アーク溶接作業において一酸化炭素中毒が発生した事例
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アーク溶接作業において一酸化炭素中毒が発生した事例
□アーク溶接作業とCO中毒事例−3例
□再発防止対策(通達平成16年9月21日付)
【事例1】 タンク内の炭酸ガスアーク溶接作業等における災害事例
1 発生年月 平成10年12月
2 発生地 千葉県
3 業種 金属製品製造業
4 被災状況 休業1名
5 発生状況
(1) 客先の事業場に設置されている原料混合機の鋼製タンク内部にさびが発生し製品に影響が出るため同タンク(直径2.1m、長さ2.94m、約10m3、横型)内部の上半分を厚さ3mmのステンレス製の板でライニングをすることになった。
(2) 作業方法は、あらかじめ自社工場で厚さ3mmのステンレス製の板を同タンクの側面の直径50cmのマンホールから入る程度の大きさに切断曲げ加工したものを製作し、これを同タンク内に入れて内部で溶接し取り付けるものである。
(3) 災害発生当日、被災者A、作業者B、C及び工場長Dの4名で作業に取りかかった。
(4) 作業がしやすいようにライニングする部分が下になるようにタンクを180度回転させ、側面の直径50cmのマンホールと作業時上部に位置していた直径20cmのマンホールとを開放するとともに上部のマンホールからファンで換気を行った。ただし、換気といっても溶接欠陥の発生等の支障のない程度に溶接時に発生するガス及びヒュームをファンにより排気するもので、新鮮な空気の強制送風は行っていなかった。
(5) タンクの中には被災者A、作業者B及び工場長Dの3名が入り、被災者Aが炭酸ガスアーク溶接により下向きに溶接を行い、工場長Dがアルゴンガスアーク溶接(TIG溶接)により残った上部の溶接を行い、作業者Bは溶接の補助作業を行っていた。なお、作業者Cはタンク外で監視を行っていた。
(6) 朝9時から作業を始め、休憩、昼食をとり午後も作業を続けたが、午後3時頃、被災者Aに軽い頭痛、胸痛の症状が現れ、午後5時頃、さらに頭痛、胸痛、四肢痛全身倦怠、寒気等の症状が出て作業を続けられなくなり、作業をやめて帰宅して病院で受診したところ一酸化炭素中毒と診断された。
(7) なお、被災者は、作業に際して手袋及び防じんマスクを着用し、溶接用保護面を使用していた。
6 発生原因
(1) 通風が不十分なタンク内で炭酸ガスアーク溶接作業を行うに際して、換気を十分に行わず、送気マスク等の自給式呼吸用保護具も使用しなかったこと。
(2) 事業者及び労働者に炭酸ガスアーク溶接作業に際して一酸化炭素が発生するという認識がなかったこと。
【事例2】 ダクト内の被覆アーク溶接作業における災害事例
1 発生年月 平成14年6月
2 発生地 福岡県
3 業種 建設業
4 被災状況 休業1名
5 発生状況
(1) 発電所のボイラー及びタービンの定期検査工事において、被災者は、災害発生当日、午前中から午後にかけて屋外配管のアーク溶接を行った。溶接方法は被覆アーク溶接であった。
(2) その後、被災者は、夕刻に通風機ダクト(60cm×80cm)内のダンパーシートの溶接の指示を受けて、1本目を10分程度で終了した後、2本目に取りかかって10分程度経過したときに呼吸が苦しくなり、作業出入口用のマンホールから自力で脱出して救助を求めた。
(3) 被災者は直ちに病院に搬送され、担当医師により一酸化炭素中毒の疑いありと診断された。
(4) 災害の発生したダクトには、マンホール(45cm×45cm)が3カ所設けられていたが、作業出入口用の1カ所以外は閉ざされていた。また、ダクト内のダンパーも閉じられていた。気積は約3.8m3であった。
(5) 被災者は、手袋、安全帯、ヘルメット、防じんマスクを着用し、溶接用保護面を使用していた。
(6) 災害発生前に酸素濃度は測定していないが、災害発生直後の酸素濃度測定の結果は21%であった。
(7) 原因究明のため同じ条件で再現実験を行ったところ、作業開始から一酸化炭素濃度は徐々に上昇し被災者の作業終了の10分経過では146ppmとなった。また、酸素濃度は20.9%で変化はなかった。
6 発生原因
(1) 通風が不十分なダクト内のアーク溶接作業において換気を行わず、送気マスク等の有効な呼吸用保護具も使用しなかったこと。
(2) 事業者及び労働者にアーク溶接作業に際して一酸化炭素が発生するという認識がなかったこと。
【事例3】 通風が不十分な屋内作業場での炭酸ガスアーク溶接作業における災害事例
1 発生年月 平成15年12月
2 発生地 兵庫県
3 業種 金属製品製造業
4 被災状況 休業1名
5 発生状況
(1) 災害は、ステンレス製ジャケット付きタンク(直径2.8m、長さ5.1m)の製造工程で、タンク本体にジャケット取付部の部材であるフランジシーラー(板厚35mm、幅84mm)を炭酸ガスアーク溶接(MAG溶接)により取り付ける作業において発生した。
(2) フランジシーラーの取付作業は、タンクをターニングローラーと呼ばれる回転装置付き台車に横向きに載せた後、溶接作業者が高さ3.5mの作業架台よりしゃがみ込んだ状態の下向き姿勢で、V型開先をとったフランジシーラーをタンク本体上部側に11層、下部側に10層すべてMAG溶接の周溶接により取り付けるもので、1周の作業の所要時間は約30分である。
(3) 被災者は、災害発生日の前日午後3時から6時まで、MAG溶接によるフランジシーラーの取付作業を行った。この日はタンク本体上部側に1層、下部側に4層を取り付けた。
(4) 災害発生日、被災者は午前8時40分より前日のフランジシーラーの取付作業の続きを開始した。
1〜2時間作業をしては15分程度の休憩をとる形で4回作業をし、最後に30分余り時間外作業をして、この日はタンク本体上部側に6層、下部側に2層を取り付けた。
(5) 後片付けと上司への作業終了報告後に帰宅したが、帰宅後に頭痛等の症状が出始め家族が病院に搬送したところ、一酸化炭素中毒と診断された。
(6) 作業場は、南北58m、東西32mで、北側に出入口の開口部が2カ所設けられているが、本件作業の場所は南東端に位置しているため、自然換気は不十分で、全体換気装置が建屋天井に4カ所設けられていたが、当日は稼働していなかった。
(7) 被災者は、作業に際しては、防じんマスクを使用していた。
(8) 再現実験では、被災者の呼吸域近傍のアーク発生点から50cmの位置で、57〜182ppmの一酸化炭素が検出された。
(9) 災者の上司は炭酸ガスアーク溶接作業に際して一酸化炭素が発生することは知っていたが、特に作業者に一酸化炭素中毒の危険について注意喚起はしていなかった。
6 発生原因
(1) 自然換気が不十分な屋内作業場で炭酸ガスアーク溶接作業を行うに際して、換気を十分に行わず、送気マスク等の呼吸用保護具も使用しなかったこと。
(2) 事業者、直接監督者及び労働者に炭酸ガスアーク溶接作業に際しての一酸化炭素発生についての危険・有害性の認識が低く、このための教育もしなかったこと。
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アーク溶接作業における一酸化炭素中毒の防止について
厚生労働省労働基準局安全衛生部化学物質対策課長から各都道府県労働局労働基準部長あて〔平成16年9月21日付け基安化発第0921002号〕
炭酸ガスアーク溶接作業においては、炭酸ガスの熱分解により一酸化炭素が発生することが知られており、通風の不十分な場所における作業では発生した一酸化炭素が蓄積し作業者に健康障害の発生するおそれがあり、別紙のとおり、平成10年、平成14年及び平成15年に各1件の合計3件、通風の不十分な場所におけるアーク溶接作業に伴う一酸化炭素中毒が発生している。(一酸化炭素中毒の疑いありと診断されたもの1件を含む。)
しかしながら、事業者、労働者を含め溶接作業関係者の中では必ずしも一酸化炭素の発生及びこれによる健康障害に関する認識が十分ではないところである。
このような状況にかんがみ、別添のとおり、関係団体に対して標記災害の防止について協力方要請したので、各局においても関係事業者等に対して下記事項を周知するとともに、第6次粉じん障害防止総合対策(平成15年5月29日付け基発第0529004号の別紙1)に基づいてアーク溶接作業を有する関係事業者等に対して指導を行う際には、下記事項についても併せて指導されたい。
記
1 タンク、ボイラー又は反応塔の内部その他通風が不十分な場所(以下「タンク内等」という。)においてアーク溶接を行い、又は通風が不十分な屋内作業場においてアーク溶接を行う場合には、換気を行うことにより作業場所の空気中の一酸化炭素濃度を日本産業衛生学会で示されている許容濃度である50ppm以下に保つこと。
なお、換気を行うことが困難な場合にあっては、労働者に一酸化炭素用防じん機能付き防毒マスク、酸素呼吸器、空気呼吸器又は送気マスクを使用させること。
2 アーク溶接作業のうち、タンク内等において炭酸ガス、アルゴン又はヘリウムをシールドガスとして使用するアーク溶接を行う場合には、酸素欠乏症等防止規則(昭和47年労働省令第42号。以下「酸欠則」という。)第21条第1項第1号の規定に基づき、作業場所の空気中の酸素濃度を18%以上に保つように換気するとともに、一酸化炭素濃度を日本産業衛生学会で示されている許容濃度である50ppm以下に保つこと。
なお、タンク内等の換気を行うことが困難な場合にあっては、酸欠則第21条第1項第2号の規定に基づき、労働者に酸素呼吸器、空気呼吸器又は送気マスクを使用させること。
3 アーク溶接に関する特別教育については、安全衛生特別教育規程(昭和47年労働省告示第92号)第4条「アーク溶接等の業務に係る特別教育」が規定されているところであり、一酸化炭素中毒及び酸素欠乏症の防止に関する事項についても災害防止に関する学科教育の中で教育を実施すること。
また、アーク溶接に関する特別教育を既に修了した労働者のうち、タンク内等においてアーク溶接を行い、又は通風が不十分な屋内作業場においてアーク溶接を行う者に対しても、一酸化炭素中毒及び酸素欠乏症の防止に関する事項について、災害事例を含めた再教育を行うよう努めること。
参考1 溶接に伴って発生する一酸化炭素について
参考2 酸素欠乏症等防止規則(抄) 安全衛生特別教育規程(抄)(省略)
参考3 アーク溶接に伴う一酸化炭素中毒対策概念図(省略)
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参考1 溶接に伴って発生する一酸化炭素について
溶接時には、溶接ヒュームの他に有害ガスも発生しており、主な有害ガスとしては、オゾン、窒素酸化物、一酸化炭素等がある。
一酸化炭素は、溶接中のアーク熱による炭酸ガスの熱分解及び溶接面での炭素の燃焼により発生する。炭酸ガスから一酸化炭素への分解は2000℃でおよそ2%起こるとされている。アーク溶接のアーク熱が5000〜7000℃であることからも溶接に伴い一酸化炭素が発生することが分かる。シールドガスとして炭酸ガスを用いるMAG溶接、特に炭酸ガスのみを用いる炭酸ガスアーク(MAGC)溶接においては他の溶接に比べ高濃度の一酸化炭素が発生すると推測される。
溶接に伴い発生する一酸化炭素の量は、溶接条件によるが、1分間の溶接作業を行うとおよそ200〜400mlの一酸化炭素が発生する。このことは、例えば100m3の空間で作業者1名が溶接作業を行い、溶接作業1分間あたり300mlの一酸化炭素を発生したとすると、環境中の一酸化炭素は1分あたり3ppmずつ上昇し、そのまま作業を続けるとおよそ8分でACGIHのTLV25ppmを、およそ17分で日本産業衛生学会の許容濃度50ppmを超えてしまう。また、溶接作業者が増えれば、それまでに要する時間は作業者数に見合って短縮することとなる。
このことにより、船底、タンク内等のような狭隘な場所や広くても換気の不十分な場所では十分に注意を払う必要がある。
参考文献 「平成14年労働衛生工学会資料」藪田十司