蒲原沢土石流災害 (平成8年12月6日発生)
■HOMEPAGE
■640/480
■災害事例目次へ





T 災害の発生状況

 平成8年12月6日(金)10時40分頃,新潟県糸魚川市平岩地区及び長野県北安曇郡小谷村にま
たがる姫川支流の蒲原沢地区において,災害復旧工事(平成7年に発生した集中豪雨による土砂崩壊等
による災害復旧のため,姫川との合流部から上流約lkmの区間において施工されていた砂防ダム,護
岸等の工事)を行っていたところ,姫川合流地点から上流約2.7kmの地点で発生した土砂崩壊が引
き金となり土石流が発生し,蒲原沢を流れ落ち,姫川まで流れ込んだ。



 このため,作業中の68名のうち,14人が行方不明(その後全員が遺体で収容)となり,9人が負
傷した。


災害発生時の作業状況及び被害状況等
上流−−−−−−−−−−−−−−→ 下流

工事名 蒲原沢災害関連
緊急治山工事
蒲原沢砂防ダム
災関緊急工事
蒲原沢流路工
災関緊急工事
平成7年度国補
災害関連工事
蒲原沢床固工
災関緊急工事
元請事業場 (株)笠原建設
(新潟県西頸城郡能生町)
(株)地崎工業
(本社:東京都港区)
佐田建設(株)
(北越支店:新潟市)
(株)今井工務店
(長野県北安曇郡小谷村)
大旺建設(株)
(本社:東京都品川区)
下請事業場 (一次)牧野組(新潟県糸魚川市)
(二次)グリーン産業(新潟市)
(三次)米原商事(富山県礪波市)
(一次)伊藤土木(株)(秋田県南秋田郡)
(二次)(株)轟組(高知市)
(三次)(有)佐藤作工(盛岡市)
(一次)
丸徳興業(株)(群馬県前橋市)
(二次)
(株)カネカ重機(新潟県南魚沼郡)
(三次)
(株)加藤重機(新潟県南魚沼郡)
(三次)
(有)ケイエス・スタッフ(新潟県刈羽郡)
(株)新川重機
(長野県塩尻市)
高崎建設工業(株)
(長野県松本市)
発注者 林野庁松本営林署 建設省松本砂防工事事務所 建設省松本砂防工事事務所 長野県大町建設事務所 建設省松本砂防工事事務所
工事事務所
現在地
新潟県糸魚川市
大字大所地先
新潟県糸魚川市
大字大所地先
長野県北安曇郡
小谷村大字北小谷地先
新潟県糸魚川市
大字大所地先
新潟県糸魚川市
大字大所989
工期 h8.2.24〜h9.3.14 h8.2.14〜h9.1.28 h8.3.6〜h9.1.14 h8.3.22〜h9.3.25 h8.2.1〜h9.1.8
工事概要 谷止め工 砂防ダム工 流路工 仮国道設置工 床固め工
当日の作業者数
68人
11人 20人 10人 5人 22人
死亡者数
14人
牧野組 3人 伊藤土木(株) 5人
(株)轟組    1人
(有)佐藤作工 1人
- (有)新川重機 1人 高崎建設工業(株) 3人
負傷者数
9人
牧野組 2人 (株)地崎工業 1人
伊藤土木(株) 2人
(有)佐藤作工 1人
- - 高崎建設工業(株) 3人
災害発生当日の
作業内容
堰堤の型枠ばらし作業 本ダムの仮締切補強、副ダムの
片付け作業
国界橋の深礎ぐいまわり
の盛土作業
新国界橋の盛土作業 型枠の組立て、コンク
リート打設作業

U 土石流の発生状況等

1 現場付近の地形,地質等

 蒲原沢が流入する姫川は,川に沿って糸魚川−静岡構造線が走り,その活動の影響を受けて地すべり
地が密集している。蒲原沢の左岸側は,緩やかな傾斜をなし,右岸側は急傾斜の地形をなす。その流域
面積は4.0平方メートル,流路延長は4.6kmである。
 土石流が発生した蒲原沢は,平均河床勾配20度という急傾斜の細い渓流である。その地質は,姫川
との合流部で古生界の粘板岩,少し上流で蛇紋岩,さらに上流で来馬層と呼ばれる礫岩,泥岩,砂岩の
互層が分布し,その上を火山噴出物が覆っている。




2 降雨等の気象条件

(1)蒲原沢と姫川の合流点付近の雨量

 蒲原沢と姫川の合流点付近(標高約320m)では,後藤組及び日産建設に雨量計が設置されていた。
12月4日午前0時から上石流発生時までの雨量計の測定結果は,後藤組の雨量計が73.5mmであ
るのに対し,日産建設の雨量計が38.5mmと35mmの差がある。これは後藤組の雨量計は12月
1日から2日にかけての降雪を捕捉していたのに対し,日産建設の降雨計は捕捉率が悪かったためと考
えられる。

(2)崩壊地点での供給水量の推定

 平成8年12月4日から6日の日本付近には発達した低気圧が日本海を通過し,南からの暖かく湿っ
た空気が流れ込んでいた。低気圧の中心が蒲原沢周辺を通過した12月5日夜は融雪が進みやすい高温
,高湿度,強風の条件がそろっていた。蒲原沢周辺のスキー場のデータ等から推定すると,気温上昇に
よる融雪と降雨量を合わせて,崩壊地点(標高約1,300m)で蒲原沢に供給されていた水量は約6
0mmから100mm程度であったと考えられる。


3 土石流の発生端緒及び流下状況

(1)上流部の上砂崩壊

 土石流の発端となった土砂崩壊は,平成7年7月の崩壊と同じ地点(姫川との合流点より約2.7k
m上流の標高約1300mの地点)で当時崩壊しなかった山腹に拡大する方向で発生している。
 この崩壊の規模は,長さ120m,幅60m,最大深さ20mに達し,崩壊土量は約33,000立
法メートルである。
 斜面下部の土塊は13000立法メートルであり,この土塊は流出せず,差し引き20000立法メ
ートルが土石流となって流下したと考えられる。
 今回の崩壊は、米馬層と火山噴出物の境界で発生している。崩落後の滑落崖には,安山岩の巨礫を含
む火山噴出物が10m以上露出しており,そのマトリックス(素地)は軟弱な粘土である。この滑落崖
の数力所に地下水の噴出口が認められ,地下水が流出している。崩壊発生時には,雨水及び融雪水が浸
透してこの火山噴出物中より地下水が流出したものと考えられる。

(2)崩壊の規模及び降水量

 今回の蒲原沢の土石流の端緒となった崩壊は,過去に長野県及び新潟県で発生した主な土石流と対比
すると,規模は小さく,崩壊を引き起こした降雨・融雪量も少ない。過去の例をみると,崩壊歴のない
場所では,1日200mm程度の降雨がないと土石流の端緒となる崩壊は発生しないが,既に崩壊地が
形成され,その中で小崩壊が発生して土石流になる場合には,少量の降雨によっても土石流が発生して
いる。
 このようなことから,今回の土石流は,平成7年7月の崩壊によりその後の崩壊が発生しやすい条件
が整っていたため,比較的少量の降雨により小規模な崩壊が発生し,それが土石流につながったと考えら
れる。


4 蒲原沢における土石流等の発生経歴

 平成7年7月11日から12日にかけて姫川,関川,黒部川では観測史上最大規模の梅雨前線豪雨が
あり,大きな被害をもたらした。蒲原沢では今回の土石流の発端となった崩壊と同地点で山地斜面が崩
壊して大規模な土石流・土砂流が発生した。このときの土石流の量は約110,000立方メートルと
されている。
また,姫川との合流点には,年代は特定できないが過去数回にわたる土石流堆積物が認められる。


5 河川の渇水期と土石流の一般的な発生時期等

 姫川の20年間の月平均流量から,流量が最も少ないのは,1月,2月であり,12月は3番目であ
る。1月,2月はこの地方は積雪が多いことを考えると,11月,12月は,河川の水が少なく河川工
事には都合のよい季節であり,建設業者には12月は工事を進捗させる時期という経験的知識があった。
「砂防便覧」に示されている最近の土石流発生事例251例の発生時期を調べると,土石流の発生は7
月から9月に集中しており,12月,1月,2月の発生例は皆無である。土石流を発生原因別に集計す
ると,梅雨前線,台風,集中豪雨によるもので発生件数の96%を占め,秋雨前線,融雪によるものが
それぞれ1%である。つまり,土石流は多量の降雨によって発生しているとみることができる。

 また,朝日新聞の50年間の見出しを検索して,「土石流」,「山津波」,「鉄砲水」の用語が見ら
れる記事全数202件を月別に集計しても,12月に記事が見られるのは,平成4年12月8日富士山
で土石流が発生したことを報じる記事のみである。



V 事業場等における土石流災害を防止するための安全管理状況

1 元請事業者,下請事業者の安全管理状況

(1)警報設備等の設置状況
   土石流等の発生を検知した場合に,作業者に緊急連絡を行うためのサイレン等の警報設備は設置
  されておらず,また,合図の方法についても定められていなかった。

(2)作業中止のための基準等について
   建設省発注工事を施工する事業者間の連絡調整のために設置されている「葛葉・蒲原連絡協議会」
  において,降雨量による警戒・退避基準(後述)が設定されており,降雨量が定められた基準値を
  超えた場合には会員事業場へ連絡されることとなっていた。一方,雨量計も設置せず,他の事業場
  等との間に雨量に関する連絡網も整備していない事業場もあった。

(3)機械監視装置の設置及び監視人の配置状況
   発生した土石流を検知するための機械監視装置の設置や監視人の配置は行われていなかった。

(4)避難のための措置
   作業中に土石流が流下してきた場合を想定した緊急連絡体制の整備,避難訓練の実施や避難設備
  の設置は行われていなかった。


2 蒲原沢全体を対象とする安全管理状況

(1)「葛葉・蒲原連絡協議会」による警戒・退避基準の設定
   現地における土石流等による災害防止の対策として,「葛葉・蒲原連絡協議会」により平成8年
  6月6日に警戒・退避基準が設定されていたが,6月25日にかなりの出水があったことから,そ
  の後この基準を,「時間当たり雨量が15mmを超えた場合又は6時間での連続雨量が50mmを
  超えた場合」には作業を中止し,退避することと強化されている。

(2)長野県姫川砂防事務所による警戒避難雨量の設定
   蒲原沢において当該事務所の発注に係る工事は施工されていないが,当該事務所では,「葛葉・
  蒲原連絡協議会」とは別に警戒避難雨量(連続雨量75mm,24時間雨量60mm,1時間雨量
  15mm)を設定し,工事受注者及び姫川建設業協会あてに平成8年5月28日付け文書で通知し
  ている。

(3)その他
   大町労働基準監督署においては,平成8年6月の大雨の際に緊急情報を発出するとともに,同年
  7月に「小谷地区豪雨災害復旧工事労働災害防止協議会」が主催した労働災害防止大会等の場にお
  いて,土石流に対する注意喚起を行っている。


W 災害の原因

1 土石流の発生要因

(1)地質等の要因
   蒲原沢上流部は崩壊が発生しやすい地質的特性を有しており,また,平成7年7月の集中豪雨に
  て上流部に発生した崩壊により,その後の崩壊が発生しやすい条件が作られていた。

(2)降雨量等の要因
   平成8年12月1日及び2日に積雪があり,12月5日(災害発生前日)には気温の上昇に加え
  降雨があった。そのため,降雨に融雪が加わり,崩壊地付近の12月5日の融雪量も加味した降水
  量は,崩壊地付近では最大で100mm程度に達しており,土石流の引き金となる地卜水の供給に
  寄与したと考えられる。

(3)地形等の要因
   蒲原沢は,平均河床勾配20度という急傾斜の渓谷であり,沢に崩落した上砂は,増水した渓流
  の流れと崩壊地から流出する地下水により容易に土石流となり得た。


2 労働災害につながった原因

 蒲原沢は,過去に上石流が発生していること,上流における平均河床勾配が急峻であることなどから,
土石流がが発生する可能性が高い渓流であったと考えられる。
 しかし,土石流が通常,多量の降雨により発生すると考えられていたことから,降雨のみに着目した
基準等を設定し,この値により警戒・退避を行うことが一般的であった。また,この地方では,12月
は河川の水が少ないこと,上石流の発生例が知られていないこと等から,建設業者にとって工事を進捗
させる時期という経験的知識があった。
 このため,降雨のみに着目した警戒・退避基準の設定は行われていたものの,融雪等の要因について
は考慮されることなく,また,一部の事業場においては,これらの設定も行うことなく工事が実施され
ていた。
 このように,施工時期等からみて,土石流に対する警戒心が,工事関係者に薄れていたものと考えら
れる。
 しかし,蒲原沢は土石流が発生する可能性の高い渓流であることを考慮すると,設置等に困難性が認
められるものの,土石流の早期検知のための措置及び警報設備の設置,避難設備の設置等の措置のいず
れも講じないまま作業が行われていたことが,被害の拡大につながった要因とも考えられる。



X 再発防止対策

 今回の土石流災害は,この地域では従来考えられなかった初冬期に,降雨と融雪が引き金となって発
生したものであり,今後は,このような土石流災害にも対応できる防止対策が必要である。このような
観点から再発防止のための諸対策を検討すると,次のような対策が有効であると考えられる。

1 事前調査の実施及びその結果に基づく警戒・退避基準の設定

(1)作業箇所及び河川上流の地山,河川の状況,気象データ,過去の土石流の発生状況等に関する事
  前調査を実施すること。
(2)(1)調査結果に基づき,適切な警戒・退避基準を設定すること。なお,警戒・退避基準の設定
  に当たっては,降雨塁のみならず,融雪量についても十分に配慮すること。


2 雨量・融雪量等の的確な把握

(1)雨量,融雪量,気温等の的確な把握を行うこと。また,雨量計の取扱いの習熟及び適切な管理に
  ついて徹底すること。
(2)降雨量,融雪量については,作業箇所における測定のほか,広域的なデータを収集するなどによ
  り,警戒・退避基準の信頼性の工場を図ること。


3 土石流の検知及び連絡方法の確立

(1)土石流等の発生を早期に検知して退避につなげるシステムを確立すること。なお,検知の方法と
しては,監視人による監視(ビデオカメラの設置及び映像の事務所での監視を含む。)と高感度地震計
,ワイヤーセンサ−等の機械的な検知方法があること。また,土石流等の検知のための装置等について
は,河川の状況,想定される土石流等の発生場所,流下速度,工事施工場所等を十分に考慮すること。

(2)土石流等が発生した際の労働者に対する緊急連絡方法を確立すること。なお,複数の事業者が存
在する場合には,警報等を統一すること。


4 避難訓練の実施及び避難設備の確保

(1)土石流等の発生のおそれのある現場で工事を施工する場合には,避難訓練を定期的に実施するこ
と。
(2)土石流等が発生した場合に使用する避難設備を整備すること。


5 安全教育の充実

(1)工事施工計画の策定時における検討体制の充実を図るため,施工計画を担当する者の資質の向上
を図ること。

(2)工事施工中においても,土石流等に対する各種の安全対策を適切に行う必要があることから,現
場の安全責任者に対する安全教育の徹底を図ること。

(3)現場に入場するすべての現場作業者に対して,土石流等の危険性,退避の方法等に関する教育を
実施すること。特に地域の実情に不慣れな出稼ぎ労働者等に対して行う教育について十分に配慮するこ
と。また,元請事業者は関係請負人に対して資料の提供を行うなど,必要な指導・援助を行うこと。


6 関係事業者による一元的な安全管理対策の推進

 複数の元請事業者が同一区域内で工事を行う場合は,すべての関係事業者が参加できる定期的な協議
の場を設置するなどにより,土石流等の検知・警報装置の共同設置等の関係事業者による一元的な安全
管理対策を推進すること。


7 発注者による情報の提供等

(1)発注者による各種情報の提供
   河川等に係る地形,地質,過去の土石流の発生状況等に関して発注者が保有する情報を,必要に
  応じ施工業者に対して提供すること。

(2)発注者による協議会等の設置についての指導援助
   多数の元請事業者が同一区域内で工事を施工している場合には,相関運する工事区域全体を対象
  とする一元的な安全対策が必要であることから,関係事業者間の連絡協議会を行うための組織を設
  置するよう指導援助すること。

(3)複数の発注者が同一区域内で工事を発注する場合の措置
   複数の発注者が同一区域内で工事を発注する場合において,個々の発注者が別々に実施するより
  も発注者が共同して実施する方が効果的かつ効率的なものについては,発注者間で調整を行った上
  で,施工業者に対し必要な指示等を行うこと。


8 行政が取り組むべき事項

(1)安全基準等の整備
   土石流等による労働災害防止対策を総合的に進めるため,工事着手前に調査すべき項目,調査結
  果の判断の基準,判断結果に基づく事前の安全対策及び着手後の具体的な安全対策の在り方等につ
  いて,必要に応じて関係法令を整備するとともに,事業者が自主的に検討することが可能となるよ
  う,ガイドライン等を策定すること。

(2)研究開発の推進
   土石流等について,その発生メカニズムを解明するため,国の調査研究機関等が調査研究を推進
  すること。また,土石流の早期検知システムの開発等への支援を行うこと。

(3)安全確保対策に対する支援策
   雨量計,土石流等の検知システムの円滑な導入を図るための支援を行うこと。

(4)安全教育の実施等に対する支援
   工事計画の策定を担当する者,現場安全責任者,現場作業者等に対する各種教育について,その
  実施を支援すること。


(以上は、労働省労働基準局建設安全対策室の発表による。)




HOMEPAGE
640/480