用面の負担の軽減  個人主導の職業能力開発のもう一つの大きな障害である費用面の負担については,そのメリットを享受する企業が支援することが有効であるとともに,社会全体で支援することも検討されるべきであろう。この場合の方法としては,給付や税制等様々な手法が考えられるが,それぞれの手法の在り方や得失についてはさらに検討を進めていく必要がある。
(4)職業能力開発機会の拡大と学校教育との連携  技術革新の進展等により求められる能力が高度・多様化する中で,公共部門や企業による職業能力開発の内容や手法を高度・多様化することのほか,民間教育訓練機関や大学・大学院における社会人教育も含めて職業能力開発の機会が多様に用意されるべきである。このような観点も含め,職業能力の開発・向上を図るため,職業能力開発施策において学校教育との連携を深めていく必要がある。
(5)職業能力評価の推進  個人が自らの発意により職業能力開発を行ったことが,企業における個人の賃金・処遇面での評価の向上につながるとともに,社会的にも評価されるよう,公的・民間資格も含めた評価制度の整備,体系化がなされ,さらにそのことが職業能力開発の目標として労働者に明示されることが重要である。また,評価の一つの方法として,一定の職業能力開発を実施した者に対する称号や学位の付与の在り方についても,検討すべきである。


職業能力開発推進研究会メンバー

    小島典明(大阪大学法学部教授)
(座長)諏訪安雄(法政大学社会学部教授)
    野原博淳(フランス国立労働経済社会研究所研究員)
    吉本圭一(九州大学教育学部助教授)
    脇坂 明(岡山大学経済学部教授)

(五十音順,敬称略)