労働安全衛生法−健康診断をめぐる諸問題
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健康診断をめぐる諸問題
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健康診断をめぐる諸問題
健康診断の実施をめぐる諸問題についてまとめてみた。一部に、当センター独自の見解も含まれていますが、ご承知の上でご閲覧くださるようお願いします。(労務安全情報センター編)
mokuji
(1) 使用者の安全健康配慮義務違反の成立と労働者の健康状態(健康情報)を把握
(2) 健康診断の実施義務
(3) 健康診断の受診義務
(4) 健康診断の受診対象者である「常時使用する労働者」とは
(5) 健康診断にかかる費用の負担はやはり事業主が全額持つべきものであるのか
(6) 健康診断の実施に伴う受診時間の賃金の取扱いは
(1) 使用者の安全健康配慮義務違反の成立と労働者の健康状態(健康情報)を把握
まず、@法定の健康診断を怠っていた場合(法第66条違反)やA健康診断結果の労働者への通知を怠り(法第66条の6違反)、結果として病態を憎悪させた場合などのように、労働安全衛生法の直接規定に違反する場合には、民事上の健康配慮義務違反も同時に成立するケースが多いと思われる。
つぎに、労働者の健康状態の悪化を認識した(この場合、健康診断結果だけに限るものではない)にもかかわらずその憎悪を防ぐ措置を講じなかったという場合では、第一に、労働安全衛生法第66条の5の規定する「健康診断実施後の措置」、特に、第1項の「(必要があると認めるときは)、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等の措置を講ずるほか、、」とする規定との関係が問題となる。
第二には、使用者が労働者の健康状態の悪化を認識し、かつ、その結果の発生(発病若しくは死亡等の)を予見し得る限り、結果回避措置を講ずる義務を負うことになるが、これを怠るときには(基本的に)健康配慮義務違反が問われる。しかし、この場合、どのような段階までの懈怠を捕えて義務違反とするのかは、判例上も確立されたものとはなっていない。
一方、使用者が、労働者の健康状態(健康情報)を把握するということは、すなわち、プライバシーや個人情報の収集と密接に絡む問題でもあるが、では、安全健康配慮義務の履行のために使用者が労働者の健康状態を知っていなければならない「程度」と「手段」についてはどのように考えればよいのであろうか。
この場合、近年の職場におけるのプライバシー権や個人情報の保護への関心と価値の高まりが考慮されなけらばならないと思われる。したがって、安全配慮義務の履行のためとはいえ、使用者の健康情報の収集には自ずと限界が設けられるべきであろう。
例えば、法定健診項目に限らず労働者が同意して実施した人間ドック等の健診項目、あるいは、労働者からの申し出(同僚間を超えた直近単位以上の上司への申し出・報告)、さらには、職場において明らかに識別できる特異な言動等によって把握した労働者の健康状態は、当然、使用者の知っているべき健康情報であることに問題はないであろう。しかし、結果として思い当たるといった範疇に含まれる事項については、予見性の問題とは明らかに切り離して検討する必要がある。
(2) 健康診断の実施義務
事業者には健康診断を行う義務があり、義務違反には50万円以下の罰金に処せられる。(法第66条1〜3項、法第120条)
では、使用者が健康診断の実施義務を果たしたというためにはどの程度のことをおこなわなけらばならないかということになるが、例えば、受診率のように結果を問うのが法の趣旨ではない。
(現実には生じるであろう受診率の100%欠けの事態であるが)これは、健康診断の場と機会を労働者に与えたか、が重要になる。健康診断を受け得る場と機会が事業者から提供されたにもかかわらず、労働者の意思で受診しなかったことが疎明される限り、事業者としての健康診断実施義務は果たしたと評価されよう。
(3) 健康診断の受診義務
「労働者は、事業主の行う健康診断を受けなければならない。」(労働安全衛生法第66条第5項)。このように、労働安全衛生法は、健康診断について労働者の受診義務を定めている。ただし、労働者の受診義務については罰則はない。
ところで、労働者が使用者の受診命令に従わなかった場合、使用者は当該労働者に制裁を課すことが可能だろうか。判例はこれを肯定する(平成13.4.26最高裁「愛知県教委事件」)。
健康診断についての医師選択の任意性が確保されている((労働安全衛生法第66条第5項但し書)関係上、労働者が一切の健康診断の受診を拒否するのであれば、当該処分の妥当性は認めざるを得ないであろう。
(4) 健康診断の受診対象者である「常時使用する労働者」とは
労働安全衛生法上の健康診断は、「常時使用する労働者」に対して実施しなければならない。この場合の「常時使用する労働者」とは、次のイ.ロ.のいずれの要件も満たす者とされている。
イ 期間の定めのない契約により使用されるものであること。なお、期間の定めのある契約により使用される者の場合は、更新により1年以上使用されることが予定されている者、及び更新により1年以上使用されている者。(特定業務従事者健診の場合、1年以上を6か月以上と読み替。)
ロ その者の1週間の労働時間数が当該事業場において同種の業務に従事する通常の労働者の1週間の所定労働時間数の4分の3以上であること。(「2分の1以上である者に対しても実施することが望ましい」とされている。)
(5) 健康診断にかかる費用の負担はやはり事業主が全額持つべきものであるのか
「健康診断を実施するのに要する費用については、法により、事業者に健康診断の実施が義務づけられている以上、当然に事業者が負担すべきもの」(昭47.9.18基発第602号)とされており、妥当と考えられる。(というより労働者に負担させる理由を見出しがたい。)
(6) 健康診断の実施に伴う受診時間の賃金の取扱いは
この点について行政解釈は、まず、特殊健康診断(法第66条第3項)は、「特定の有害な業務に従事する労働者について行われる健康診断、いわゆる特殊健康診断は、業務の遂行にからんで当然実施されなければならない性格のものであり、それは所定労働時間内に行われるのを原則とすること。また、特殊健康診断の実施に要する時間は労働時間と解される。したがって当該健康診断が時間外に行われた場合には、当然割増賃金を支払わなければならないものであること。」(昭47.9.18基発第602号)としているのに対して、一般健康診断(法第66条第1項)については、「一般的な健康の確保を図ることを目的として事業者にその実施義務を課したものであり、業務遂行との関連において行われるものではないので、受診のために要した時間については、当然には事業者の負担すべきものではなく、労使協議によって定めるべきものであるが、労働者の健康の確保は、事業の円滑な運営の不可欠な条件であることを考えると、その受診に要した時間の賃金を事業主が支払うことが望ましいこと。」(昭47.9.18基発第602号)としている。
しかし、この取扱いのうち一般健康診断の労働時間の判断にはいささか疑義がある。近年では、高年齢化の進展に伴って脳・心臓疾患につながる所見を有する労働者が増加、ストレスやメンタルでの悩みを有する労働者の割合も非常に高いものとなっている現状から、事業者にとって、労働者個々の基礎的健康状態を把握し業務遂行との各種調整を要する場面が増えている。したがって、一般健康診断の実施意義が、業務遂行との関連を強く持つようになっている現状に照らして、特殊健康診断と同様の取扱いとすることが妥当である(行政解釈の変更が検討されるべきであろう)。
さらに、再検査・精密検査等の費用と時間についても、一般健康診断と同様の問題があるが、再検査・精密検査自体は法定健康診断ではない(法第66条に非該当)関係から、労使協議等の任意の取扱いに委ねるのは止むを得ないであろう。
(最終更新日 H18.1.8 労務安全情報センター)