労災の治ゆ

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 労災補償の話題



労災の
治ゆ

労災の「治ゆ」の取扱をめぐって、行政と被災者・主治医の認識にズレが生じる場合が少なくないようだ。
ちなみに、労災の行政事件訴訟件数で「治ゆ」の判断をめぐる争いは、No3の位置を占める。
主治医としては、患者が外来を訪れ、症状を訴えて治療を求めれば、医師として、その症状に対応した治療を試みるのは当然であるが、労災からは、これが症状固定状態における「対症療法的治療」と、判断される訳だ。
この問題は、だれが悪いというものでもない。
被災者が、「俺の身体を元に戻してくれ、このいたみを取ってくれ」と訴えるのは当たり前だろう。
主治医が、「いたみが残っているのは事実だし、シップ薬の意味がないわけではない」と言うのは、それはそうだろう。
行政が、「先生がやっていることは、この1年間対処療法だけ。治療によって、いたみを取りきる方法はないとすれば、もう、限界」と言うのも、理屈ではすじが通っているだけに、しかたないのかなと思ってしまう。

ここでは、労災の「治ゆ」について、現状で、どのように取り扱われているのか(行政はどう考え、裁判例はどうなっているのか)について、整理してみた。





労働基準法第77条

「労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり、なおったとき身体に障害が存する場合において、使用者は、その障害の程度に応じて、平均賃金に別表第一に定める日数を乗じて得た金額の障害補償を行わなければならない。」
 

なおったとき と一口に言うがこれがむつかしい。
現在労災保険法では、このなおったときを「治ゆ」として次のように取り扱っている。
労災の治ゆ

労災保険法において「治ゆ」とは、症状が安定し、疾病が固定した状態にあるものをいう、すなわち、治療の必要がなくなった状態とされている。
・負傷にあっては創面がゆ着し、その症状が安定し医療効果が期待しえなくなったとき
・疾病にあっては急性症状が消退し慢性症状は持続してもその症状は安定し医療効果がそれ以上期待し得ない状態となったとき
等であって、これらの結果として残された欠損、機能障害、神経症状等は障害として障害補償の対象となるものである。(昭23・1・23基災発第3号)
 

(補足説明)

○このように、労災保険法上の「治ゆ」は、「完全に被災前の状態に戻った状態を意味するものでない。」とされている。

○治ゆとは、厳密には@医学上一般に承認された治療方法をもってしてもその効果が期待し得ない状態(療養の終了)で、Aかつ、残存する症状が、自然的経過によって到達すると認められる最終の状態(症状の固定)に達したとき、とされ、障害認定に当たっては、原則としてこの症状固定のときをもって残存障害の評価が行われる。

○但し、傷病の中には治療効果が期待できない状態であっても、症状の固定までに期間を要するものもある。
 例えば、次の場合は例外的取扱いがなされる。
味覚障害・・・時間的経過とともに漸次回復する場合がある(原則、療養終了後6か月経過後に残存障害の評価を行う。)
上、下肢の骨折部にキャンチャー(長管骨骨幹部骨折の際の固定法)等を装着した場合・・・装着が機能障害の原因となる場合は、除去を待って残存障害の評価を行う。)
じん肺・・・活動性結核を伴わない者については、症状が1年を通じ一定の状態にあり、かつ、引き続き6か月を通じて経過観察を行って症状に変化が認められないとき評価を行う。又、活動性結核を伴うもので、療養を続ける必要がなくなったと判断される者については、引き続き1年以上の経過観察によっても結核再発の徴候が認められなくなったときに評価を行う。



この行政解釈の見解は、判例(最高裁)でも支持されている。
判例

労災保険法における「治ゆ」に関する判例


1 事案の概要

(1)原告甲は、有限会社乙に大工として雇用され、株式会社丙が元請として施工中の工事に従事していた者であるが、昭和48年9月12日、同工事現場へ通勤のため乗車していた乙のマイクロバスが後続のマイクロバスに追突され、受傷した。

(2)甲は、受傷後、直ちに病院で診療を受けたところ、「外傷性頸腕症状(休業見込日数30日)」と診断された。

(3)療養補償給付については、昭和54年8月1日から昭和56年2月23日までの間は支給されたが、それ以降については不支給となった。(昭和54年7月31日以前については、自賠責保険により治療を受けていた。)また、休業補償給付については、昭和52年1月12日から昭和56年2月23日までの間は支給されたが、それ以降については不支給となった。


2 判決要旨

第一審(福井地裁昭和62年3月20日請求棄却)

(1) 昭和56年2月23日の時点においては、本件災害に係る原告の傷病による症状は固定し、同傷病に対する医学技術による治療効果を期待しえない状態になっていたと認定するのが相当である。

(2) 労災保険法12条の8第1項1号の療養補償給付は、労働基準法75条により、業務上の負傷等について必要な療養をする場合の補償を行うものであり、労災保険法12条の8第1項2号の休業補償給付は、労働基準法76条により業務上の負傷等の療養のため労働することができないために賃金を受けない場合の補償を行うものであるところ、同法77条、労災保険法12条の8第1項3号等が負傷等のなおった後も精神、身体に障害のあることを当然の前提とし、これに対してその程度に応じ障害補償給付を行うこととしていることを考慮すれば、療養補償給付及び休業補償給付の場合の「療養」とは、負傷等による症状がすべて消退するなど、いわゆる「全治した」状態になるまでのすべての治療等を意味するものではなく、負傷等に対する医学技術による治療効果が期待できる間の治療等を意味すると解すべきである。


控訴審(名古屋高裁平成元年6月21日控訴棄却)

(1) 本件は、被災後15年、症状固定とされた後7年を経過した現在も同様の治療が継続されているだけであり、障害自体の改善の傾向は見られないことからすれば、控訴人の症状は、本質的な治療効果を期待しえない状態にあることは明らかである。患者が外来を訪れ、症状を訴えて治療を求めれば、医師としては、その症状に対応した治療を試みる義務があるから、対症療法的治療が継続していること自体は症状固定の判断に反するものではない。

(2) 労災保険法に基づく保険給付を行うか否かは、医師の診断結果を参考としつつも、同法の趣旨に則って法的に評価すべきものであって、主治医が治療の継続を必要であると診断したとしても、これに拘束される理由はなく、その他の医師の意見や鑑定の結果あるいは療養の経過等を全体的に評価して判断することが許されることはいうまでもない。

(3) 労災保険法に基づく他病院での受診命令にも正当な理由なく応じない場合に、被控訴人が、診療内容や傷病の経過を調査し、担当医師のほか労災医員等の意見を求めるのはむしろ当然の措置というべきであって、その結果に基づいて、主治医の診断に反する認定をしたとしても、これをもって差別であるとは到底言い難い。

上告審(最高裁三小平成2年12月4日上告棄却)

 原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。