労災保険の民営化

■HOMEPAGE

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総合規制改革会議において、労災保険の民営化問題が突如<追加5の重点検討事項>の一つとして浮上し、H15.12.22第3次答申に「今後の課題」として言及されるところとなった。ここには、労災保険の民営化問題関係資料をまとめ収録している。


収録資料

資料1 平成15年 7月 8日 構造改革特区・官製市場改革WG議事−「社会保険制度の見直しについて」
資料2 平成15年 9月30日 構造改革特区・官製市場改革WG議事−「労災保険について」
資料3 平成15年11月10日 労災保険の民間開放の促進について「総合規制改革会議及び厚生労働省からの資料」、資料提出依頼と回答
資料4 平成15年11月10日 総合規制改革会議第15回アクションプラン実行WG議事−厚生労働省ヒヤリング/労災保険及び雇用保険事業の民間開放の促進について
資料5 平成15年11〜12月 労災保険民営化問題に対する各界の意見等
資料6 平成15年12月22日 総合規制改革会議「第3次答申」と厚生労働省の考え方 総合規制改革会議委員・専門委員名簿
答申を読んで 〔労務安全情報センター〕

資料7 平成16年 3月19日 規制改革・民間開放推進3か年計画−労災保険関係−2004.3.19閣議決定 







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総合規制改革会議「第3次答申<追加5の重点検討事項>

答申を読んで




1.労災保険は黒字か−修正されない先入観

 総合規制改革会議の労災保険民営化問題主査の八代委員は、H15.11.10の厚生労働省に対するヒヤリングで”社会保険のうちで唯一大幅な黒字を上げている保険ということで、黒字があるがゆえにこれまで必ずしも改革の努力が十分進んでいなかったのではないかということであります”とその認識を披瀝している。それが労災保険の放漫運営につながり労災病院等の事業拡大に使われてきたと理解する。しかし、先入観はヒヤリング等を通じて糾されたかぎりでは修正されなければならない。
 八代委員が描く労災保険の黒字とは、7兆円を超える労災保険の積立金のことであるが、この点は、”(正確には)7兆3900億円の積立金は、現在約22万人いる労災年金受給者の将来にわたる給付のための積立金であり、実際の必要推計額7兆9000億円に対してなお不足しており黒字ではない。現在でも保険料から不足額の積み立てているのだ”(厚生労働省)と説明しているのに対して、八代委員は、
「○八代委員 じゃ積立金はすべて年金給付の将来給付に相当するわけですか。○高橋部長 基本的にそうです。○八代委員 そんな多くの額が必要なのですか。○高橋部長 はい。これについては、その算定の考え方については、既に資料としてお示しをしてきているところでございます。○八代委員 わかりました。」というヒヤリングの経緯から、八代委員は、積立金の性格と現在状況について理解していたものと思われる。
 かかる状況下において、なお、答申が「労災保険は、充足賦課方式の下、7 兆円を超える積立金を有しており、労災病院の経営等、直営の事業活動も拡大されてきた。」と記述を押し通したのは、如何かと思う。背景を知らない国民を欺くレトリックであり、委員としての誠実さに欠けると言われても止むを得まい。



2.労災認定の実務から遊離した答申記述が認められる。

 八代委員(主査)は、また、”労災認定基準さえ国の方で決めれば、それに従って実際の施行をするというのは、民間の人でもできるのではないか”(H15.11.10ヒヤリング)とする基本認識を持ち、これが、答申の「何が労災に相当するかといった基本的な概念や認定基準については国が労働基準法に基づき定め、他方、それに基づく労災保険の管理・運営については民間事業者が行うこととすべきである。」との記述に現われている。
 しかし、これは認定実務から遊離した見解であろう。
 労災認定の実務は、9割方の作業は実のところ、認定基準に当てはめるべき客観的事実の確定のための作業(資料提出要求、実地調査、関係者聴取、医学鑑定等々の)である。過去の、しかも事業場内の出来事や状況に関して、如何にして認定判断に必要な客観的な事実の割り出し・特定ができるかにかかっているのである。これが労災認定実務の要であり、これさえしっかりできれば、認定基準への当てはめ〔判断〕は、比ゆ的に言うなら、一瞬のもの〔説得的な文章表現には相応の時間を要するであろうが、、〕である。
 これらを担保しているのが調査権限(資料提出や立入りの権限)であるが、これを、事業場への立入権限のない民間事業者が遂行する−職権なく事実関係をうきぼりにする−のは、現実問題として困難であろう。さらに、労災認定には、そもそも労働基準法の適用を受ける労働者であるか否か−労働者性をめぐる判断等の労働関係特有の困難性もある。
 ”労災認定基準さえ国の方で決めれば、それに従って実際の施行をするというのは、民間の人でもできるのではないか”というのは、労災認定の特殊性と実務を承知しない見解に過ぎない。認定実務の実際についてなかなか理解が及ばないのはわかるが、それが短絡的に無責任な結論(記述)に至るのは情けない。



3.労災保険の運営コスト

 そもそも労災保険の民営化の議論は、労働基準監督署が行うより民間事業者が行う方がコスト高になる。このことが明らかであれば、その時点で、議論は終結されなければならない性質のものであろう。

 現在、労災保険料のうち業務取扱費は、754億円でこれは保険料の5.2%相当であるとされる。
 一方、自賠責保険は、保険料のほか社費・代理店手数料を3割前後かぶせて徴収していると言われる。このことだけでも、労災保険の民営化は、コスト高を招き、事業主・労働者のためにならないと厚生労働省は説明している。加えて、民営化は、民間事業者の破綻に備えた再保険コストも考慮に入れなければならず、さらにコスト高になるだろうとも言われている。
 総合規制改革会議がモデルにするのは、アメリカであるが、アメリカの民間労災保険会社は、破綻・清算が多数生じており、反面教師とすべきではあってもモデルにならないことはこれら事実が示している。破綻・清算問題を別にしても、アメリカの場合、日本の5.2%に対して民間労災の管理運営費の割合は40%近いとされる。

 労災保険の民営化が、現状よりコスト高につながるという厚生労働省の説明は、資料を読むかぎり説得力があるように思われる。
 そもそも労災保険は、わが国の社会保険のなかでも最も効率化の進んだ保険であるから、これを上回るコスト対策は、常套手段たる民営化をもってしても対抗できない状況にあるといえよう。担当職員の人件費にしても、対比すべきものが民間でも人件費の高いとされる保険会社であるから、甲乙つけ難いか、むしろ安い可能性があるのに加えて、特に、労災保険(労働保険)は、保険料の徴収コストが極めて低廉であることの強みが非常に大きい。これが、主要諸外国に比べても、日本の労災保険料率は圧倒的に低いことにつながっている。
 わが国の労災保険制度は、”よくぞこのような制度設計を考案できたものだ”と思えるほど、効率性に優れている。
 諸外国が、わが国の制度を研究しモデルにすることはあっても、その逆は考えにくい。
 この一点をして、すでに、労災保険の民営化の検討は前提を失っているというべきである。



.労災保険制度に、改革を要する点はないのか

 例えば、総合規制改革会議が問題とする「労災病院」の改革であるが、確かに、現在の労災病院は、わが国における職業性疾病に係る研究や専門治療の蓄積において敬意が払われる存在になっていないのは問題であり、初心に帰って専門病院としての方向性を明確にした取組が必要と思われる。
  また、総合規制改革会議は、未払い賃金の立替払事業に関して、「それをあてにして倒産する前には、どうせそこから払われるということで、、、モラルハザードを助長する面があるのではないか」と指摘する。
 立替払制度も、制度発足時に想定していなかった〔中小企業定義の拡大、倒産法制の変更
、立替上限額の引き上げ〕によって、制度の変容が生じており、総合規制改革会議の指摘も的外れなものではない。特に、民事再生法等の倒産法制の改正があって以降、再建型倒産である民事再生法の適用企業に立替払制度を適用しているが、これなど賃金不払を起こした経営者が、自らの手で、国費(労災保険料)による立替払いを行うといった現実が容認されている。さらに、最近では、立替払いの事業総額が極めて多額に達し、制度発足時の想定を超えるものとなっている。制度の廃止の是非には議論があろうが、縮小再整理が必要と思われ、少なくとも、労災保険の福祉事業として、このままの姿で継続することは当を得ないのではなかろうか。
 その他、労災保険について制度改革を要する点も少なくないが、別の機会にゆずることとする。



2004.1.15
労務安全情報センター