代替フロンによる健康障害(肝機能障害)事例
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代替フロンHCFC-123
電気機械器具製造業の研究所で発生した肝障害
(概要)
1.発生年月 平成9年10月
2.所 轄 神奈川局管内
3.労働者数 290名(男245名,女45名)
4.被災状況 休業4名
傷病名 急性肝障害
休業日数 31日,21日,13日,12日
5.災害概要
電気機械器具製造業の事業場の研究所において,光ファイバーと銅線の接続部分の温度調節に使われるヒートパイプを研究開発する作業において,天井から床の近くまでカーテンを設置して,それに囲まれた密閉性の高い作業場(気積80立方メートル)において,HCFC-123を小出しビーカーに移し注射器によりヒートパイプへ注入,漏洩検査等を行っていた作業者が黄疸,胃の膨満感,吐き気等の急性肝障害の症状を訴え,診断の結果,急性肝障害と診断された。
6.経過
平成9年8月下旬 HCFC-123の使用を開始した。
9月下旬 胃の膨満感等の原因不明の自覚症状が現れ始めた。
10月上旬 不快症状が複数出現したためMSDSを取り寄せたが,肝障害についての記載はなかった。
作業場の換気の措置を講じた。また,保護眼鏡,ゴム手袋等も使用した。
10月中旬 肝障害と診断された。
局所排気装置等を設置し,防毒マスクも使用開始した。
11月中旬 被災者全員が職場に復帰した。
7.発生原因
次の種々の蒸発源があったため,HCFC-123の気中濃度が高まった。
(1)小出ししたHCFC-123の入っているビーカー
(2)ヒートパイプからあふれたHCFC-123を入れたバケツ
(3)注射器からの漏れ
(4)作業場所に放置した廃棄物
(5)ヒートパイプからのあふれ出し
(6)HCFC-123をふき取ったタオル
(7)脱気作業時の突沸
8.その他
8月中旬〜10月中旬の間にHCFC-123を100kg使用
(HCFC-123の1缶は50kg)
再発防止対策
平成10年6月1日、労働省労働基準局安全衛生部長から都道府県労働基準局長あて次のような対策指示がなされた。
代替フロンによる健康障害予防のための当面の対策の推進について
(平成10年6月1日付、基安発第15の1号)
オゾン層破壊防止のため,平成4年(1992年)にモントリオール議定書(以下「議定書」という。)が改定され,特定フロン(クロロフルオロカーボン-11(CFC-11)等5物質)が平成8年(1996年)には全廃された。また,これに伴い,特定フロンの代替となるフロン(以下「代替フロン」という。)の一種として,1.1-ジクロロ-2.2.2-トリフルオロエタン(以下「HCFC-123」という。)の使用が進んでいるが,この物質についても議定書により平成22年(2020年)を期限に全廃することにされており,通商産業省及び環境庁において「特定物質の規制等によるオゾン層保護に関する法律(昭和63年法律第53号)」(通称「オゾン層保護法」)により製造,排出規制等が行われているところである。
HCFC-123の有害性については,従来眼に対する刺激作用等が知られるに留まっていたが,昨年8月,英国医学誌「THE LANCET」に掲載された論文において,肝障害の発生事例が報告された。
この報告の後,同年10月,神奈川労働基準局管内の大手電気機械器具メーカーの研究所において,光通信システムの部品開発に従事する労働者に同種健康障害が発生した。当該災害の概要は別添1のとおりであるが,神奈川局及び本省が労働省産業医学総合研究所とともに,原因究明に当たった結果,HCFC-123が原因とみられるところとなった。
このたびの災害は,代替フロンに起因し,かつ,先端技術製品の開発を進める研究所において発生したという,行政上注目すべきものであることにかんがみ,今般,労働者の健康障害を予防するため,当面の対策を下記のとおり定めたところである。
なお,HCFC-123については,労働安全衛生法(昭和47年法律第57号)第58条(事業者の行うべき有害性の調査等)の規定に基づき労働安全衛生規則(昭和47年労働省令第32号)第576条及び第593条等の適用があるものである。
ついては,HCFC-123を製造し,又は取り扱う事業場の把握に努めるとともに,関係事業場に対する指導の徹底を期されたい。
併せて、関係事業者団体に対しては別添2のとおり要請したところであるので了知されたい。
(注)同日付けつぎの業界団体あて同趣内容の要請文署が出されている。
(社)日本化学工業協会会長
(社)日本フルオロカーボン協会会長
(社)日本化学工業品輸入協会会長
記
1 HCFC-123を製造し,又は取り扱う作業場に係る作業環境管理
(1) HCFC-123を製造し,又は取り扱う設備に係る措置
事業者は,当該作業に従事する労働者が,HCFC-123の蒸気にできるだけばく露されないように,次により発散源対策を論ずること。
イ HCFC-123を製造し,又は取り扱う設備については,HCFC-123の蒸気の発散源を密閉する設備を設けるか又は遠隔操作により作業を行うこと。
口 上記イによることができない場合には,HCFC-123の蒸気発散源に局所排気装置又はブッシュプル型換気装置を設け,作業中はこれを有効に稼働させること。
ハ 作業の性質等から,上記イ及びロのいずれによることも困難な場合には,全体換気装置を設置すること。
(2) HCFC-123に係る換気装置の性能要件
上記1の(1)の口及びハの換気装置は,次の性能要件を満たすものとする。
イ 局所排気装置の制御風速については,有機溶剤中毒予防規則(昭和47年労働省令第36号)(以下「有機則」という。)第16条の規定に準ずること。
ロ プッシュプル型換気装置の構造及び性能については,平成9年労働省告示第21号(有機溶剤中毒予防規則第16条の2の規定に基づき労働大臣が定める構造及び性能を定める件)の規定によること。
ハ 全体換気装置の換気量については,有機則第17条第1項に規定する,消費する有機溶剤区分が第1種有機溶剤に係る全体換気装置の換気量に準ずること。
2 HCFC-123の製造又は取扱いに係る作業管理
事業者は,次により必要な作業管理を行うこと。
(1)1の(1)のハにより全体換気構造を設置した作業に労働者を従事させるときは,当該労働者に空気呼吸器又は防毒マスク等の有効な呼吸用保護具を使用させること。
(2)健康障害防止にかなった作業標準を作成し,労働者に作業標準を遵守させること。
(3)労働者には直接手で取り扱う作業をさせないように,不浸透性の保護衣等を使用させること。
特に,混合や充填の作業は,できるだけ自動化し,これが困難なときは,上記1の(1)の口又はハによること。
(4)労働者が使用する保護具は,労働者の数以上備付け,定期的に保護具の点検を行うこと。
(5)職長等作業の責任者に,作業標準が遵守されているか作業現場の巡視等を行わせること。
3 労働衛生教育の実施
事業者は,労働者に対しHCFC-123の製造又は取扱い作業に就かせるときは,次のことについて教育すること。
(1)HCFC-123の有害性等
(2)呼吸用保護具及び不浸透性の保護衣等の使用方法等
(3)作業標準に基づく作業手順,作業方法
(4)その他必要な事項
4 有害性の事前調査
事業者は,使用しようとする化学物質について労働安全衛生法(昭和47年法律第57号)第58条の規定に基づき,あらかじめ有害性等を把握すること。
その際,事業者は「化学物質等の危険有害性等の表示に関する指針」(平成4年労働省告示第60号)に基づき,HCFC-123を譲渡し,又は提供する者が,HCFC-123の有害性等についてその譲渡又は提供先に提供する化学物質等安全データシート(MSDS)を入手し,活用すること。
5 その他の措置
事業者は,工場,研究所等において,新たにHCFC-123を使用するときは,衛生委員会等における事前の調査・審議,その他必要な労働衛生管理を実施すること。
(参考)
HCFC-123の有害性等情報
1 化学名
1.1-ジクロロ−2.2.2-トリフルオロエタン
2 化学式
CHCl2CF3
構造
Cl F
| |
H−C−C−F
| |
Cl F
(注)HCFCとは「ハイドロクロロフルオロカーボン」の略である。
(編集者よりの注)上記構造式は、ネットスケープナビゲータ(IE不可)で確認表示してください。
3 化学的性質
外観は無色透明
沸 点:27.7℃
融 点:-107℃
蒸気圧:0.0922MPa(25℃)
蒸気密度比:5.3(空気=1)
4 危険有害性
危険性
不燃性の液体
有害性
(1)高濃度ガスを吸入すると全身麻酔類似症状を呈する。
(2)ぼく露濃度が高濃度となると,吐き気,頭痛,陶酔感(思考力減退),意識喪失,不整脈,心停止等が起こる。
(3)油脂を溶解するため皮膚を脱脂する。
(4)肝障害を起こす旨の報告1)がある。
5 主な用途等
冷凍機用冷煤及びエアコン用冷煤に使用されている。
冷凍機等を解体する業者においては,その取扱いに注意すること。
参考1)P.Hoet,Mary Louis M.Graff ,M.Bourdiet al.
Epidemic of liver disease caused by hydrochlorofluorocarbons used as ozone-sparing substitutes of chiorofluorocarbons.
Lancet l997,350(9077):556-559